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第4章 愚かな策に散る花を
4-22.やられたらやり返すでしょう
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「このような侮辱、許せません!!」
謁見を求めたタロシーニャ老侯爵は、挨拶を終えるなり叫んだ。最低限の礼儀をわきまえているあたり、野の獣よりマシだろう。だが玉座の少年王はこてりと首を傾げただけ。滑り落ちそうな王冠を右手で支える。
「ウィリアム、この者は何を怒ってるのだ?」
すでに報告を済ませた内容を、エリヤが忘れた筈はない。何しろ手を叩いて喜んでいたくらいだ。これは彼をより怒らせて奮起させるための演技だった。自国の王殺害を企てた連中を炙り出すのに、血気盛んな男は役に立つのだ。
「嫡男のマイルズ殿が反逆罪で死亡しました故、多少混乱して取り乱しておられるのでは?」
普段の言葉遣いが嘘のような貴族の好む言い回しで遠まわしに指摘すれば、「ああ」と思い出した様子でエリヤが頷いた。その拍子に頭の上から落ちた王冠を、斜め後ろに控えるウィリアムが受け止める。玉座の前に膝をついて、侯爵に見せ付けるように王冠を掲げた。
恭しく王冠を子供の膝の上へ戻す。国王の暗殺を謀った彼らがもっとも欲しい、権威の象徴だ。無造作に受け取ったエリヤが手の中で王冠を弄る姿は、玩具で遊ぶ子供そのものだった。
ある意味、権威に大した価値を置かない実力主義者のエリヤにとって、王冠は付属物でしかない。
「裁きの場もなく、申し開きも許されずに殺されるなど」
「殺された……ですか。私は己の身を守ったのみ、先に仕掛けたのは貴殿の息子です」
「証拠はあるのか! マイルズが仕掛けた証拠は……」
かっとして言い返したタシローニャ侯爵の語尾をさらうように、入り口から別人の声が被った。
「この国での裁きに、証拠が必要だとは知らなかったな」
チャンリー公爵家当主の言葉に、タロシーニャ侯爵は息を呑んだ。チャンリー公爵家の代替わりは2年前の出来事だ。エリヤより3つ年上の青年は、見事な黒髪を引き立てる白い絹の服を身に纏っていた。銀糸が龍や虎の模様を描き出す服は、彼にとって喪服と同じだ。
「貴殿らが父を糾弾し自害に追い込んだ際、証拠など提示されなかったぞ」
「そうですね、証拠の記述はありません」
2年前の事件は記録されていた。あの頃のウィリアムは足場固めに必死だったため、直接弾劾の場に立ち会えなかった。その場で濡れ衣を晴らせず、チャンリー前公爵は死をもって抗議したのだ。無実を訴え、家名を絶やさぬために命を絶った。
報せを聞いて、愕然としたのはエリヤもウィリアムも同様だった。友人の父であるという以上に、国王派のまとめ役だった彼の死は重い。家臣を守れなかった無力感、敵対勢力の大きさ、現状を見極められなかった未熟――思い出すのも腹立たしい出来事だった。
「だが証人はいた! チェンリー公爵と息子の件は違うッ」
「ああ、証人がいればいいのですか? ならば、私が証言しましょう。このアレキシス侯爵家嫡男が、家名と騎士の名誉にかけて証言いたします。マイルズ殿は話の途中で、武器を持たぬウィリアム卿に不意打ちで斬りかかったのが真実です」
「ば、ばかな……その場にいたと」
「ええ、おりましたとも。主治医として執政の働きすぎを注意しに顔を出したのですよ」
けろりと嘘を口にしたエイデンが顔を顰めた。
「突然斬りかかるなど、騎士として最低の行いでしたね。それも我が国最高の騎士へ、あのように拙い剣技が通用すると思われたなど……騎士団への侮辱です」
家名と騎士の名誉にかけた誓いをあっさり破ったエイデンは、肩をすくめて大げさに嘆いてみせた。予想外の敵対者に呆然とするタロシーニャ侯爵に見えない位置で、ショーンに合図を送る。
「さて、貴殿が望む証人も出た。観念して受け入れよ」
大仰な言い方でショーンが引導を渡す。がくりと崩れ落ちた男の自業自得の姿に、ウィリアムはさらに追い討ちをかけた。
「タロシーニャ侯爵家は子爵へ降格――陛下、よろしいですか?」
「一任する」
項垂れた元侯爵をよそに、4人は口元を緩めた。
謁見を求めたタロシーニャ老侯爵は、挨拶を終えるなり叫んだ。最低限の礼儀をわきまえているあたり、野の獣よりマシだろう。だが玉座の少年王はこてりと首を傾げただけ。滑り落ちそうな王冠を右手で支える。
「ウィリアム、この者は何を怒ってるのだ?」
すでに報告を済ませた内容を、エリヤが忘れた筈はない。何しろ手を叩いて喜んでいたくらいだ。これは彼をより怒らせて奮起させるための演技だった。自国の王殺害を企てた連中を炙り出すのに、血気盛んな男は役に立つのだ。
「嫡男のマイルズ殿が反逆罪で死亡しました故、多少混乱して取り乱しておられるのでは?」
普段の言葉遣いが嘘のような貴族の好む言い回しで遠まわしに指摘すれば、「ああ」と思い出した様子でエリヤが頷いた。その拍子に頭の上から落ちた王冠を、斜め後ろに控えるウィリアムが受け止める。玉座の前に膝をついて、侯爵に見せ付けるように王冠を掲げた。
恭しく王冠を子供の膝の上へ戻す。国王の暗殺を謀った彼らがもっとも欲しい、権威の象徴だ。無造作に受け取ったエリヤが手の中で王冠を弄る姿は、玩具で遊ぶ子供そのものだった。
ある意味、権威に大した価値を置かない実力主義者のエリヤにとって、王冠は付属物でしかない。
「裁きの場もなく、申し開きも許されずに殺されるなど」
「殺された……ですか。私は己の身を守ったのみ、先に仕掛けたのは貴殿の息子です」
「証拠はあるのか! マイルズが仕掛けた証拠は……」
かっとして言い返したタシローニャ侯爵の語尾をさらうように、入り口から別人の声が被った。
「この国での裁きに、証拠が必要だとは知らなかったな」
チャンリー公爵家当主の言葉に、タロシーニャ侯爵は息を呑んだ。チャンリー公爵家の代替わりは2年前の出来事だ。エリヤより3つ年上の青年は、見事な黒髪を引き立てる白い絹の服を身に纏っていた。銀糸が龍や虎の模様を描き出す服は、彼にとって喪服と同じだ。
「貴殿らが父を糾弾し自害に追い込んだ際、証拠など提示されなかったぞ」
「そうですね、証拠の記述はありません」
2年前の事件は記録されていた。あの頃のウィリアムは足場固めに必死だったため、直接弾劾の場に立ち会えなかった。その場で濡れ衣を晴らせず、チャンリー前公爵は死をもって抗議したのだ。無実を訴え、家名を絶やさぬために命を絶った。
報せを聞いて、愕然としたのはエリヤもウィリアムも同様だった。友人の父であるという以上に、国王派のまとめ役だった彼の死は重い。家臣を守れなかった無力感、敵対勢力の大きさ、現状を見極められなかった未熟――思い出すのも腹立たしい出来事だった。
「だが証人はいた! チェンリー公爵と息子の件は違うッ」
「ああ、証人がいればいいのですか? ならば、私が証言しましょう。このアレキシス侯爵家嫡男が、家名と騎士の名誉にかけて証言いたします。マイルズ殿は話の途中で、武器を持たぬウィリアム卿に不意打ちで斬りかかったのが真実です」
「ば、ばかな……その場にいたと」
「ええ、おりましたとも。主治医として執政の働きすぎを注意しに顔を出したのですよ」
けろりと嘘を口にしたエイデンが顔を顰めた。
「突然斬りかかるなど、騎士として最低の行いでしたね。それも我が国最高の騎士へ、あのように拙い剣技が通用すると思われたなど……騎士団への侮辱です」
家名と騎士の名誉にかけた誓いをあっさり破ったエイデンは、肩をすくめて大げさに嘆いてみせた。予想外の敵対者に呆然とするタロシーニャ侯爵に見えない位置で、ショーンに合図を送る。
「さて、貴殿が望む証人も出た。観念して受け入れよ」
大仰な言い方でショーンが引導を渡す。がくりと崩れ落ちた男の自業自得の姿に、ウィリアムはさらに追い討ちをかけた。
「タロシーニャ侯爵家は子爵へ降格――陛下、よろしいですか?」
「一任する」
項垂れた元侯爵をよそに、4人は口元を緩めた。
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