上 下
29 / 102
第4章 愚かな策に散る花を

4-10.昨夜のダンスがお気に入り

しおりを挟む
 どれだけ口説いても、甘い睦言やプレゼントを積んでも袖にする。それがドロシアの照れ隠しだと知っているエイデンは気にしないが、他の親族からは別の女を選ぶよう進言もあった。すべて撥ね退け、ひたすら彼女だけを追う男は、優雅に膝を折る。

「お待たせいたしました」

「ご苦労、エイデン」

 労う国王に促されて立ち上がる彼は、水色の瞳を和らげた。

「無事でよかった」

「そう簡単には死ねないね」

 気安い友人であるウィリアムと言葉をかわす。視線が合わないと唇を尖らせる子供を抱き上げ、ウィリアムはその黒髪に接吻けた。

「相変わらず、溺愛だね」

 呆れ顔のエイデンが金髪をかき上げる。しっかり鎧を着込んでいるため、汗をかいた髪が額や首筋に張り付いていた。

「当然だろ。オレはエリヤのために生きてるんだから」

 言外に「お前も同じだろう」と滲ませれば、エイデンは肩を竦めてみせた。

「こうして願いを聞いても、どれだけ甘く囁いても、まったく振り返ってくれないけど」

 それでも愛しているのだと、エイデンは笑う。その強さこそ、ドロシアが彼を嫌えない理由だった。

『紫の瞳は、神か悪魔に魅入られた証拠』――この国だけでなく、周囲のすべての国が同じ言い伝えを持っている。誰が作った話で、誰が広めたのか。わからないながら、内容だけが伝わってきた。

 今、この国に紫色に近い瞳を持つ人間は3人いる。

 国王エリヤの姉であるリリーアリスは淡い紫、色の濃い菫色をもつ『魔女』ドロシア。そして青紫の入り混じった瞳の『死神』ウィリアムだった。

 魔女として迫害されたドロシアは、簡単に人を信用しない。教会に捨てられたウィリアムも似たようなものだった。そんな彼らは悪魔に魅入られた存在として、二つ名がある。

 逆に瞳の色が薄く王族だったことが幸いしたリリーアリスは、聖女として教会に保護されてきた。リリーアリスはもちろん、エイデンもウィリアムも、ドロシアを受け入れた数少ない人間だ。それゆえに悪態をついたとしても、彼女は決して牙を剥かない。

「いつか振り向かせるよ」

 振り向いて欲しいと願いを口にするのではなく、振り向かせると決意表明するエイデンに、エリヤがくすくす笑う。

 夕日が沈んだ砦の中は、まだ血生臭さが抜けない。四方を囲う砦は外部に対しての防御力が高い代わりに、中の通気は悪かった。中に入り込まれると敵を排除するのに苦労する一面もある。今回はそれらが悪い方向へ出たが、アスターリア伯爵は砦をこのまま使うつもりらしい。

「一緒に食事をどうだ?」

 ウィリアムの誘いに、エイデンはちらりと背後を確認する。部下達がくつろいでいる姿を見て、頷いた。馬を繋ぎ、彼らのテントや食事の準備を見届ければ、夜は時間が空くだろう。

「そうだね、彼らに警備の手配をしてから行くよ」

「待っている」

 まだ抱きついたままのエリヤが締めくくり、ウィリアムは夜空に視線を向けた。大きな月が青白い光を放っている。大きすぎる月は不吉の象徴らしいが、戦場で月光の明るさに助けられてきたウィリアムにとって、月は勝利の象徴だった。

「今夜はゆっくり眠れるといいな」

 顔を見合わせ「それでも昨夜のダンスは楽しかった」と告げる子供の唇を掠め取った執政の三つ編みを掴み、エリヤは嫣然と微笑んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

ヘタレな師団長様は麗しの花をひっそり愛でる

野犬 猫兄
BL
本編完結しました。 お読みくださりありがとうございます! 番外編は本編よりも文字数が多くなっていたため、取り下げ中です。 番外編へ戻すか別の話でたてるか検討中。こちらで、また改めてご連絡いたします。 第9回BL小説大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございました_(._.)_ 【本編】 ある男を麗しの花と呼び、ひっそりと想いを育てていた。ある時は愛しいあまり心の中で悶え、ある時は不甲斐なさに葛藤したり、愛しい男の姿を見ては明日も頑張ろうと思う、ヘタレ男の牛のような歩み寄りと天然を炸裂させる男に相手も満更でもない様子で進むほのぼの?コメディ話。 ヘタレ真面目タイプの師団長×ツンデレタイプの師団長 2022.10.28ご連絡:2022.10.30に番外編を修正するため下げさせていただきますm(_ _;)m 2022.10.30ご連絡:番外編を引き下げました。 【取り下げ中】 【番外編】は、視点が基本ルーゼウスになります。ジーク×ルーゼ ルーゼウス・バロル7歳。剣と魔法のある世界、アンシェント王国という小さな国に住んでいた。しかし、ある時召喚という形で、日本の大学生をしていた頃の記憶を思い出してしまう。精霊の愛し子というチートな恩恵も隠していたのに『精霊司令局』という機械音声や、残念なイケメンたちに囲まれながら、アンシェント王国や、隣国のゼネラ帝国も巻き込んで一大騒動に発展していくコメディ?なお話。 ※誤字脱字は気づいたらちょこちょこ修正してます。“(. .*)

【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】

彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。 「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」

王太子殿下は悪役令息のいいなり

白兪
BL
「王太子殿下は公爵令息に誑かされている」 そんな噂が立ち出したのはいつからだろう。 しかし、当の王太子は噂など気にせず公爵令息を溺愛していて…!? スパダリ王太子とまったり令息が周囲の勘違いを自然と解いていきながら、甘々な日々を送る話です。 ハッピーエンドが大好きな私が気ままに書きます。最後まで応援していただけると嬉しいです。 書き終わっているので完結保証です。

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

初恋の公爵様は僕を愛していない

上総啓
BL
伯爵令息であるセドリックはある日、帝国の英雄と呼ばれるヘルツ公爵が自身の初恋の相手であることに気が付いた。 しかし公爵は皇女との恋仲が噂されており、セドリックは初恋相手が発覚して早々失恋したと思い込んでしまう。 幼い頃に辺境の地で公爵と共に過ごした思い出を胸に、叶わぬ恋をひっそりと終わらせようとするが…そんなセドリックの元にヘルツ公爵から求婚状が届く。 もしや辺境でのことを覚えているのかと高揚するセドリックだったが、公爵は酷く冷たい態度でセドリックを覚えている様子は微塵も無い。 単なる政略結婚であることを自覚したセドリックは、恋心を伝えることなく封じることを決意した。 一方ヘルツ公爵は、初恋のセドリックをようやく手に入れたことに並々ならぬ喜びを抱いていて――? 愛の重い口下手攻め×病弱美人受け ※二人がただただすれ違っているだけの話 前中後編+攻め視点の四話完結です

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

処理中です...