84 / 102
第6章 寝返りは青薔薇の香り
6-14.戦好きの公爵閣下は土産を欲する
しおりを挟む
ベッドの中で目を覚ましたショーンは、残った軽い頭痛に舌打ちした。発熱後の怠さとズキズキする頭を抱え、二日酔いに似た気分の悪さに目を閉じる。二度寝する気はないが、多少の眩暈を理由にベッドに身を預けた。
「起きたか?」
「ああ……くそっ、最悪だ」
部下となるアルベリーニ辺境伯の前で、熱に浮かされた言動をした自覚はある。残った記憶も熱とともに消えればよかったと溜め息を吐いた。
「熱のせいだ。しかたない」
そこで一度言葉を切ったラユダは、主人であるショーンの耳元でささやいた。
「可愛かったぞ」
「っ! うるさい!!」
我が侭に振る舞う子供の仕草を思い出して笑うラユダの前髪を、乱暴に手で払いのける。露わになった顔は整っているが、右の目元にわずかな傷が刻まれていた。突き立てられた刃物を避けた際に、右目の瞼を切り裂いた傷跡だ。
普段は人に見せない傷痕をさらし、ラユダは柔らかな緑の瞳を細めた。ショーンの指がそっと傷痕をなぞるのを、身じろぎせずに受け入れる。
「……起きるぞ」
「わかった」
言葉にならない感情が互いの肌から行き来する感じが、ショーンは気に入っていた。まるで双子が言葉もなしに互いを理解するように、居心地のいい空間がある。これを失う気はなく、だからこそ常に彼を隣に置いていた。
周囲の貴族が「相応しくない」と陰口を叩くのを鼻で笑い、自分勝手に振る舞う。ユリシュアン王家の血を引く者は、みな身勝手なのだろう。
魔女を連れ歩く聖女しかり、死神と連れ添う少年王しかり。そして自分も同類なのだ。戦の獣と罵られるラユダを離さない愚かな公爵、そんな中傷も気にならないのだから。
「ショーン、使いが来た」
使者の来訪を告げられ、ショーンは手早く衣服を整えた。隣室のソファに腰掛けたところで、使いが持ち込んだ書類を手渡される。ある意味想定していた報せだった。
増援が来る。その報告を受けたショーンは、伝令を果たした子飼いの傭兵を労って休ませた。男が伝えた情報によれば、ライワーン子爵が率いているらしい。チャンリー公爵家を頂点とする派閥の貴族であるため、使い勝手はいいはずだ。
「ふん、この際だ。アスター国を滅ぼして土産にしてやろう」
「やりすぎるとウィリアムが怒るぞ」
亡国の王子だったラユダは、苦笑いして忠告する。政治的な話題にもついてこられる傭兵は少なく、正規兵にすればラユダの自由が奪われてしまう。互いに対等な立場を維持するため、ラユダには傭兵の肩書が必要だった。いつでも契約を破棄できる立場だからこそ、ショーンに対して意見することが出来る。
長い前髪で顔の半分を隠すラユダを振り返り、手招きして書類を渡した。
「ライワーンを寄こすなら、俺が手ぶらで帰らないと理解しているはずだ」
もしショーンを連れ戻したいと本気で考えるなら、敵対派閥の貴族に援軍を率いらせればいい。失われた砦の補強戦力なのだから、誰が連れてきても同じだった。だがウィリアムは、ショーンが重用する戦上手の子爵を寄こした。
この采配をしたのが、有能で知られる執政ウィリアムでなければ、仲のいい貴族を向かわせた程度の受け取り方も出来る。人の裏を読み、まさに死神のごとき男が間違うはずはない。
「……確かに土産は必要か」
ラユダが追従する。
「決りだな」
囚われたウィリアムは、アスター国の王太子を持ち帰った。ならば、攻め込まれた砦を守る我々がアスター国を落として土産にしても構わないだろう。そんなニュアンスを滲ませたショーンの声に、ラユダは肩を竦めたが反論はしなかった。
「起きたか?」
「ああ……くそっ、最悪だ」
部下となるアルベリーニ辺境伯の前で、熱に浮かされた言動をした自覚はある。残った記憶も熱とともに消えればよかったと溜め息を吐いた。
「熱のせいだ。しかたない」
そこで一度言葉を切ったラユダは、主人であるショーンの耳元でささやいた。
「可愛かったぞ」
「っ! うるさい!!」
我が侭に振る舞う子供の仕草を思い出して笑うラユダの前髪を、乱暴に手で払いのける。露わになった顔は整っているが、右の目元にわずかな傷が刻まれていた。突き立てられた刃物を避けた際に、右目の瞼を切り裂いた傷跡だ。
普段は人に見せない傷痕をさらし、ラユダは柔らかな緑の瞳を細めた。ショーンの指がそっと傷痕をなぞるのを、身じろぎせずに受け入れる。
「……起きるぞ」
「わかった」
言葉にならない感情が互いの肌から行き来する感じが、ショーンは気に入っていた。まるで双子が言葉もなしに互いを理解するように、居心地のいい空間がある。これを失う気はなく、だからこそ常に彼を隣に置いていた。
周囲の貴族が「相応しくない」と陰口を叩くのを鼻で笑い、自分勝手に振る舞う。ユリシュアン王家の血を引く者は、みな身勝手なのだろう。
魔女を連れ歩く聖女しかり、死神と連れ添う少年王しかり。そして自分も同類なのだ。戦の獣と罵られるラユダを離さない愚かな公爵、そんな中傷も気にならないのだから。
「ショーン、使いが来た」
使者の来訪を告げられ、ショーンは手早く衣服を整えた。隣室のソファに腰掛けたところで、使いが持ち込んだ書類を手渡される。ある意味想定していた報せだった。
増援が来る。その報告を受けたショーンは、伝令を果たした子飼いの傭兵を労って休ませた。男が伝えた情報によれば、ライワーン子爵が率いているらしい。チャンリー公爵家を頂点とする派閥の貴族であるため、使い勝手はいいはずだ。
「ふん、この際だ。アスター国を滅ぼして土産にしてやろう」
「やりすぎるとウィリアムが怒るぞ」
亡国の王子だったラユダは、苦笑いして忠告する。政治的な話題にもついてこられる傭兵は少なく、正規兵にすればラユダの自由が奪われてしまう。互いに対等な立場を維持するため、ラユダには傭兵の肩書が必要だった。いつでも契約を破棄できる立場だからこそ、ショーンに対して意見することが出来る。
長い前髪で顔の半分を隠すラユダを振り返り、手招きして書類を渡した。
「ライワーンを寄こすなら、俺が手ぶらで帰らないと理解しているはずだ」
もしショーンを連れ戻したいと本気で考えるなら、敵対派閥の貴族に援軍を率いらせればいい。失われた砦の補強戦力なのだから、誰が連れてきても同じだった。だがウィリアムは、ショーンが重用する戦上手の子爵を寄こした。
この采配をしたのが、有能で知られる執政ウィリアムでなければ、仲のいい貴族を向かわせた程度の受け取り方も出来る。人の裏を読み、まさに死神のごとき男が間違うはずはない。
「……確かに土産は必要か」
ラユダが追従する。
「決りだな」
囚われたウィリアムは、アスター国の王太子を持ち帰った。ならば、攻め込まれた砦を守る我々がアスター国を落として土産にしても構わないだろう。そんなニュアンスを滲ませたショーンの声に、ラユダは肩を竦めたが反論はしなかった。
0
お気に入りに追加
130
あなたにおすすめの小説
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
ヘタレな師団長様は麗しの花をひっそり愛でる
野犬 猫兄
BL
本編完結しました。
お読みくださりありがとうございます!
番外編は本編よりも文字数が多くなっていたため、取り下げ中です。
番外編へ戻すか別の話でたてるか検討中。こちらで、また改めてご連絡いたします。
第9回BL小説大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございました_(._.)_
【本編】
ある男を麗しの花と呼び、ひっそりと想いを育てていた。ある時は愛しいあまり心の中で悶え、ある時は不甲斐なさに葛藤したり、愛しい男の姿を見ては明日も頑張ろうと思う、ヘタレ男の牛のような歩み寄りと天然を炸裂させる男に相手も満更でもない様子で進むほのぼの?コメディ話。
ヘタレ真面目タイプの師団長×ツンデレタイプの師団長
2022.10.28ご連絡:2022.10.30に番外編を修正するため下げさせていただきますm(_ _;)m
2022.10.30ご連絡:番外編を引き下げました。
【取り下げ中】
【番外編】は、視点が基本ルーゼウスになります。ジーク×ルーゼ
ルーゼウス・バロル7歳。剣と魔法のある世界、アンシェント王国という小さな国に住んでいた。しかし、ある時召喚という形で、日本の大学生をしていた頃の記憶を思い出してしまう。精霊の愛し子というチートな恩恵も隠していたのに『精霊司令局』という機械音声や、残念なイケメンたちに囲まれながら、アンシェント王国や、隣国のゼネラ帝国も巻き込んで一大騒動に発展していくコメディ?なお話。
※誤字脱字は気づいたらちょこちょこ修正してます。“(. .*)
雫
ゆい
BL
涙が落ちる。
涙は彼に届くことはない。
彼を想うことは、これでやめよう。
何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。
僕は、その場から音を立てずに立ち去った。
僕はアシェル=オルスト。
侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。
彼には、他に愛する人がいた。
世界観は、【夜空と暁と】と同じです。
アルサス達がでます。
【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。
随時更新です。
貴方の事を心から愛していました。ありがとう。
天海みつき
BL
穏やかな晴天のある日の事。僕は最愛の番の後宮で、ぼんやりと紅茶を手に己の生きざまを振り返っていた。ゆったり流れるその時を楽しんだ僕は、そのままカップを傾け、紅茶を喉へと流し込んだ。
――混じり込んだ××と共に。
オメガバースの世界観です。運命の番でありながら、仮想敵国の王子同士に生まれた二人が辿る数奇な運命。勢いで書いたら真っ暗に。ピリリと主張する苦さをアクセントにどうぞ。
追記。本編完結済み。後程「彼」視点を追加投稿する……かも?
【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】
彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。
「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる