上 下
35 / 102
第4章 愚かな策に散る花を

4-16.笑顔で即答するほど

しおりを挟む
 仮面どころか、ついに被っていた猫まで脱ぎ捨てたウィリアムが、辛辣な言葉でスガロシア子爵のプライドを磨り潰しにかかる。容赦してやる要素が何もない。反省もなく、自己弁護で国王の権威を引き下ろそうとする輩に、手加減など不要だった。

「あの行動は親衛隊の騎士にも目撃されている。しっかり王宮へも報告を上げた。娘は父親の言いつけに従ったと、はっきり言葉にした」

 一度言葉を切る。思わせぶりに笑みを深めた。

「つまり、お前の命令で服を脱いだ。仮にも子爵令嬢として教育された娘が、己の屋敷であるにしても、男の部屋に夜這いに入ったのだ。しかも娘は、このような毒薬を陛下に盛ろうとしたぞ」

 当日、駆け寄った小娘を突き飛ばした際に奪った小瓶を掲げてみせる。茶色の小瓶の中で、色のわからぬ液体が揺れた。

 スガロシア子爵の顔色が変わる。

「そ、それは……毒ではなく、媚薬で」

「ほう? 正体のわからぬ液体を、毒見もなしに主君へ。それも媚薬だと」

 わかっていても腹が立つ。知っている情報でも、愚かな男が零した話に怒りが沸きあがった。

「媚薬の類は危険な薬が多い。さきほど、清き身を捧げたと言ったが、どこの清い娘が媚薬を手に忍び込む。しかも陛下にだぞ? 子供を無理やり手篭めにするなぞ…いまどき、場末の商売女でもやらない――最低の手管てくだだ」

 切り捨てたウィリアムがひとつ息を吐いた。

「オレは陛下の身を護る剣だ。お前の娘を切り捨てても構わぬ立場で、それでも見逃した。親の罪を子に負わせるのは気の毒だからな」

 正確には、親を追い詰めるために子を逃がしたのだ。証人として捕らえ、親に殺されぬよう隔離した。用が済めば、証拠は果ての街へ捨てる予定だが……それはエリヤが知る必要のない話だ。

 一歩踏み出す。膝をついたスガロシア子爵以外は一斉に下がった。さらに近づくウィリアムに、スガロシア子爵が助けを求めるように周囲を見回す。他の貴族は一斉に目を逸らした。

 誰も助けはない。悟った男は、血走った目で近くの騎士の剣を目指して走った。だが親衛隊に所属する騎士が簡単に武器を取られるわけもなく、後ろから近づいたウィリアムが短剣を引き抜く。

「閣下、陛下の御前で」

 血を流すのはどうかと……そんなエイデンの声に、振り返りもしないウィリアムは「許可は得た」と一刀両断した。振り返った玉座では、エリヤが頭から滑り落ちそうな王冠を手で押さえている。視線はウィリアムの背に向けられ、逸らす気配はなかった。

 注意するだけ無駄だとショーンは無視を決め込み、エイデンも諦めたように首を横に振った。

「わ、私は……」

「言い訳は地獄でするがいい」

 ウィリアムの短剣が男の首にかかり、そのまま無造作に引く。だが浅く切られた傷から血が零れても、子爵は生きていた。ヒューと呼吸音が喉から直接漏れる。ごぼごぼと血が泡立つ喉を必死に押さえた。

「ウィル」

 そこでようやくエリヤが動いた。声が聞こえるなり、ウィリアムは振り返って膝をついた。返り血ひとつ浴びない男は、血塗れの短剣と右手を背に回して隠す。

「そろそろ姉上が到着される時間だ。お前も来い」

 血塗れで転がる子爵も、怯えて震える貴族達も無視した発言は、ある意味大物だった。目の前の惨状を気にしない少年に、ウィリアムは少し考え込む。

「どうした?」

「いえ、残りの粛清をどうしようかと」

「ショーンに任せればいい」

「嫌です」

 笑顔で即答。執政の思わぬ本音に、エリヤは大きな溜め息を吐いた。ずるりと落ちそうな王冠を外して手に持ち、まだ膝をついたウィリアムを手招きする。

「ならば預けておけ。俺は姉上を待たせる気はない」

「……そうだな」

 まだフランクな口調が直らないウィリアムは、背後の騎士に渡されたハンカチで丁寧に血を拭って短剣を収めた。目配せされたショーンがひらひらと手を振り、エイデンは苦笑して頷く。彼らの了承を見て取ると、「ご無礼を」とエリヤに近づいて抱き上げた。

 王冠を手の中で遊ぶ子供を連れた物騒な男が消え、エイデンは思わず愚痴をこぼす。

「まったく、血は落ちにくいのにね」

 謁見の間の敷物の心配をする辺り、彼もやはりウィリアムの友人だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

ヘタレな師団長様は麗しの花をひっそり愛でる

野犬 猫兄
BL
本編完結しました。 お読みくださりありがとうございます! 番外編は本編よりも文字数が多くなっていたため、取り下げ中です。 番外編へ戻すか別の話でたてるか検討中。こちらで、また改めてご連絡いたします。 第9回BL小説大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございました_(._.)_ 【本編】 ある男を麗しの花と呼び、ひっそりと想いを育てていた。ある時は愛しいあまり心の中で悶え、ある時は不甲斐なさに葛藤したり、愛しい男の姿を見ては明日も頑張ろうと思う、ヘタレ男の牛のような歩み寄りと天然を炸裂させる男に相手も満更でもない様子で進むほのぼの?コメディ話。 ヘタレ真面目タイプの師団長×ツンデレタイプの師団長 2022.10.28ご連絡:2022.10.30に番外編を修正するため下げさせていただきますm(_ _;)m 2022.10.30ご連絡:番外編を引き下げました。 【取り下げ中】 【番外編】は、視点が基本ルーゼウスになります。ジーク×ルーゼ ルーゼウス・バロル7歳。剣と魔法のある世界、アンシェント王国という小さな国に住んでいた。しかし、ある時召喚という形で、日本の大学生をしていた頃の記憶を思い出してしまう。精霊の愛し子というチートな恩恵も隠していたのに『精霊司令局』という機械音声や、残念なイケメンたちに囲まれながら、アンシェント王国や、隣国のゼネラ帝国も巻き込んで一大騒動に発展していくコメディ?なお話。 ※誤字脱字は気づいたらちょこちょこ修正してます。“(. .*)

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 随時更新です。

貴方の事を心から愛していました。ありがとう。

天海みつき
BL
 穏やかな晴天のある日の事。僕は最愛の番の後宮で、ぼんやりと紅茶を手に己の生きざまを振り返っていた。ゆったり流れるその時を楽しんだ僕は、そのままカップを傾け、紅茶を喉へと流し込んだ。  ――混じり込んだ××と共に。  オメガバースの世界観です。運命の番でありながら、仮想敵国の王子同士に生まれた二人が辿る数奇な運命。勢いで書いたら真っ暗に。ピリリと主張する苦さをアクセントにどうぞ。  追記。本編完結済み。後程「彼」視点を追加投稿する……かも?

【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】

彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。 「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

処理中です...