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第3章 白薔薇を赤く染めて

3-1.煌びやかな偽物たち

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 煌びやかな宮殿の大広間は、色とりどりに着飾った紳士淑女で溢れていた。

 貴族階級に生まれた者、優秀さを買われて成り上がった者、さまざまな立場の人間がひしめく。

 自分より序列が上の者を探しては取り入ろうとする。表面上は笑顔という仮面を貼り付け、裏で画策する醜い人間の集まりだった。


 しかし、舞踏会は毎月の恒例行事だ。

 代々受け継がれた慣習を、国王とはいえエリヤ1人の独断で中止することは難しかった。

 駆け引きと互いの立場の確認、下らないと嘲笑するのは簡単だ。だが貴族達にとっては、一大事なのだろう。

 それ故に、鬱陶しい挨拶を受けるだけの場でも顔を出すのだ。


「国王陛下、ご機嫌麗しゅう……」

「スタンリー伯爵」

 名を呼んで、長くなりそうな美辞麗句を遮る。

 どうせ挨拶程度の内容しかないのだ。無駄な時間を省く声は、退屈そうに響いた。

「隣のレディは?」

「私の姪で、サリューと申します」

 先月は金髪の娘を連れていた。なかなかに整った顔をしていたが、エリヤが興味を示さないので、別の娘を連れ出したのだろう。


 姪と言ったが、本当に血の繋がりがあるのか……怪しいものだ。

 何しろ、貴族社会では綺麗な娘を養女として育て、政略結婚に利用することが平然と罷り通っていた。

 どこの誰の子であろうと、たとえ奴隷階級の子でも、美しければ利用価値がある。

 養女という肩書きで、自分のレーベルを貼り付けて婚姻関係を結ぶ様は、醜く腐り切った貴族社会に相応しいのかも知れない。

 その為、貴族といっても奴隷の親を持つ者もいたくらいだ。

 栗毛の少女は赤く頬を染めて俯いている。その瞳は空色で、確かに美しい外見をしていた。


「レディ・サリュー。パーティーを楽しまれるといいでしょう」

 そんな社交辞令で踵を返す。

 背後に1歩下がって控える青年も一礼し、主に従った。

 彼が剣を腰のベルトに下げるのは、正装の時だけだ。

 騎士のような姿は、黒を基調に一部に銀糸の刺繍をあしらった豪華なものだった。

 背で揺れる長いブラウンの三つ編みは腰まで届く。青紫の珍しい色の瞳が細められ、整った顔に苦笑が浮かんだ。



「ウィル……疲れた」

 数段高い場所に設えられた玉座に落ち着き、ふぅと大きな息をついて肩を落とす。

 まだ15歳の国王の綺麗な顔が顰められた。

 白い肌を縁取る艶やかな黒髪、王冠の中央で輝くサファイヤより鮮やかな蒼瞳、女性より美しいかんばせは、周囲の感嘆の溜め息を呼んだ。

「陛下、本日はもう休まれますか?」

「ああ」

 その一言がすべてだった。

 国王たるエリヤの退席を、誰もが頭を垂れて見送る。ダンスの楽曲を奏でていた楽師達も、国歌を演奏して敬意を表した。



 廊下に出るなり、頭の上で重さだけを主張する王冠を外し、ぽんと背後へ投げ捨てる。

 慣れているウィリアムがあっさり受け止め、先を歩くエリヤに追いついた。

 本来なら国王たるエリヤに肩を並べて歩くなど、不敬罪に問われる愚挙だ。しかしエリヤは足を止めて両腕を彼へ伸ばした。

 抱き上げろと無言で願う幼い主を、ウィリアムの腕が抱き上げる。

 細い腰に左手を回し、右手でエリヤの膝裏を支えた。


 横抱きにしがみ付くエリヤの腕が、悪戯に三つ編みを掴んで弄り始める。

「陛下、髪は……遅かったですね」

 廊下に付き添う親衛隊がぎょっとした顔で、執政たるウィリアムを見送る。今の言葉遣いは国王に対するには、あまりにフランクだった。

 本来許される筈がなく、極刑に処せられるのは確実だ。

 だが、彼は気にした様子がなかった。そして声を掛けられた国王エリヤも同様だ。

「……もう解いてしまった」

 拗ねた口調で告げるから、苦笑したウィリアムが主の顔を見上げる。

「なら、手で掴んでいて下さい……」

「どうしてだ?」

 小首を傾げる仕草は幼くて、ひどく可愛らしい。

 年相応に育つ余裕があれば、本来エリヤは子供として親に甘えていられる筈だった。

「髪を解いた姿を見せるのは、エリヤだけだから」

 声を顰めて告げられ、少し赤い頬を隠すように抱きついたエリヤだが、ブラウンの髪束を掴んだ手は離さなかった。
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