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第4章 愚かな策に散る花を

4-3.淑女という言葉は似合わない

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 昨夜、国王エリヤが寝室と定めた部屋から、『痴女』呼ばわりして、子爵令嬢を放り出したのはウィリアムだった。

 国王は常に侍従を兼ねるウィリアムを隣に置く。それは寝室も例外ではなく、恋人だからこそ一緒に眠るのが当然だと考える。

 大国を治める王は一人で眠れない――国家機密並みの情報だ。

 湯浴み後のほんのり頬を染めた恋人に寝着を着せて抱きかかえ、湯冷めさせないよう毛布で包んだところにあの女は入ってきた。ノックすらなく、下着同然の姿で忍び込む。入り口を守る衛兵に見つからぬよう、バルコニーを歩いてきたのだろう。

 ベッドに王を置いたまま、ウィリアムは無言で剣を抜いた。城の中では帯剣すらしないが、親衛隊を鍛えた腕の持ち主は最愛の主に微笑を向け、振り返りざま侵入者の首に刃を突きつける。

 間抜けな悲鳴をあげた彼女を、護衛で連れてきた親衛隊に引き渡した。この館の衛兵に渡せば、きっと事件をなかったことにされてしまう。

 王の寝室に忍び込む――夜這いが目的か。幼い少年王相手ならば、その命を狙った可能性も否定できない。場合によっては、スガロシア子爵家による謀反むほんの疑いもあった。

 痴女と名指しされ真っ赤な顔で拘束される子爵令嬢が消えると、くすくす笑う少年王はその手を己の騎士へ伸ばす。しっかり抱き締め返す腕の中で昨夜はぐっすり眠った。





「あの女の詮議せんぎは手配した」

 国王暗殺未遂の容疑をかけたのは、執政たるウィリアムだった。己の権限を迅速に行使した青年は、腕の中に最愛の存在を抱いて笑う。どこか黒い笑みに、エリヤは肩をすくめた。

 愚かなことしたものだ……この男は俺が関われば、一切容赦も慈悲もない悪魔となるのに。

 あの女の将来は決まった。もう子爵令嬢の肩書きは名乗れず、犯罪者の烙印を押される。貴族の煌びやかな世界から弾かれ、親と家に見捨てられるだろう。

 最近多い――他家との婚姻のため養女とされた見目の整った娘――ならば、誰も助けの手は差し伸べない。だがウィリアムの追及はそこで止まらない。スガロシア子爵家も廃絶はいぜつを見る筈だった。

「一任する」

 幼い国王を抱きとめる執政のたくましい胸に背を預け、エリヤは同じように笑う。伸ばした手がウィリアムの三つ編みを掴んだ。

 人に刃を向けるならば、その刃が返される危険性は常に付き纏うのだ。理解しないならば、そんな愚かな存在に心砕く必要もない。

 子爵令嬢の愚かで浅はかなおこないが子爵の指示であったと考えるのは、当然だった。親の指示なくして、奴隷の養女が勝手に動く筈がない。つまり……子爵家の廃絶は決定事項なのだ。





「ああ……見えてきた」

 左手で手綱を操り、器用に右手でエリヤの髪を撫でていたウィリアムが声をかけた。黒馬リアンのたてがみを見ていたエリヤは、質素ながらも堅固な砦に似た城に頬を緩める。

 豪華で実用性がない城を好む貴族が多い中、アスターリア伯爵の実直さがよく現れていた。祖父王が取り立てた若い貴族で、まだ腐っていないのだろう。

 貴族であることを誇り、その責務をよく理解している。だから己の領地の民から無理な搾取をせず、領民のための施策も多く提案されてきた。いくつか彼の意見を取り入れ、この領地の灌漑設備や新たな作物の試験を許可した。

 城の左側に見える畑で揺れるソバの実は、国外から取り寄せたものだった。痩せた土地でも育つ実績を持ち込んでウィリアムに種の取り寄せを頼んだ伯爵の熱心さは、他の貴族に望むべくもない。
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