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第6章 寝返りは青薔薇の香り
6−17.子供が純粋だなんて幻想だ
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無邪気な子供の顔を脱ぎ捨て、有能な国王としての顔を纏う。それでいて執政を誑かすように、手を伸ばすのだからたちが悪い。
抱き上げろと強請るエリヤを引き寄せて、執務室の隣にある仮眠室へ運んだ。ここは休憩用に用意された部屋だが、基本的なデザインや家具は国王の私室と同ランクだ。天蓋付きのベッドへエリヤを下ろし、上着を脱がせた。
自らも上着を脱ぐと、スプリングが効いたベッドに腰かける。すぐに手を伸ばす子供を引き寄せ、膝の上に頭をのせた。黒髪を手櫛で梳きながら、ひたすらに甘やかす。
「宰相はお前ぐらい有能なのか?」
「うーん、エイデンよりは事務仕事が得意だけど、ショーン程の実力はない」
前提条件を先に確認する子供に、きちんと基準を設けて説明した。エイデンは医師として最高水準だが、執務に興味はない。カルテはつけるだろうが、事務仕事は苦手だった。それくらいなら騎士の訓練相手を買ってでるくらいだ。
チャンリー公爵家当主であるショーンは、国王の妹の子ということもあり、王位継承権が高い。そのため国を支える貴族として、高レベルの教育を受けてきた。ましてや策略を得意とする彼が、己を無能なまま磨かずに放置したはずはなく、先日のウィリアム不在時の処理も迅速で的確だった。
ウィリアムとエリヤの願いを叶えるなら、彼に王位を譲る選択肢が一番有力だ。問題は彼が2番手であることを公言し、望んでいること。トップではなく、その下で自由裁量を得て好きに振る舞いたいと考えた。
いっそ王位を狙うくらいの気概をもってくれたら、すぐに退位してやったのに……そんなエリヤの声も届かない。一度相談したのだが、笑顔で断られた。
王位を欲しがる輩に使えるまともな奴はいない。しかし王位を譲ってもいいという相手にはすべて断られた。
ある意味、王座を欲しがらない人間が国王に向いているのだろう。民の暮らしを考え、税の公平を図り、貴族の不満を解消する。他国に攻め込まれることもあり、兵の安全を祈りながら戦地に送り出さなければならない。辛いことはあっても幸せを感じることは少ない仕事だと言わざるを得ない。
しかし隣の城は立派に見えるらしく、貴族の中には王位を狙う者が絶えなかった。彼らに適任者がいれば譲ってやるのに。
「そんな使えない奴は要らないが、どうしても引き受けねばならぬなら……軍部の事務仕事か」
通常、軍は国防の要だ。他国から受け入れた貴族をあてがうことはない。その理由を理解しているエリヤの発言に、執政は「ふーん」と先を促す。これはひとつの教育でもあり、確認作業でもあった。
「どの程度の事務をさせるの?」
「兵糧の管理や兵にかかる費用の計算、商人との交渉を任せてもいい」
ずいぶん大盤振る舞いな国王に、ウィリアムは髪を梳きながら返した。
「国防の中枢に関わらせて、また寝返ったらどうする?」
シュミレ国の情報は、周辺の他国にとって価値が高い。それを手土産にまた寝返るんじゃないか。意地悪い言葉に、エリヤがくすくす笑い出した。答えがわかっているくせに、互いに演じる状況がおかしくなったのだ。
「ある程度の地位にあった貴族を、不満を持たせないよう受け入れるなら、重要と思われる部署に配置するものだ。だが……」
「重要な部署かどうか、決めるのはこちらだ」
渡した書類が本物である必要はない。そして軍はウィリアムの管轄下にあり、監視に使える者も大勢所属していた。ましてやショーンが出入りする軍で、不審な動きをすれば処分もしやすい。
顔を見合わせて笑い、エリヤが両手を伸ばしてウィリアムの首に手をかける。背に手を回したウィリアムが引き寄せるまま、近づいた唇を重ねた。
「寝返る輩を重用する義理はない」
「我が君の仰せのままに」
抱き上げろと強請るエリヤを引き寄せて、執務室の隣にある仮眠室へ運んだ。ここは休憩用に用意された部屋だが、基本的なデザインや家具は国王の私室と同ランクだ。天蓋付きのベッドへエリヤを下ろし、上着を脱がせた。
自らも上着を脱ぐと、スプリングが効いたベッドに腰かける。すぐに手を伸ばす子供を引き寄せ、膝の上に頭をのせた。黒髪を手櫛で梳きながら、ひたすらに甘やかす。
「宰相はお前ぐらい有能なのか?」
「うーん、エイデンよりは事務仕事が得意だけど、ショーン程の実力はない」
前提条件を先に確認する子供に、きちんと基準を設けて説明した。エイデンは医師として最高水準だが、執務に興味はない。カルテはつけるだろうが、事務仕事は苦手だった。それくらいなら騎士の訓練相手を買ってでるくらいだ。
チャンリー公爵家当主であるショーンは、国王の妹の子ということもあり、王位継承権が高い。そのため国を支える貴族として、高レベルの教育を受けてきた。ましてや策略を得意とする彼が、己を無能なまま磨かずに放置したはずはなく、先日のウィリアム不在時の処理も迅速で的確だった。
ウィリアムとエリヤの願いを叶えるなら、彼に王位を譲る選択肢が一番有力だ。問題は彼が2番手であることを公言し、望んでいること。トップではなく、その下で自由裁量を得て好きに振る舞いたいと考えた。
いっそ王位を狙うくらいの気概をもってくれたら、すぐに退位してやったのに……そんなエリヤの声も届かない。一度相談したのだが、笑顔で断られた。
王位を欲しがる輩に使えるまともな奴はいない。しかし王位を譲ってもいいという相手にはすべて断られた。
ある意味、王座を欲しがらない人間が国王に向いているのだろう。民の暮らしを考え、税の公平を図り、貴族の不満を解消する。他国に攻め込まれることもあり、兵の安全を祈りながら戦地に送り出さなければならない。辛いことはあっても幸せを感じることは少ない仕事だと言わざるを得ない。
しかし隣の城は立派に見えるらしく、貴族の中には王位を狙う者が絶えなかった。彼らに適任者がいれば譲ってやるのに。
「そんな使えない奴は要らないが、どうしても引き受けねばならぬなら……軍部の事務仕事か」
通常、軍は国防の要だ。他国から受け入れた貴族をあてがうことはない。その理由を理解しているエリヤの発言に、執政は「ふーん」と先を促す。これはひとつの教育でもあり、確認作業でもあった。
「どの程度の事務をさせるの?」
「兵糧の管理や兵にかかる費用の計算、商人との交渉を任せてもいい」
ずいぶん大盤振る舞いな国王に、ウィリアムは髪を梳きながら返した。
「国防の中枢に関わらせて、また寝返ったらどうする?」
シュミレ国の情報は、周辺の他国にとって価値が高い。それを手土産にまた寝返るんじゃないか。意地悪い言葉に、エリヤがくすくす笑い出した。答えがわかっているくせに、互いに演じる状況がおかしくなったのだ。
「ある程度の地位にあった貴族を、不満を持たせないよう受け入れるなら、重要と思われる部署に配置するものだ。だが……」
「重要な部署かどうか、決めるのはこちらだ」
渡した書類が本物である必要はない。そして軍はウィリアムの管轄下にあり、監視に使える者も大勢所属していた。ましてやショーンが出入りする軍で、不審な動きをすれば処分もしやすい。
顔を見合わせて笑い、エリヤが両手を伸ばしてウィリアムの首に手をかける。背に手を回したウィリアムが引き寄せるまま、近づいた唇を重ねた。
「寝返る輩を重用する義理はない」
「我が君の仰せのままに」
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