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73.私は本当の幸せを掴みました(最終話)
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宝石より煌めく美しい感情と言葉で、私の過去の行いを褒めてくださる方々。旧王家の力を借りての行動でしたが、それでも喜んでいただけて良かった。どのように助けられたのか、どうやって危機を切り抜ける助けとしたのか。すべてを知る当事者からお話を聞けたことで、私の疑問はかなり解消されました。
余計なお世話なのでは、と悩みながら手を差し伸べたこと。迷って、公平性を欠くのを承知で順番を決めて動いたこと。すべてを肯定して感謝されると面はゆいですね。
嬉しくて微笑む私を、カスト様がそっと隠しました。腕で覆ってから私の顔を胸に押し付けるようにします。化粧がついてしまいます。そう思うのに、突き放す気になれませんでした。だって嬉しいんですもの。すっきりした香りを胸に吸い込んで、そのまま背中に手を回しました。
人目のない部屋の前だったからでしょうか。大胆な私の行動を咎める人はなく、カスト様の腕が私の背を引き寄せます。少し苦しいくらい。この方は私の夫になり、一生を共にしてくれる。それがとても幸せで、心の底から「婚約破棄されて良かった」と思いました。
あの時は義務を果たせず、期待を裏切る絶望で心が苦しかったのに。今のこの幸せの為なら、これで構わないと思えるのです。あの時の痛みがあったから、この幸せをより大きく感じたのでしょう。ゆるゆると腕の力が弱まり、生まれた隙間から顔を動かして見上げました。
美しいと表現するより、凛々しく逞しい印象を与えるカスト様――この方が私を好きになって選んでくれた奇跡、私がこの方を愛する心を自覚できたこと。何もかもが嬉しくて、言葉にしたいのに胸も喉も詰まっていっぱいで……唇を震わせるのが精いっぱいでした。
滲んだ涙を指先で拭い、カスト様は顔を寄せます。世間知らずの私でも知っています。こういう時は目を閉じるのですわね。睫毛を伏せた眦に、頬に、鼻先をかすめてから唇へ。キスは先ほど飲んだシャンパンの味がしました。
数ヵ月後。私は再び着飾って大広間におりました。周囲は夜会の日と同じ、国中の貴族が着飾って並びます。正面に立つ大司教様へ向かい、お父様に手を引かれて進みます。一歩、一歩、区切るように踏み出した足を揃えて。視線を少しだけ右へずらすと、一級礼装のカスト様が微笑んでおられました。
顔を覆うヴェールで隠れた私に、多くの視線が注がれます。左側でお母様はもう涙ぐんで、ダヴィードがハンカチを差し出していました。あの子もそんなことが出来るようになったのね。口元に笑みが浮かんで、私はまた一歩踏み出す。親族席に当たる左側は分家頭のアロルド伯父様、そこから各分家の当主夫妻が並びました。
貴族の方々は両側に整然と並び、笑顔で見守っています。私はなんて幸せなのかしら。あの夜、王太子殿下に婚約を破棄され、もうまともな結婚は出来ないと覚悟しました。あの絶望が、今は幸福となって返ってくる。高鳴る胸を深呼吸で抑え、カスト様の前で止まりました。
エスコートするお父様の頬が濡れているのを見て、私の頬にも涙が伝います。お父様が「幸せになるんだよ」と私の手をカスト様へ重ねました。緊張します。これから愛の言葉を口にして、添い遂げる覚悟を神様の前で示し、私はこの方の妻になるのですから。
何度も練習した誓いの言葉を繰り返し、カスト様の手が優しくヴェールに掛かります。両手で持ち上げる彼が柔らかく微笑んで、私の頬と唇に触れるだけのキスをくれました。王族の結婚に指輪の交換はありませんが、代わりに互いを縛る甘い戒めとして、鎖がついたアクセサリーを贈り合います。
私が用意したのは長い鎖の先に紫の宝石が輝く耳飾りです。穴をあけて取り付けるタイプなので、事前に穴を開けてくださるようお願いしました。震える手で耳飾りを通し、手を離します。金鎖が揺れる先で、私の瞳の色をした宝石が光りました。
見える場所に付けたいだなんて、独占欲が強い自分に驚きましたけど。選んでよかったです。にっこり笑った私の耳にも、小さな穴を開けていました。まだ少し痛む傷口に、カスト様の手が触れます。ゆっくりと金属が通る感触がして……銀色の鎖に黒い宝石が美しい耳飾りが首に触れました。
同じ耳飾りを選んだのは偶然ですが、想いが同じような気がして喜びが胸を満たします。二人で同時に人々を振り返り、微笑んで会釈しました。割れんばかりの拍手が鳴り響き、音楽が添えられます。カスト様を見上げてタイミングを合わせ、私はお父様と歩いた道を逆にたどり始めました。
――私は本当の幸せを掴みました。零れる微笑みを抑えることなく、今日から新しい人生を最愛の人と歩んでいきます。
THE END…….
※最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。外伝を明日UPします。希望があれば感想やコメントからお願いいたします。
余計なお世話なのでは、と悩みながら手を差し伸べたこと。迷って、公平性を欠くのを承知で順番を決めて動いたこと。すべてを肯定して感謝されると面はゆいですね。
嬉しくて微笑む私を、カスト様がそっと隠しました。腕で覆ってから私の顔を胸に押し付けるようにします。化粧がついてしまいます。そう思うのに、突き放す気になれませんでした。だって嬉しいんですもの。すっきりした香りを胸に吸い込んで、そのまま背中に手を回しました。
人目のない部屋の前だったからでしょうか。大胆な私の行動を咎める人はなく、カスト様の腕が私の背を引き寄せます。少し苦しいくらい。この方は私の夫になり、一生を共にしてくれる。それがとても幸せで、心の底から「婚約破棄されて良かった」と思いました。
あの時は義務を果たせず、期待を裏切る絶望で心が苦しかったのに。今のこの幸せの為なら、これで構わないと思えるのです。あの時の痛みがあったから、この幸せをより大きく感じたのでしょう。ゆるゆると腕の力が弱まり、生まれた隙間から顔を動かして見上げました。
美しいと表現するより、凛々しく逞しい印象を与えるカスト様――この方が私を好きになって選んでくれた奇跡、私がこの方を愛する心を自覚できたこと。何もかもが嬉しくて、言葉にしたいのに胸も喉も詰まっていっぱいで……唇を震わせるのが精いっぱいでした。
滲んだ涙を指先で拭い、カスト様は顔を寄せます。世間知らずの私でも知っています。こういう時は目を閉じるのですわね。睫毛を伏せた眦に、頬に、鼻先をかすめてから唇へ。キスは先ほど飲んだシャンパンの味がしました。
数ヵ月後。私は再び着飾って大広間におりました。周囲は夜会の日と同じ、国中の貴族が着飾って並びます。正面に立つ大司教様へ向かい、お父様に手を引かれて進みます。一歩、一歩、区切るように踏み出した足を揃えて。視線を少しだけ右へずらすと、一級礼装のカスト様が微笑んでおられました。
顔を覆うヴェールで隠れた私に、多くの視線が注がれます。左側でお母様はもう涙ぐんで、ダヴィードがハンカチを差し出していました。あの子もそんなことが出来るようになったのね。口元に笑みが浮かんで、私はまた一歩踏み出す。親族席に当たる左側は分家頭のアロルド伯父様、そこから各分家の当主夫妻が並びました。
貴族の方々は両側に整然と並び、笑顔で見守っています。私はなんて幸せなのかしら。あの夜、王太子殿下に婚約を破棄され、もうまともな結婚は出来ないと覚悟しました。あの絶望が、今は幸福となって返ってくる。高鳴る胸を深呼吸で抑え、カスト様の前で止まりました。
エスコートするお父様の頬が濡れているのを見て、私の頬にも涙が伝います。お父様が「幸せになるんだよ」と私の手をカスト様へ重ねました。緊張します。これから愛の言葉を口にして、添い遂げる覚悟を神様の前で示し、私はこの方の妻になるのですから。
何度も練習した誓いの言葉を繰り返し、カスト様の手が優しくヴェールに掛かります。両手で持ち上げる彼が柔らかく微笑んで、私の頬と唇に触れるだけのキスをくれました。王族の結婚に指輪の交換はありませんが、代わりに互いを縛る甘い戒めとして、鎖がついたアクセサリーを贈り合います。
私が用意したのは長い鎖の先に紫の宝石が輝く耳飾りです。穴をあけて取り付けるタイプなので、事前に穴を開けてくださるようお願いしました。震える手で耳飾りを通し、手を離します。金鎖が揺れる先で、私の瞳の色をした宝石が光りました。
見える場所に付けたいだなんて、独占欲が強い自分に驚きましたけど。選んでよかったです。にっこり笑った私の耳にも、小さな穴を開けていました。まだ少し痛む傷口に、カスト様の手が触れます。ゆっくりと金属が通る感触がして……銀色の鎖に黒い宝石が美しい耳飾りが首に触れました。
同じ耳飾りを選んだのは偶然ですが、想いが同じような気がして喜びが胸を満たします。二人で同時に人々を振り返り、微笑んで会釈しました。割れんばかりの拍手が鳴り響き、音楽が添えられます。カスト様を見上げてタイミングを合わせ、私はお父様と歩いた道を逆にたどり始めました。
――私は本当の幸せを掴みました。零れる微笑みを抑えることなく、今日から新しい人生を最愛の人と歩んでいきます。
THE END…….
※最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。外伝を明日UPします。希望があれば感想やコメントからお願いいたします。
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