63 / 102
第5章 魔女は裏切りの花束を好む
5-19.魔女はかくの如く笑う
しおりを挟む
届いた手紙を読み終えると、オズボーン国王メイナードはペンを手に取った。さらさらと認めた返答をくるくる巻いて、飾り燭台に火を灯す。
受け取った手紙は証拠を残さぬため、燭台の火をつけて燃やしてしまう。今の時期は使わぬ暖炉の中に放り投げた。薄い紙はあっという間に燃え上がって灰となる。
鮮やかな赤の封蝋でとめた文書は、公式文書として扱われる。ベルを鳴らして側近を呼びつけ、封を終えた公式文書を手渡した。
「これを教会の魔女へ」
聖女宛ではないと念を押す。頷いた青年が文書を恭しく受け取ると、すぐに部屋を出て行った。窓の外は晴れている。青空を飛ぶ鳥の自由さを羨むように目を細めた。
長い髭と白い髪が貫禄を与えるメイヤードだが、国内の治世は順風満帆とは程遠い。父王は権力に固執し、死の間際まで跡取りである息子を認めようとしなかった。自分の地位を脅かす存在としか考えていない。そのため地方の砦に匿われる形で生き延びた。
父の訃報とともに城へ戻ると、見知った家臣はすべて消えている。どうやら父が隣国や周辺国へ侵略を行うたびに注進した者は、次々と粛清され蟄居を命じられたらしい。城に残っている家臣は己の保身や野心を画策するのに長けた無能ばかり。
必死で立て直そうとするメイヤードの努力を嘲笑うように、父が与えた権力と地位を振り翳す貴族を抑え込めなかった。気付けば雨量が減り、民は度重なる増税に喘いでいる。滅びの兆候が見え始めた状況で、ようやく一部の貴族から権力を剥ぎ取ることに成功した。
隣国シュミレには多大なる迷惑と損害を与えている。前シュミレ国王と王妃を殺害したのは、オズボーンの公爵家だった。豊かな隣国を羨み奪おうとした結果なのだが、跡取りである少年王を狙い、今度は王女であった姫の命も奪ってしまう。
公爵家であったが故に証拠集めに手間取り、ようやく当主の交代を行った時点で……隣国は完全に敵に回っていた。当然だろう。己の父母と姉を奪い、国土を蹂躙した隣国を許せるはずがない。
「本当に…愚かなことをしたものだ」
なぜ他国から奪おうとするのか。彼らに地の利があったとはいえ、努力なしに豊かな国土を育んだわけがない。雨が減る予兆に灌漑設備を整え、農民を保護する政策を取る。戦争孤児を保護して国が育て、彼らは恩を国に返すだろう。
革新的な発想や提案を行う少年王と、彼を支えて提案を現実に変える手腕を振るう執政。どちらが欠けても、今のシュミレ国の豊かさはなかった。
「せめて、余にも本心を明かせる家臣が欲しかったが」
ないもの強請りとわかっていても、溜め息とともに本音が零れ落ちた。
教会の聖女の隣には、常に金髪の魔女が付き従う。その噂を聞いたのは数年前だ。興味を惹かれることもなく放置した噂は、わずか1年でメイヤードの元へ手紙を寄越すまでに勢力を伸ばした。さまざまな貴族を懐柔し、利用し、切り捨てる。魔女と呼ばれる美女の手腕は、一流の外交官を凌いでいた。
オズボーン国に、もう猶予はない。国が滅びるか、他国に吸収されても生き延びるか。最悪己の首を差し出しても構わないと、メイヤードは微笑んだ。国王となってから改革する時間、苦しませてしまった民を解放してやれる代償が、この命ひとつなら安いものだ。
最後の決断をした国王に迷いはなかった。
「思っていたよりも順調ですわね。死神を呼ぶか、私が足を運ぶか」
いつもならば教会の外へ出るチャンスと考えるドロシアだが、今は戦時中である。ドロシアが城へ行くと知れば、聖女であるリリーアリス様も同行したがるだろう。外の治安がどこまで戻ったかわからぬ状況で、外へ出ることは憚られた。
「腹部のケガ……剣は振るえなくとも、馬に乗るくらい出来るでしょう」
くすくす笑いながら、己の信奉者であるエイデンへ短い手紙を書き終えると、魔女は白い花を巻いてとめる。封蝋の代わりなのだろうが、どこか意味深だった。
「これを届けて頂戴」
控えていた男に手渡せば、白い花で行き先を察したらしく、何も尋ねずに彼は一礼して下がった。見送って、後ろの窓に近づく。白い鳥が行きかう青空は、雲ひとつない。
「本当に、良いお天気ですわ」
窓の外の庭で薔薇の手入れをする聖女の姿に気付くと、魔女は頬を緩めて庭へ向かった。
受け取った手紙は証拠を残さぬため、燭台の火をつけて燃やしてしまう。今の時期は使わぬ暖炉の中に放り投げた。薄い紙はあっという間に燃え上がって灰となる。
鮮やかな赤の封蝋でとめた文書は、公式文書として扱われる。ベルを鳴らして側近を呼びつけ、封を終えた公式文書を手渡した。
「これを教会の魔女へ」
聖女宛ではないと念を押す。頷いた青年が文書を恭しく受け取ると、すぐに部屋を出て行った。窓の外は晴れている。青空を飛ぶ鳥の自由さを羨むように目を細めた。
長い髭と白い髪が貫禄を与えるメイヤードだが、国内の治世は順風満帆とは程遠い。父王は権力に固執し、死の間際まで跡取りである息子を認めようとしなかった。自分の地位を脅かす存在としか考えていない。そのため地方の砦に匿われる形で生き延びた。
父の訃報とともに城へ戻ると、見知った家臣はすべて消えている。どうやら父が隣国や周辺国へ侵略を行うたびに注進した者は、次々と粛清され蟄居を命じられたらしい。城に残っている家臣は己の保身や野心を画策するのに長けた無能ばかり。
必死で立て直そうとするメイヤードの努力を嘲笑うように、父が与えた権力と地位を振り翳す貴族を抑え込めなかった。気付けば雨量が減り、民は度重なる増税に喘いでいる。滅びの兆候が見え始めた状況で、ようやく一部の貴族から権力を剥ぎ取ることに成功した。
隣国シュミレには多大なる迷惑と損害を与えている。前シュミレ国王と王妃を殺害したのは、オズボーンの公爵家だった。豊かな隣国を羨み奪おうとした結果なのだが、跡取りである少年王を狙い、今度は王女であった姫の命も奪ってしまう。
公爵家であったが故に証拠集めに手間取り、ようやく当主の交代を行った時点で……隣国は完全に敵に回っていた。当然だろう。己の父母と姉を奪い、国土を蹂躙した隣国を許せるはずがない。
「本当に…愚かなことをしたものだ」
なぜ他国から奪おうとするのか。彼らに地の利があったとはいえ、努力なしに豊かな国土を育んだわけがない。雨が減る予兆に灌漑設備を整え、農民を保護する政策を取る。戦争孤児を保護して国が育て、彼らは恩を国に返すだろう。
革新的な発想や提案を行う少年王と、彼を支えて提案を現実に変える手腕を振るう執政。どちらが欠けても、今のシュミレ国の豊かさはなかった。
「せめて、余にも本心を明かせる家臣が欲しかったが」
ないもの強請りとわかっていても、溜め息とともに本音が零れ落ちた。
教会の聖女の隣には、常に金髪の魔女が付き従う。その噂を聞いたのは数年前だ。興味を惹かれることもなく放置した噂は、わずか1年でメイヤードの元へ手紙を寄越すまでに勢力を伸ばした。さまざまな貴族を懐柔し、利用し、切り捨てる。魔女と呼ばれる美女の手腕は、一流の外交官を凌いでいた。
オズボーン国に、もう猶予はない。国が滅びるか、他国に吸収されても生き延びるか。最悪己の首を差し出しても構わないと、メイヤードは微笑んだ。国王となってから改革する時間、苦しませてしまった民を解放してやれる代償が、この命ひとつなら安いものだ。
最後の決断をした国王に迷いはなかった。
「思っていたよりも順調ですわね。死神を呼ぶか、私が足を運ぶか」
いつもならば教会の外へ出るチャンスと考えるドロシアだが、今は戦時中である。ドロシアが城へ行くと知れば、聖女であるリリーアリス様も同行したがるだろう。外の治安がどこまで戻ったかわからぬ状況で、外へ出ることは憚られた。
「腹部のケガ……剣は振るえなくとも、馬に乗るくらい出来るでしょう」
くすくす笑いながら、己の信奉者であるエイデンへ短い手紙を書き終えると、魔女は白い花を巻いてとめる。封蝋の代わりなのだろうが、どこか意味深だった。
「これを届けて頂戴」
控えていた男に手渡せば、白い花で行き先を察したらしく、何も尋ねずに彼は一礼して下がった。見送って、後ろの窓に近づく。白い鳥が行きかう青空は、雲ひとつない。
「本当に、良いお天気ですわ」
窓の外の庭で薔薇の手入れをする聖女の姿に気付くと、魔女は頬を緩めて庭へ向かった。
0
お気に入りに追加
130
あなたにおすすめの小説
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
ヘタレな師団長様は麗しの花をひっそり愛でる
野犬 猫兄
BL
本編完結しました。
お読みくださりありがとうございます!
番外編は本編よりも文字数が多くなっていたため、取り下げ中です。
番外編へ戻すか別の話でたてるか検討中。こちらで、また改めてご連絡いたします。
第9回BL小説大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございました_(._.)_
【本編】
ある男を麗しの花と呼び、ひっそりと想いを育てていた。ある時は愛しいあまり心の中で悶え、ある時は不甲斐なさに葛藤したり、愛しい男の姿を見ては明日も頑張ろうと思う、ヘタレ男の牛のような歩み寄りと天然を炸裂させる男に相手も満更でもない様子で進むほのぼの?コメディ話。
ヘタレ真面目タイプの師団長×ツンデレタイプの師団長
2022.10.28ご連絡:2022.10.30に番外編を修正するため下げさせていただきますm(_ _;)m
2022.10.30ご連絡:番外編を引き下げました。
【取り下げ中】
【番外編】は、視点が基本ルーゼウスになります。ジーク×ルーゼ
ルーゼウス・バロル7歳。剣と魔法のある世界、アンシェント王国という小さな国に住んでいた。しかし、ある時召喚という形で、日本の大学生をしていた頃の記憶を思い出してしまう。精霊の愛し子というチートな恩恵も隠していたのに『精霊司令局』という機械音声や、残念なイケメンたちに囲まれながら、アンシェント王国や、隣国のゼネラ帝国も巻き込んで一大騒動に発展していくコメディ?なお話。
※誤字脱字は気づいたらちょこちょこ修正してます。“(. .*)
【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】
彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。
「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」
王太子殿下は悪役令息のいいなり
白兪
BL
「王太子殿下は公爵令息に誑かされている」
そんな噂が立ち出したのはいつからだろう。
しかし、当の王太子は噂など気にせず公爵令息を溺愛していて…!?
スパダリ王太子とまったり令息が周囲の勘違いを自然と解いていきながら、甘々な日々を送る話です。
ハッピーエンドが大好きな私が気ままに書きます。最後まで応援していただけると嬉しいです。
書き終わっているので完結保証です。
田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?
下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。
そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。
アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。
公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。
アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。
一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。
これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。
小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。
初恋の公爵様は僕を愛していない
上総啓
BL
伯爵令息であるセドリックはある日、帝国の英雄と呼ばれるヘルツ公爵が自身の初恋の相手であることに気が付いた。
しかし公爵は皇女との恋仲が噂されており、セドリックは初恋相手が発覚して早々失恋したと思い込んでしまう。
幼い頃に辺境の地で公爵と共に過ごした思い出を胸に、叶わぬ恋をひっそりと終わらせようとするが…そんなセドリックの元にヘルツ公爵から求婚状が届く。
もしや辺境でのことを覚えているのかと高揚するセドリックだったが、公爵は酷く冷たい態度でセドリックを覚えている様子は微塵も無い。
単なる政略結婚であることを自覚したセドリックは、恋心を伝えることなく封じることを決意した。
一方ヘルツ公爵は、初恋のセドリックをようやく手に入れたことに並々ならぬ喜びを抱いていて――?
愛の重い口下手攻め×病弱美人受け
※二人がただただすれ違っているだけの話
前中後編+攻め視点の四話完結です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる