上 下
40 / 102
第4章 愚かな策に散る花を

4-21.罰の後は丁重に

しおりを挟む
「何のお話ですか?」

 こういった惚け方も定型文だった。相手が賢ければそこで口を噤む筈だが、幸いというか。この相手も愚かな分類だった。しっかり自分の罪を自白してしまう。

「ゼロシア王家との婚約だ。あのような成り上がり貴族に下賜かしするなど」

「下賜、と?」

 わざと言葉を区切って飛び込んだ貴族の口を封じる。びくりと肩を揺らした小物に、ウィリアムの口角が持ち上がった。久々の獲物だ、狩りを楽しんでも構わない。

 椅子から立ち上がり、大きなテーブルを回って男の前に立った。

 気の強そうな男は、タロシーニャ侯爵の嫡男だ。名はマイルズと言ったか。頭の中の貴族年鑑を開いて詳細な情報を引っ張り出す。気位ばかり高く、生まれを鼻に掛けたお坊ちゃんだった。

 特筆すべき才能も実力もないくせに、生まれた家柄だけで生きていけると信じている。こういった貴族の鼻をへし折るのは、ウィリアムにとって有意義な時間だった。

 エリヤの王国を浄化する一歩なのだから。

 手加減する余地もない。

「他国の王族に対して使う言葉ではありませんね。姫が王の側室であったならともかく、嫁いでくださる姫君に対して非礼ではありませんか」

 無礼では足りない、失礼でも表現しきれない。それほどの非礼を口にした貴族へ、切り刻むような鋭い視線を向けた。息を呑んだマイルズの顔に焦りが浮かんだ。

「普段から王族をないがしろにしている方の言葉ですから、いたし方ないのでしょうか。これが自国の侯爵だなど、恥ずかしくて口に出来ません」

 首を横に振って溜め息をついてみせる。この侮辱に彼はどう反応する? 楽しみに待てば、真っ赤な顔で拳を握り締めていた。ぶるぶる震える肩をみれば、あと一押しで彼が爆発するのは明白だ。

「ゼロシア王家は戦わずに、我が国の領土の自治領となることを決めました。その王家の誠意として示された婚姻であり、ゼロシア自治領の当主はアスターリア伯爵家に任せるつもりです」

 まだ公開していない情報を突きつけ、ウィリアムは机の端に腰掛ける形で寄りかかった。

「命を賭して陛下をお守りした彼らに恩恵があるのは、信賞必罰の理屈に合うでしょう――罰はこれから、ですが」

 意味ありげに言葉を切ったところで、ウィリアムは机の上の短剣を掴んで引き抜いた。目の前に迫った剣を左へ受け流す。同時に懐に飛び込んで、首に短剣の刃を押し当てた。

「罰はこれからだと言ったのに、せっかちな方だ」

 くつくつ喉を鳴らして笑うと、無造作に左に引き抜いた。喉に当たっていた短剣は、その鋭さを存分に発揮する。返り血を盛大に浴びたウィリアムの姿に、衛兵が慌てて駆け寄った。警護対象である執政の無事を確かめると、ほっと息をつく。

 足元に崩れ落ちた男の口が呼吸を求めるようにぱくぱく動き、すぐに動かなくなった。スタンリー伯爵のときは胸を突いたが、今回は首を斬ったために返り血が凄い。斜め後ろの机に目をやり、書類に飛んだ血の赤い色に眉を顰めた。

「重要書類は終わったからいいか……死体は丁重に、タロシーニャ侯爵家へお返ししろ」

 小声の前半と違い、衛兵に命じる後半は声を大きくして告げる。まだ剣を強く握ったままの嫡男を送り返され、侯爵家の当主はどう動く?

 彼らの陣営を一掃しなくては、愛しい王エリヤの身辺が物騒で仕方ない。ドロシアも協力体制に在る中、ウィリアムは徹底的に獅子身中の虫を片付けるつもりだった。

「ああ、その剣はそのままだ」

「はっ」

 衛兵が引き剥がそうとした武器を示して指示する。国王の代理権をもつ執政へ、武器をもって立ち向かった嫡男を切り捨てるか。または嫡男を無下に害されたと抗議するか。

 沈黙するのが一番賢いが……そうならないことを確信しながら、ウィリアムは赤く濡れた前髪を掻き上げた。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

溺愛お義兄様を卒業しようと思ったら、、、

ShoTaro
BL
僕・テオドールは、6歳の時にロックス公爵家に引き取られた。 そこから始まった兄・レオナルドの溺愛。 元々貴族ではなく、ただの庶子であるテオドールは、15歳となり、成人まで残すところ一年。独り立ちする計画を立てていた。 兄からの卒業。 レオナルドはそんなことを許すはずもなく、、 全4話で1日1話更新します。 R-18も多少入りますが、最後の1話のみです。

その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】 【続編も8/17完結しました。】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785 ↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

この噛み痕は、無効。

ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋 α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。 いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。 千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。 そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。 その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。 「やっと見つけた」 男は誰もが見惚れる顔でそう言った。

魔法菓子職人ティハのアイシングクッキー屋さん

古森きり
BL
魔力は豊富。しかし、魔力を取り出す魔門眼《アイゲート》が機能していないと診断されたティハ・ウォル。 落ちこぼれの役立たずとして実家から追い出されてしまう。 辺境に移住したティハは、護衛をしてくれた冒険者ホリーにお礼として渡したクッキーに強化付加効果があると指摘される。 ホリーの提案と伝手で、辺境の都市ナフィラで魔法菓子を販売するアイシングクッキー屋をやることにした。 カクヨムに読み直しナッシング書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLove、魔法Iらんどにも掲載します。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

子悪党令息の息子として生まれました

菟圃(うさぎはたけ)
BL
悪役に好かれていますがどうやって逃げられますか!? ネヴィレントとラグザンドの間に生まれたホロとイディのお話。 「お父様とお母様本当に仲がいいね」 「良すぎて目の毒だ」 ーーーーーーーーーーー 「僕達の子ども達本当に可愛い!!」 「ゆっくりと見守って上げよう」 偶にネヴィレントとラグザンドも出てきます。

無自覚両片想いの鈍感アイドルが、ラブラブになるまでの話

タタミ
BL
アイドルグループ・ORCAに属する一原優成はある日、リーダーの藤守高嶺から衝撃的な指摘を受ける。 「優成、お前明樹のこと好きだろ」 高嶺曰く、優成は同じグループの中城明樹に恋をしているらしい。 メンバー全員に指摘されても到底受け入れられない優成だったが、ひょんなことから明樹とキスしたことでドキドキが止まらなくなり──!?

処理中です...