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第6章 寝返りは青薔薇の香り

6-23.龍は夜空に吠える

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 漆黒の闇の先、小さな灯りが見えた。通常なら用心すべき状況だ。敗走しているわけではないが、敵の包囲網を抜けるショーン達の一行は追われる立場だった。

 何かの合図のように明滅したトーチの火に、ラユダが声を張り上げた。

「援軍だ! 反転攻勢、一気に叩け!!」

 その掛け声を待っていた正面の集団が立ち上がる。火を灯した松明を手に、兵士達が動き出した。馬で駆け込んだショーンは、手前でくるりと馬首の向きを変える。手を伸ばして松明を1本受け取ると、頭上で回して合図を送った。

「シュミレの名誉にかけて!!」

「「「龍の申し子に勝利を」」」

 言わなくてもわかる。互いの呼吸のタイミングを知る援軍は、近衛師団から派遣された精鋭だ。悪魔のような冴えを見せるウィリアムの配慮に感謝しながら、ショーンは再び声を張り上げた。

「敵を押し戻せ、つぶせ! 我が後に続け」

 そのまま馬の腹を蹴る。駆け戻るショーンの隣に、馬首を揃えたラユダは調達した槍を構えていた。騎馬戦こそ、彼の本領発揮だ。滅びたラユダの一族は、砂漠近くの草原で騎馬を得意とする民族だった。誰より巧みに馬を操るラユダは、自由な両手に武器を構えて敵を払う。

「嘘だろ! 大軍が増援に来たぞ」

「どこからだ?!」

「急げ、逃げるぞ」

 駆け戻るショーン達は、元の傭兵部隊に多少の増援はあったが、さほど数自体は増えていない。しかし敵軍は彼らの背後を見るなり、騒いで逃げ始めた。

「なるほど……死神らしいペテンだ」

 ただ精鋭部隊を送るだけの男とは思わなかったが、騎士を兼ねる執政はいくでの機転も優秀だった。複数の松明をつけた家畜を走らせ、数を誤魔化したのだ。家畜は周辺の村で買い上げたのだろう。

 牛だけではなく、羊や山羊も混じっていた。どうやら数さえ揃えば関係ない、とばかり現地調達したらしい。松明をつけた一軍は暗い道をひた走った。種類の違う足音が混じり合い、さらに数が多く錯覚させる。

 パニックになった集団は止まらない。敗走し始めたアスター国の兵士を蹴散らし、敵の戦線は崩壊した。敗走する敵の深追いは避け、ショーンは兵を休ませるキャンプを作らせる。

 せっかくの差し入れだと、数頭の牛を労ってから焼いて食べる。腹が満ちた兵士は、見張りを残して休息を取った。

 家畜は現地調達することで、役割がいくつも与えられている。まずは敵を蹴散らす大軍を連想させるため、次はショーン達への食料として。最後に敵から貴重な食料を奪い、アスター国民の逃亡資金となった。逃げ込んだ難民はシュミレ国で金を使うので、使った金は戻ってくる。

「本当にあの男は優秀だ」

 自らのテントでごろんと横たわるショーンが呟く。手回しが良すぎて、未来を予見しているのではないかと疑いたくなった。政治的な話ならばともかく、戦場では自分の読みが優れていると自負してきた。しかし戦場を読んだようにピンチに手を差し伸べたウィリアムに、初めて恐れに似た感情を覚える。

「ショーンの動きを予測したのだろう」

 親しいからこそ、動きや考え方を読まれやすい。

 行儀悪くマントを敷いて寝転ぶショーンを起こしながら、ラユダは手早く寝具を用意した。薄い生地だが温かく、多少の湿気は防いでくれる優れものだ。元はラユダの国で作られていた布だった。

 遊牧民に近い生活を好んだ民族は、移動にかさばらない寝具やテントの技術が優れている。それをシュミレ国に持ち込むことで、ラユダ達の一族は保護されてきた。

「ふん……俺が間抜けではないか」

「今回に関しては感謝しかないはずだ」

 差し出されたお茶を口に含み、渋い味に顔をしかめる。ショーンの不満をお茶に溶かし、ラユダはからりと笑った。

「好敵手に恵まれるは人生の彩りを豊かにする――次に返せばいいさ」
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