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第5章 魔女は裏切りの花束を好む
5-8.暗躍さえ手のひらの上
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「今度こそあの若造を這い蹲らせてやる」
強い決意と憎しみを糧に、オズボーンの老将軍は兵を率いて出陣する。その後姿を見送るオズボーンの国王は髪と同色の深い紺の瞳を曇らせた。
この国が乾き始めたのは数年前からだ。今までは海から押し寄せていた湿った風が山に雨を降らせ、山の両側に川を生んで恵みをもたらした。その雨が降らなくなり、気付いた時には降雨量が半分に減ってしまっていたのだ。慌てて手を打っても、すぐに効果は得られない。
最初に雨が減った年、神殿に神託がおりた。肥沃な土地が失われるという不吉な神託は、国王に届くことなく握り潰されてしまう。その時点で手を打てば、今頃は少量の雨をすべて川に流す灌漑設備が間に合ったかも知れない。
だが現時点で間に合っていない以上、彼らに残された手は「肥沃な土地を奪う」という卑劣な方法だった。山の向こうのシュミレ国は減った雨量を補うだけの灌漑設備を整え、国民を飢えさせることなく養っている。それは少年王と有能な執政の手腕だった。
同じように早期に手を尽くせば、オズボーンだとて乾き飢えることはなかった。分かっているが、今の国王に打つ手は残されていない。
隣国から水を、食料を、豊かな土地を奪わねば……自国が滅びてしまう。
将軍のように相手国を踏み躙ろうとは考えていない国王だが、戦争に反対できない時点で同罪だった。その罪を誰よりも自覚するからこそ、魔女と手を組んだ。
「頼むぞ」
窓から見下ろした将軍率いる軍へかけた言葉のようだが、国王の眼差しは遠くを見ていた。
進軍するシュミレ国の騎士は士気が高かった。少年王自らの見送り、最高の騎士と謳われるシャーリアス卿の出陣、チャンリー公爵家の私兵たち、すべてが彼らの勝利を確信させる要因だ。
「凄い人気だな」
ショーンが揶揄う口調で馬を寄せる。軍を率いるウィリアムは軽く肩を竦めて後ろを振り返った。士気が高く盛り上がる騎士に釣られ、兵たちも勝ち戦だと浮き足立っている。
「庶民には人気あるからな。それより…ちょっと油断しすぎだ」
「引き締めが必要ならば、我が軍が動くぞ」
チャンリー公爵家は正規軍だけでも国王に次ぐ規模を誇る。だがショーンは傭兵の使い勝手のよさが気に入っており、様々な場面で重陽してきた。そのため、傭兵が自然と集まる。彼らは正規兵と違い、汚れ仕事もしっかり命令どおりこなす能力があった。
そもそも傭兵は流れ者が多い。土地に根ざしていないため、その土地の慣習や常識に捉われず行動できる。信用が第一の商売である稼業なので、依頼主の命令は絶対だ。逆らうには相応の理由が必要だった。そうでなければ、彼らは次の仕事を得ることは出来ないだろう。
大量虐殺のように、断っても名に傷が付かない命令は無視が許されるのだ。
「うーん、もう少し放っておくか」
敵地に乗り込むまでは彼らの士気の高さはプラス要素だ。浮かれすぎないように釘を刺すならば、攻め込む直前で十分だった。
ラシエラ国にウィリアムの参戦を見せたら、すぐに軍を離れる。その後の指揮はチャンリー公爵であるショーンが受け持つ約束だった。その後に引き締めても間に合うだろう? 狡猾な政治家の顔で笑うウィリアムに、ショーンが溜め息をついた。
「そのあくどい本性がバレないのが不思議だ」
「オレは陛下の剣だぞ。そんなヘマしないさ」
ショーンに付き従っているラユダがくすくす笑いながら、緑の瞳を和らげた。
「野営予定地が近い」
注意を逸らすように告げられた言葉で、ウィリアムは視線を前方に戻す。愛馬リアムがぶるりと首を振った。その首をぽんぽんと叩いて落ち着かせながら、目配せする。
頷いたショーンがラユダに指示を出した。
強い決意と憎しみを糧に、オズボーンの老将軍は兵を率いて出陣する。その後姿を見送るオズボーンの国王は髪と同色の深い紺の瞳を曇らせた。
この国が乾き始めたのは数年前からだ。今までは海から押し寄せていた湿った風が山に雨を降らせ、山の両側に川を生んで恵みをもたらした。その雨が降らなくなり、気付いた時には降雨量が半分に減ってしまっていたのだ。慌てて手を打っても、すぐに効果は得られない。
最初に雨が減った年、神殿に神託がおりた。肥沃な土地が失われるという不吉な神託は、国王に届くことなく握り潰されてしまう。その時点で手を打てば、今頃は少量の雨をすべて川に流す灌漑設備が間に合ったかも知れない。
だが現時点で間に合っていない以上、彼らに残された手は「肥沃な土地を奪う」という卑劣な方法だった。山の向こうのシュミレ国は減った雨量を補うだけの灌漑設備を整え、国民を飢えさせることなく養っている。それは少年王と有能な執政の手腕だった。
同じように早期に手を尽くせば、オズボーンだとて乾き飢えることはなかった。分かっているが、今の国王に打つ手は残されていない。
隣国から水を、食料を、豊かな土地を奪わねば……自国が滅びてしまう。
将軍のように相手国を踏み躙ろうとは考えていない国王だが、戦争に反対できない時点で同罪だった。その罪を誰よりも自覚するからこそ、魔女と手を組んだ。
「頼むぞ」
窓から見下ろした将軍率いる軍へかけた言葉のようだが、国王の眼差しは遠くを見ていた。
進軍するシュミレ国の騎士は士気が高かった。少年王自らの見送り、最高の騎士と謳われるシャーリアス卿の出陣、チャンリー公爵家の私兵たち、すべてが彼らの勝利を確信させる要因だ。
「凄い人気だな」
ショーンが揶揄う口調で馬を寄せる。軍を率いるウィリアムは軽く肩を竦めて後ろを振り返った。士気が高く盛り上がる騎士に釣られ、兵たちも勝ち戦だと浮き足立っている。
「庶民には人気あるからな。それより…ちょっと油断しすぎだ」
「引き締めが必要ならば、我が軍が動くぞ」
チャンリー公爵家は正規軍だけでも国王に次ぐ規模を誇る。だがショーンは傭兵の使い勝手のよさが気に入っており、様々な場面で重陽してきた。そのため、傭兵が自然と集まる。彼らは正規兵と違い、汚れ仕事もしっかり命令どおりこなす能力があった。
そもそも傭兵は流れ者が多い。土地に根ざしていないため、その土地の慣習や常識に捉われず行動できる。信用が第一の商売である稼業なので、依頼主の命令は絶対だ。逆らうには相応の理由が必要だった。そうでなければ、彼らは次の仕事を得ることは出来ないだろう。
大量虐殺のように、断っても名に傷が付かない命令は無視が許されるのだ。
「うーん、もう少し放っておくか」
敵地に乗り込むまでは彼らの士気の高さはプラス要素だ。浮かれすぎないように釘を刺すならば、攻め込む直前で十分だった。
ラシエラ国にウィリアムの参戦を見せたら、すぐに軍を離れる。その後の指揮はチャンリー公爵であるショーンが受け持つ約束だった。その後に引き締めても間に合うだろう? 狡猾な政治家の顔で笑うウィリアムに、ショーンが溜め息をついた。
「そのあくどい本性がバレないのが不思議だ」
「オレは陛下の剣だぞ。そんなヘマしないさ」
ショーンに付き従っているラユダがくすくす笑いながら、緑の瞳を和らげた。
「野営予定地が近い」
注意を逸らすように告げられた言葉で、ウィリアムは視線を前方に戻す。愛馬リアムがぶるりと首を振った。その首をぽんぽんと叩いて落ち着かせながら、目配せする。
頷いたショーンがラユダに指示を出した。
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