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第6章 寝返りは青薔薇の香り

6-14.戦好きの公爵閣下は土産を欲する

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 ベッドの中で目を覚ましたショーンは、残った軽い頭痛に舌打ちした。発熱後の怠さとズキズキする頭を抱え、二日酔いに似た気分の悪さに目を閉じる。二度寝する気はないが、多少の眩暈を理由にベッドに身を預けた。

「起きたか?」

「ああ……くそっ、最悪だ」

 部下となるアルベリーニ辺境伯の前で、熱に浮かされた言動をした自覚はある。残った記憶も熱とともに消えればよかったと溜め息を吐いた。

「熱のせいだ。しかたない」

 そこで一度言葉を切ったラユダは、主人であるショーンの耳元でささやいた。

「可愛かったぞ」

「っ! うるさい!!」

 我が侭に振る舞う子供の仕草を思い出して笑うラユダの前髪を、乱暴に手で払いのける。露わになった顔は整っているが、右の目元にわずかな傷が刻まれていた。突き立てられた刃物を避けた際に、右目の瞼を切り裂いた傷跡だ。

 普段は人に見せない傷痕をさらし、ラユダは柔らかな緑の瞳を細めた。ショーンの指がそっと傷痕をなぞるのを、身じろぎせずに受け入れる。

「……起きるぞ」

「わかった」

 言葉にならない感情が互いの肌から行き来する感じが、ショーンは気に入っていた。まるで双子が言葉もなしに互いを理解するように、居心地のいい空間がある。これを失う気はなく、だからこそ常に彼を隣に置いていた。

 周囲の貴族が「相応しくない」と陰口を叩くのを鼻で笑い、自分勝手に振る舞う。ユリシュアン王家の血を引く者は、みな身勝手なのだろう。

 魔女を連れ歩く聖女しかり、死神と連れ添う少年王しかり。そして自分も同類なのだ。戦の獣と罵られるラユダを離さない愚かな公爵、そんな中傷も気にならないのだから。

「ショーン、使いが来た」

 使者の来訪を告げられ、ショーンは手早く衣服を整えた。隣室のソファに腰掛けたところで、使いが持ち込んだ書類を手渡される。ある意味想定していた報せだった。

 増援が来る。その報告を受けたショーンは、伝令を果たした子飼いの傭兵を労って休ませた。男が伝えた情報によれば、ライワーン子爵が率いているらしい。チャンリー公爵家を頂点とする派閥の貴族であるため、使い勝手はいいはずだ。

「ふん、この際だ。アスター国を滅ぼして土産にしてやろう」

「やりすぎるとウィリアムが怒るぞ」

 亡国の王子だったラユダは、苦笑いして忠告する。政治的な話題にもついてこられる傭兵は少なく、正規兵にすればラユダの自由が奪われてしまう。互いに対等な立場を維持するため、ラユダには傭兵の肩書が必要だった。いつでも契約を破棄できる立場だからこそ、ショーンに対して意見することが出来る。

 長い前髪で顔の半分を隠すラユダを振り返り、手招きして書類を渡した。

「ライワーンを寄こすなら、俺が手ぶらで帰らないと理解しているはずだ」

 もしショーンを連れ戻したいと本気で考えるなら、敵対派閥の貴族に援軍を率いらせればいい。失われた砦の補強戦力なのだから、誰が連れてきても同じだった。だがウィリアムは、ショーンが重用する戦上手の子爵を寄こした。

 この采配をしたのが、有能で知られる執政ウィリアムでなければ、仲のいい貴族を向かわせた程度の受け取り方も出来る。人の裏を読み、まさに死神のごとき男が間違うはずはない。

「……確かに土産は必要か」

 ラユダが追従する。

「決りだな」

 囚われたウィリアムは、アスター国の王太子を持ち帰った。ならば、攻め込まれた砦を守る我々がアスター国を落として土産にしても構わないだろう。そんなニュアンスを滲ませたショーンの声に、ラユダは肩を竦めたが反論はしなかった。
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