10 / 102
第3章 白薔薇を赤く染めて
3-1.煌びやかな偽物たち
しおりを挟む
煌びやかな宮殿の大広間は、色とりどりに着飾った紳士淑女で溢れていた。
貴族階級に生まれた者、優秀さを買われて成り上がった者、さまざまな立場の人間がひしめく。
自分より序列が上の者を探しては取り入ろうとする。表面上は笑顔という仮面を貼り付け、裏で画策する醜い人間の集まりだった。
しかし、舞踏会は毎月の恒例行事だ。
代々受け継がれた慣習を、国王とはいえエリヤ1人の独断で中止することは難しかった。
駆け引きと互いの立場の確認、下らないと嘲笑するのは簡単だ。だが貴族達にとっては、一大事なのだろう。
それ故に、鬱陶しい挨拶を受けるだけの場でも顔を出すのだ。
「国王陛下、ご機嫌麗しゅう……」
「スタンリー伯爵」
名を呼んで、長くなりそうな美辞麗句を遮る。
どうせ挨拶程度の内容しかないのだ。無駄な時間を省く声は、退屈そうに響いた。
「隣のレディは?」
「私の姪で、サリューと申します」
先月は金髪の娘を連れていた。なかなかに整った顔をしていたが、エリヤが興味を示さないので、別の娘を連れ出したのだろう。
姪と言ったが、本当に血の繋がりがあるのか……怪しいものだ。
何しろ、貴族社会では綺麗な娘を養女として育て、政略結婚に利用することが平然と罷り通っていた。
どこの誰の子であろうと、たとえ奴隷階級の子でも、美しければ利用価値がある。
養女という肩書きで、自分のレーベルを貼り付けて婚姻関係を結ぶ様は、醜く腐り切った貴族社会に相応しいのかも知れない。
その為、貴族といっても奴隷の親を持つ者もいたくらいだ。
栗毛の少女は赤く頬を染めて俯いている。その瞳は空色で、確かに美しい外見をしていた。
「レディ・サリュー。パーティーを楽しまれるといいでしょう」
そんな社交辞令で踵を返す。
背後に1歩下がって控える青年も一礼し、主に従った。
彼が剣を腰のベルトに下げるのは、正装の時だけだ。
騎士のような姿は、黒を基調に一部に銀糸の刺繍をあしらった豪華なものだった。
背で揺れる長いブラウンの三つ編みは腰まで届く。青紫の珍しい色の瞳が細められ、整った顔に苦笑が浮かんだ。
「ウィル……疲れた」
数段高い場所に設えられた玉座に落ち着き、ふぅと大きな息をついて肩を落とす。
まだ15歳の国王の綺麗な顔が顰められた。
白い肌を縁取る艶やかな黒髪、王冠の中央で輝くサファイヤより鮮やかな蒼瞳、女性より美しい顔は、周囲の感嘆の溜め息を呼んだ。
「陛下、本日はもう休まれますか?」
「ああ」
その一言がすべてだった。
国王たるエリヤの退席を、誰もが頭を垂れて見送る。ダンスの楽曲を奏でていた楽師達も、国歌を演奏して敬意を表した。
廊下に出るなり、頭の上で重さだけを主張する王冠を外し、ぽんと背後へ投げ捨てる。
慣れているウィリアムがあっさり受け止め、先を歩くエリヤに追いついた。
本来なら国王たるエリヤに肩を並べて歩くなど、不敬罪に問われる愚挙だ。しかしエリヤは足を止めて両腕を彼へ伸ばした。
抱き上げろと無言で願う幼い主を、ウィリアムの腕が抱き上げる。
細い腰に左手を回し、右手でエリヤの膝裏を支えた。
横抱きにしがみ付くエリヤの腕が、悪戯に三つ編みを掴んで弄り始める。
「陛下、髪は……遅かったですね」
廊下に付き添う親衛隊がぎょっとした顔で、執政たるウィリアムを見送る。今の言葉遣いは国王に対するには、あまりにフランクだった。
本来許される筈がなく、極刑に処せられるのは確実だ。
だが、彼は気にした様子がなかった。そして声を掛けられた国王エリヤも同様だ。
「……もう解いてしまった」
拗ねた口調で告げるから、苦笑したウィリアムが主の顔を見上げる。
「なら、手で掴んでいて下さい……」
「どうしてだ?」
小首を傾げる仕草は幼くて、ひどく可愛らしい。
年相応に育つ余裕があれば、本来エリヤは子供として親に甘えていられる筈だった。
「髪を解いた姿を見せるのは、エリヤだけだから」
声を顰めて告げられ、少し赤い頬を隠すように抱きついたエリヤだが、ブラウンの髪束を掴んだ手は離さなかった。
貴族階級に生まれた者、優秀さを買われて成り上がった者、さまざまな立場の人間がひしめく。
自分より序列が上の者を探しては取り入ろうとする。表面上は笑顔という仮面を貼り付け、裏で画策する醜い人間の集まりだった。
しかし、舞踏会は毎月の恒例行事だ。
代々受け継がれた慣習を、国王とはいえエリヤ1人の独断で中止することは難しかった。
駆け引きと互いの立場の確認、下らないと嘲笑するのは簡単だ。だが貴族達にとっては、一大事なのだろう。
それ故に、鬱陶しい挨拶を受けるだけの場でも顔を出すのだ。
「国王陛下、ご機嫌麗しゅう……」
「スタンリー伯爵」
名を呼んで、長くなりそうな美辞麗句を遮る。
どうせ挨拶程度の内容しかないのだ。無駄な時間を省く声は、退屈そうに響いた。
「隣のレディは?」
「私の姪で、サリューと申します」
先月は金髪の娘を連れていた。なかなかに整った顔をしていたが、エリヤが興味を示さないので、別の娘を連れ出したのだろう。
姪と言ったが、本当に血の繋がりがあるのか……怪しいものだ。
何しろ、貴族社会では綺麗な娘を養女として育て、政略結婚に利用することが平然と罷り通っていた。
どこの誰の子であろうと、たとえ奴隷階級の子でも、美しければ利用価値がある。
養女という肩書きで、自分のレーベルを貼り付けて婚姻関係を結ぶ様は、醜く腐り切った貴族社会に相応しいのかも知れない。
その為、貴族といっても奴隷の親を持つ者もいたくらいだ。
栗毛の少女は赤く頬を染めて俯いている。その瞳は空色で、確かに美しい外見をしていた。
「レディ・サリュー。パーティーを楽しまれるといいでしょう」
そんな社交辞令で踵を返す。
背後に1歩下がって控える青年も一礼し、主に従った。
彼が剣を腰のベルトに下げるのは、正装の時だけだ。
騎士のような姿は、黒を基調に一部に銀糸の刺繍をあしらった豪華なものだった。
背で揺れる長いブラウンの三つ編みは腰まで届く。青紫の珍しい色の瞳が細められ、整った顔に苦笑が浮かんだ。
「ウィル……疲れた」
数段高い場所に設えられた玉座に落ち着き、ふぅと大きな息をついて肩を落とす。
まだ15歳の国王の綺麗な顔が顰められた。
白い肌を縁取る艶やかな黒髪、王冠の中央で輝くサファイヤより鮮やかな蒼瞳、女性より美しい顔は、周囲の感嘆の溜め息を呼んだ。
「陛下、本日はもう休まれますか?」
「ああ」
その一言がすべてだった。
国王たるエリヤの退席を、誰もが頭を垂れて見送る。ダンスの楽曲を奏でていた楽師達も、国歌を演奏して敬意を表した。
廊下に出るなり、頭の上で重さだけを主張する王冠を外し、ぽんと背後へ投げ捨てる。
慣れているウィリアムがあっさり受け止め、先を歩くエリヤに追いついた。
本来なら国王たるエリヤに肩を並べて歩くなど、不敬罪に問われる愚挙だ。しかしエリヤは足を止めて両腕を彼へ伸ばした。
抱き上げろと無言で願う幼い主を、ウィリアムの腕が抱き上げる。
細い腰に左手を回し、右手でエリヤの膝裏を支えた。
横抱きにしがみ付くエリヤの腕が、悪戯に三つ編みを掴んで弄り始める。
「陛下、髪は……遅かったですね」
廊下に付き添う親衛隊がぎょっとした顔で、執政たるウィリアムを見送る。今の言葉遣いは国王に対するには、あまりにフランクだった。
本来許される筈がなく、極刑に処せられるのは確実だ。
だが、彼は気にした様子がなかった。そして声を掛けられた国王エリヤも同様だ。
「……もう解いてしまった」
拗ねた口調で告げるから、苦笑したウィリアムが主の顔を見上げる。
「なら、手で掴んでいて下さい……」
「どうしてだ?」
小首を傾げる仕草は幼くて、ひどく可愛らしい。
年相応に育つ余裕があれば、本来エリヤは子供として親に甘えていられる筈だった。
「髪を解いた姿を見せるのは、エリヤだけだから」
声を顰めて告げられ、少し赤い頬を隠すように抱きついたエリヤだが、ブラウンの髪束を掴んだ手は離さなかった。
0
お気に入りに追加
130
あなたにおすすめの小説
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
ヘタレな師団長様は麗しの花をひっそり愛でる
野犬 猫兄
BL
本編完結しました。
お読みくださりありがとうございます!
番外編は本編よりも文字数が多くなっていたため、取り下げ中です。
番外編へ戻すか別の話でたてるか検討中。こちらで、また改めてご連絡いたします。
第9回BL小説大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございました_(._.)_
【本編】
ある男を麗しの花と呼び、ひっそりと想いを育てていた。ある時は愛しいあまり心の中で悶え、ある時は不甲斐なさに葛藤したり、愛しい男の姿を見ては明日も頑張ろうと思う、ヘタレ男の牛のような歩み寄りと天然を炸裂させる男に相手も満更でもない様子で進むほのぼの?コメディ話。
ヘタレ真面目タイプの師団長×ツンデレタイプの師団長
2022.10.28ご連絡:2022.10.30に番外編を修正するため下げさせていただきますm(_ _;)m
2022.10.30ご連絡:番外編を引き下げました。
【取り下げ中】
【番外編】は、視点が基本ルーゼウスになります。ジーク×ルーゼ
ルーゼウス・バロル7歳。剣と魔法のある世界、アンシェント王国という小さな国に住んでいた。しかし、ある時召喚という形で、日本の大学生をしていた頃の記憶を思い出してしまう。精霊の愛し子というチートな恩恵も隠していたのに『精霊司令局』という機械音声や、残念なイケメンたちに囲まれながら、アンシェント王国や、隣国のゼネラ帝国も巻き込んで一大騒動に発展していくコメディ?なお話。
※誤字脱字は気づいたらちょこちょこ修正してます。“(. .*)
【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】
彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。
「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」
王太子殿下は悪役令息のいいなり
白兪
BL
「王太子殿下は公爵令息に誑かされている」
そんな噂が立ち出したのはいつからだろう。
しかし、当の王太子は噂など気にせず公爵令息を溺愛していて…!?
スパダリ王太子とまったり令息が周囲の勘違いを自然と解いていきながら、甘々な日々を送る話です。
ハッピーエンドが大好きな私が気ままに書きます。最後まで応援していただけると嬉しいです。
書き終わっているので完結保証です。
田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?
下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。
そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。
アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。
公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。
アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。
一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。
これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。
小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。
僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる