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第5章 魔女は裏切りの花束を好む

5-5.鬼か蛇か、どちらもか

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「ちなみにこの紅茶缶の贈り主は、エイデンだ」

「「ああ」」

 なるほど。仲の良いアレキシス侯爵嫡男からの差し入れならば、毒見されない。彼の元に届けられた時に入れられたか、運ぶ途中か、または届いてから王宮内で毒を足したか。どちらにしろ、ウィリアムは敵を確定しているようだった。

「エイデンは知っているのか?」

「わざわざ言わないが、昨日給仕された紅茶に眉を顰めてたかな」

 直接注意されなくても、エイデンが紅茶の毒に気付かないわけがない。遠まわしながら知らせたのは、彼自身が決着をつけることを望む性格をしていたからだ。

 そこまで考えて、ショーンは納得したように頷いた。

「アレキシス侯爵家も大変だな」

「近日中に不慮の事故があるだろうから、喪服を用意しないと」

 くすくす笑うウィリアムの言葉がすべてだった。エイデンの名で差し入れられた紅茶に毒を混ぜたのは、アレキシス侯爵家の誰かだ。跡取りとして騎士として名を馳せるエイデンを排除するなら、今しかない。彼が公爵家を継いでから、執政に毒を盛れば一族全体に失脚の憂き目にあうだろう。

 ならば、エイデンが跡を取る前に潰す方法しかなかった。跡取りならば替えがきく。エイデンの首を差し出せば、侯爵家に謀反の意はなかったと言い訳できる。表立った功績や実力がない者ほど悪知恵が働く見本のようだった。

 普段は金髪のお坊ちゃんで優男に見えるが、エイデンは侯爵家の嫡男だ。策略には策略をもって応えるだろう。裏で画策した人物は僅かな時間で特定され、排除される。

 排除した者の名誉を守ってやる義理は無いが、侯爵家の本家に近しい血筋ならば表面を取り繕う必要があった。それゆえに病死か事故死の発表があり、葬儀は一族に相応しい格式で執り行われる。

「弔辞を考えておけ」

「あんなもの、同じ文章で十分だ。3種類用意してあるよ」

 当主、年上、年下を用意しておけば応用できる。言い切ったウィリアムの悪びれない様子に、ショーンは「その案はいい」と頷いた。

 実際に世話になった相手ならばともかく、家同士の繋がりだけで顔も名前もろくに知らない相手の葬儀で弔辞を頼まれるのは、上位貴族にとって悩みの種だ。皆が同じように定型文を利用するようになれば、互いに「どこかで聞いた」と思っても指摘しなくなる。自分が指摘されたくないからだ。

「次はそうしよう」

「雛形貸してやるよ」

 この世界で、人の命は吹けば飛ぶ程度の軽さしかない。個々の思い入れは別として、他人の命など慮る余地はなかった。ましてやウィリアムにとって、エリヤ以外の命は自分を含めて塵同然だ。

「では今日はこれで失礼しよう、ラユダ」

 優雅に立ち上がり一礼するショーンは、隣に座る友人に声をかけた。部下という建前を取り払った態度に、ラユダは僅かに笑みを浮かべる。親しげな様子に、ウィリアムは肩を竦めた。

「何か新しい情報があったら、また知らせてくれ。とりあえずラシエラとの戦準備を整えておく」

「こちらも兵を集めておこう。他家に勘ぐられるのは面倒だ。執政の訓練命令を出せるか?」

「うーん、明日までに届けさせる」

 たまった書類を片付ける前に、ショーンへ準備を頼んだ方がいい。ラシエラもオズボーンもかなり前から準備しているはずだった。すぐに決断したウィリアムが、ドアまでショーン達を見送る。

 立派なドアを閉めて、ウィリアムは溜め息をついた。閉めたばかりの扉に寄りかかり、口元に意味深な笑みを浮かべる。

「鬼が出るか蛇が出るか」

 鼻歌を歌いながら、書類が詰まれた執務机へ向かった。
 
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