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12.君に恥をかかせる気はないよ
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バルテルス国――ステンマルクの鉱山を狙って騒ぎを起こすけど、それ以外は治安もいいし安定した成長率を誇る。属国の中では扱いやすい国のひとつだった。帝国に逆らうような愚を犯さないあたりも、好ましい。僕個人としては、物足りないけれどね。
トリシャに出会わなければ、どこかの国を動かして盤上遊戯を始めようと考えていた。人間が本能をむき出しにする戦は、嫌いじゃないよ。退屈しのぎには持ってこいだ。それに戦があると活気づいて経済が回るし、野心を隠せず飛びかかってくる駄犬の洗い出しにもぴったりだった。
退屈が一番嫌いだ。でも、トリシャが僕の隣で笑っていてくれるなら……退屈も悪くない。彼女が戦火に巻き込まれたり、僕と離れる状況は御免だった。帝王学で叩き込まれた『平和で変化のない穏やかな世界』を実現してみようか。そんな気にもなる。
馬車の揺れが静かになり、リズムが一定になる。これは街道がきちんと整備されている証拠だった。属国の王都はすべて我が帝国へ通じる街道を持つ。その整備は各国に負担させた。帝国の決まりで、抵抗する財力や兵力を使わせる作戦なのだとか。僕は廃止しようと思ったけど……トリシャの眠りを守るために残そうか。
用意した馬を交換し、馬車は再び走り出す。停車しても起きないなんて、どれだけ疲れてるのか。可哀想なトリシャ、もう大丈夫だ。僕が守ってあげるから何も心配いらないよ。
上掛けの隙間から見える美しい髪を撫でる。むずがるように動いたトリシャが顔を覗かせ、向きを変えた。少し待つと、体を起こそうと力を入れるのが分かった。手を貸そうとした執事を睨みつけて下がらせ、僕は自らの手で彼女の身を起こす。
「起きた? よく眠れたならよかった」
「はい、眠りすぎてしまいました。あの、膝は……その」
痺れたのではないか。尋ねる言葉を濁す愛しい天使は、反対側の席に腰掛ける。広い方がいいと思い3人掛けで作らせたのは失敗だったね。大切なトリシャとの距離が離れてしまった。いや、眠らせるにはちょうど良かったのか。
「平気だよ。トリシャは羽のように軽い。僕の膝から飛んで行ってしまうのではないかと、心配だったくらいさ」
さりげなく距離を詰めて、トリシャに触れるぎりぎりの位置に座る。分かってるよ、君はまだ僕に心を許していないだろう? だから怖がらせる距離は諦める。今は……だよ。僕のことを理解して受け入れてくれるよう、トリシャを甘やかして溶かしたい。
いずれは君の方から僕を求めてくれたら嬉しいな。
「あとどのくらい?」
執事に尋ねる。彼は窓の外を確かめることなく、静かな声で返した。
「はい。半刻ほどで到着いたします」
「準備させて」
「かしこまりました」
カーテンが引かれた馬車の窓を少し開け、執事は合図を出した。真横にいた馬が一頭駆け出す足音が、高らかに響く。
乱れた髪を手櫛で整えようとするトリシャの手を、優しく咎めた。そんな扱いをしないで。ちゃんとブラシも侍女もいるんだから、僕が君に恥をかかすわけないじゃないか。
「トリシャの侍女、彼女に身だしなみを整えさせよう。虹色の髪がほつれた姿も色っぽいけど、僕以外に見せてほしくないからね」
「は、い」
髪や化粧を直して、そうだな、毛皮のショールを羽織ってもらおう。夕暮れを過ぎて暗くなった時間は肌寒いからね。ドレスの手配は入城してから、職人を呼べばいいか。コートは用意させたっけ? なければ手配すればいいし……あとは宝飾品が地味だね。もっと飾ってもいい。
「これを着けてくれる?」
自分の指にはまる指輪をひとつ外し、差し出された右手ではなく左手の指に嵌めた。サイズが緩いか。仕方ない。薬指を諦めて中指に通したら、ぴったりだった。運命を感じるよ。驚いた顔の執事を目くばせで黙らせ、僕は指輪の嵌った指に唇を押し当てた。
「絶対に外さないでね」
トリシャに出会わなければ、どこかの国を動かして盤上遊戯を始めようと考えていた。人間が本能をむき出しにする戦は、嫌いじゃないよ。退屈しのぎには持ってこいだ。それに戦があると活気づいて経済が回るし、野心を隠せず飛びかかってくる駄犬の洗い出しにもぴったりだった。
退屈が一番嫌いだ。でも、トリシャが僕の隣で笑っていてくれるなら……退屈も悪くない。彼女が戦火に巻き込まれたり、僕と離れる状況は御免だった。帝王学で叩き込まれた『平和で変化のない穏やかな世界』を実現してみようか。そんな気にもなる。
馬車の揺れが静かになり、リズムが一定になる。これは街道がきちんと整備されている証拠だった。属国の王都はすべて我が帝国へ通じる街道を持つ。その整備は各国に負担させた。帝国の決まりで、抵抗する財力や兵力を使わせる作戦なのだとか。僕は廃止しようと思ったけど……トリシャの眠りを守るために残そうか。
用意した馬を交換し、馬車は再び走り出す。停車しても起きないなんて、どれだけ疲れてるのか。可哀想なトリシャ、もう大丈夫だ。僕が守ってあげるから何も心配いらないよ。
上掛けの隙間から見える美しい髪を撫でる。むずがるように動いたトリシャが顔を覗かせ、向きを変えた。少し待つと、体を起こそうと力を入れるのが分かった。手を貸そうとした執事を睨みつけて下がらせ、僕は自らの手で彼女の身を起こす。
「起きた? よく眠れたならよかった」
「はい、眠りすぎてしまいました。あの、膝は……その」
痺れたのではないか。尋ねる言葉を濁す愛しい天使は、反対側の席に腰掛ける。広い方がいいと思い3人掛けで作らせたのは失敗だったね。大切なトリシャとの距離が離れてしまった。いや、眠らせるにはちょうど良かったのか。
「平気だよ。トリシャは羽のように軽い。僕の膝から飛んで行ってしまうのではないかと、心配だったくらいさ」
さりげなく距離を詰めて、トリシャに触れるぎりぎりの位置に座る。分かってるよ、君はまだ僕に心を許していないだろう? だから怖がらせる距離は諦める。今は……だよ。僕のことを理解して受け入れてくれるよう、トリシャを甘やかして溶かしたい。
いずれは君の方から僕を求めてくれたら嬉しいな。
「あとどのくらい?」
執事に尋ねる。彼は窓の外を確かめることなく、静かな声で返した。
「はい。半刻ほどで到着いたします」
「準備させて」
「かしこまりました」
カーテンが引かれた馬車の窓を少し開け、執事は合図を出した。真横にいた馬が一頭駆け出す足音が、高らかに響く。
乱れた髪を手櫛で整えようとするトリシャの手を、優しく咎めた。そんな扱いをしないで。ちゃんとブラシも侍女もいるんだから、僕が君に恥をかかすわけないじゃないか。
「トリシャの侍女、彼女に身だしなみを整えさせよう。虹色の髪がほつれた姿も色っぽいけど、僕以外に見せてほしくないからね」
「は、い」
髪や化粧を直して、そうだな、毛皮のショールを羽織ってもらおう。夕暮れを過ぎて暗くなった時間は肌寒いからね。ドレスの手配は入城してから、職人を呼べばいいか。コートは用意させたっけ? なければ手配すればいいし……あとは宝飾品が地味だね。もっと飾ってもいい。
「これを着けてくれる?」
自分の指にはまる指輪をひとつ外し、差し出された右手ではなく左手の指に嵌めた。サイズが緩いか。仕方ない。薬指を諦めて中指に通したら、ぴったりだった。運命を感じるよ。驚いた顔の執事を目くばせで黙らせ、僕は指輪の嵌った指に唇を押し当てた。
「絶対に外さないでね」
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