上 下
80 / 102
第6章 寝返りは青薔薇の香り

6-10.届かなかった手がようやく

しおりを挟む
 1枚ずつ適正な部署に仕分けし直し、ようやく一息つく。わずか数日の留守で、どうしてここまで混乱するのか。眉をひそめて文官の育成を真剣に検討し始めた。

 元からウィリアムが優秀すぎて用が足りるため、国を支える文官の自覚が部下に育たなかったのが原因だ。きちんとした手順を整備して書類の分業化を進めればいい。大量の書類を分類しながら、教育係に相応しい人物を数人ピックアップした。

 命令書を手早く作って押印すると、それも各部署へ回す手はずを整える。あっという間に書類の山を崩したウィリアムは、国王の机の上を綺麗に片づけた。

「お前がいると下が育たないな」

 手際のよいウィリアムに回された重要な書類に目を通しながら、エリヤは苦笑いした。思惑があって有能な執政であろうとするウィリアムだが、彼がいないと国が回らない現状は困る。押印した書類を箱の中に収めたエリヤが次の書類に首をかしげた。

 手元の書類を少しずらして内容をさっと確認し、文官に指示を出すウィリアムの手が空くのを待つ。

「ん? どうした」

 文官が全員下がったところで、視線に気づいたウィリアムが振り返る。2人きりの執務室で気取った執政の口調は消え、普段通りの言葉遣いで後ろ側に回りこんだ。エリヤの手にある書類を後ろから覗き込み、やはり怪訝そうな顔する。

 催促する申請書類だが、この文面を見るとその前に申請が一度届いているはずだ。しかしエリヤもウィリアムも心当たりがなかった。しかたなく担当する部署の文官を呼び寄せようとしたウィリアムが顔を上げたところに、エイデンが飛び込んでくる。

「エイデン、ノック位……」

「これ、大事件だよ」

 魔女から齎された情報は、アスター国とシュミレ国の間に位置する細長い緩衝地帯の砦に関する状況だった。アスター国からの攻撃に対して反撃した砦の部隊が、増援を求める申請だ。最初の申請に返事がないため、中央で何か起きたのでは……と砦内が疑心暗鬼に陥っていた。

 情報を武器に戦う魔女ドロシアにとって、多少の混乱は情報の価値が上がるので美味しい。しかし国境警備部隊が揺らげば、砦が放棄される可能性もでてくる。それは彼女にとって不利益だった。そのためエイデンを通して警告を発したのだ。

「最初の申告書を誰かが握りつぶした?」

 裏切り者の存在を疑うウィリアムに、少年王は淡々とした口調で命じた。

「詮索はあとだ。砦に今すぐ増援を出せ」

「かしこまりました」

 一礼したウィリアムに、エイデンが慌てて腕を掴んで引き留める。振りほどこうとした執政の動きに、少年王もエイデンの懸念に思い至った。後ろで結んだウィリアムの長い髪が背で揺れる。

「待て、ウィルはここに残れ」

「……陛下」

 愛称で呼んだ国王に対し、ウィリアムは肩書で返した。公的な立場で判断しろと促されても、ケガ人を派遣する判断は出来ない。それが国にとって重要な立場の人間ならば余計に、小さな砦の問題で失うわけに行かなかった。

 蒼い瞳が不安に揺れ、青紫の瞳を正面から射抜く。子供の独占欲や我が侭ではなく、国のトップとしての決断を口にした。

「ダメだ。お前は動くな」

 きっぱり命じるエリヤに、困った顔を見せるウィリアム。膠着状態の執務室にノックの音が響く。衛兵が告げた名はチャンリー公爵で、すぐに開かれた扉から従兄弟がラユダを連れて入室した。

「やはり揉めていたか。俺が出よう」

「チャンリー公爵家当主ショーン、貴殿に増援部隊の指揮を命じる」

「承知した」

 許可を得るために顔を見せたショーンは、ウィリアムの肩をぽんと叩いて声をかける。

「今回は俺が出る番だ」

 一礼するラユダを従えて悠々と去っていくショーンの背を見送り、ウィリアムは苦笑いした。エイデンも同じだが、彼らは意外と過保護だ。この程度のケガで動けなくなる男じゃないと知るから、先手を打って「手柄を譲れ」と言いに来た。

 出陣の準備を手伝うべく、ウィリアムとエリヤは新たな書類を複数作成して、砦の援護に必要な物資の計算を始める。隣で書類作りを手伝うエイデンが、時折邪魔をするように休憩を挟む。

 強制的に休ませないと倒れるまで働く国王と執政のストッパーとして、彼なりの役目を果たしながら夜が更けていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

ヘタレな師団長様は麗しの花をひっそり愛でる

野犬 猫兄
BL
本編完結しました。 お読みくださりありがとうございます! 番外編は本編よりも文字数が多くなっていたため、取り下げ中です。 番外編へ戻すか別の話でたてるか検討中。こちらで、また改めてご連絡いたします。 第9回BL小説大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございました_(._.)_ 【本編】 ある男を麗しの花と呼び、ひっそりと想いを育てていた。ある時は愛しいあまり心の中で悶え、ある時は不甲斐なさに葛藤したり、愛しい男の姿を見ては明日も頑張ろうと思う、ヘタレ男の牛のような歩み寄りと天然を炸裂させる男に相手も満更でもない様子で進むほのぼの?コメディ話。 ヘタレ真面目タイプの師団長×ツンデレタイプの師団長 2022.10.28ご連絡:2022.10.30に番外編を修正するため下げさせていただきますm(_ _;)m 2022.10.30ご連絡:番外編を引き下げました。 【取り下げ中】 【番外編】は、視点が基本ルーゼウスになります。ジーク×ルーゼ ルーゼウス・バロル7歳。剣と魔法のある世界、アンシェント王国という小さな国に住んでいた。しかし、ある時召喚という形で、日本の大学生をしていた頃の記憶を思い出してしまう。精霊の愛し子というチートな恩恵も隠していたのに『精霊司令局』という機械音声や、残念なイケメンたちに囲まれながら、アンシェント王国や、隣国のゼネラ帝国も巻き込んで一大騒動に発展していくコメディ?なお話。 ※誤字脱字は気づいたらちょこちょこ修正してます。“(. .*)

【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】

彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。 「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

初恋の公爵様は僕を愛していない

上総啓
BL
伯爵令息であるセドリックはある日、帝国の英雄と呼ばれるヘルツ公爵が自身の初恋の相手であることに気が付いた。 しかし公爵は皇女との恋仲が噂されており、セドリックは初恋相手が発覚して早々失恋したと思い込んでしまう。 幼い頃に辺境の地で公爵と共に過ごした思い出を胸に、叶わぬ恋をひっそりと終わらせようとするが…そんなセドリックの元にヘルツ公爵から求婚状が届く。 もしや辺境でのことを覚えているのかと高揚するセドリックだったが、公爵は酷く冷たい態度でセドリックを覚えている様子は微塵も無い。 単なる政略結婚であることを自覚したセドリックは、恋心を伝えることなく封じることを決意した。 一方ヘルツ公爵は、初恋のセドリックをようやく手に入れたことに並々ならぬ喜びを抱いていて――? 愛の重い口下手攻め×病弱美人受け ※二人がただただすれ違っているだけの話 前中後編+攻め視点の四話完結です

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

処理中です...