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70.貴族に何か言われたら

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 執事ランベルトの報告では、お母様の支度にもう少しお時間が必要みたい。お父様は万全の状態でお待ちだそうです。お母様の象徴である青色を身に付けておられるでしょうか。

「ダヴィード王太子殿下、ご入場です」

 まだ婚約者がいないので、弟は一人で入場しました。ここは愛らしいご令嬢が一緒なら良かったのですが……婚約者が決まる前に噂になるのも困りますね。仕方ありません。

 颯爽と入ってきたダヴィードは、見違えるようでした。男の子は数日見ないと別人のように立派になると聞きましたが、わずか数十分でも成長するのですね。

 大人っぽく髪を上に上げて押さえ、短い前髪が額に落ちています。金の房飾りが付いた礼服は、背に黒っぽいマントが翻っていました。紺ではないですね、濃緑でしょうか。礼服に緑の飾りが見えるので、間違い無いでしょう。夜会の会場の明かりが暗いので、黒に近い色に見えました。

 足音を響かせて歩く弟は、私達の席の前で止まります。カスト様の手を借りて立ち上がり、私は王子妃教育で身に付けたカーテシーを披露しました。弟でも王太子である以上、ダヴィードの方が地位は上です。もう私がカーテシーを披露する相手は、家族か他国の王族しかいません。

「姉上、カスト殿。お幸せに」

 小さな声でそう呟き、にっこりと笑ったダヴィードは用意された自分の席に着いた。見送った私は微笑んで椅子に座り直し、カスト様は無表情を貼り付けておられます。何か気になりましたか?

「遠回しに牽制された気がする」

「気のせいですわ」

 ここは否定するのが私の役目ですね。確かに王太子として振る舞うように見せて、嫉妬を全面に出した弟でしかありませんでした。カスト様は見せつけるように私の手を下から支え、膝を突いて口付けます。腰掛けたままだったので、立つべきか迷いました。

 すっと姿勢を正し、カスト様も用意された椅子に腰掛けました。中央の国王夫妻に近い席が私なのは、王族が私だからでしょう。未来の公爵も私に決まったと伺いました。

 柔らかな音楽が流れる会場は、あちらこちらに人の塊が出来ていました。あれが派閥でしょうか。以前に習った宮廷の人間関係は忘れ、新しく覚えるべきですね。

 こちらをチラチラと窺うご夫人方、ダヴィードに熱い視線を送るのはご令嬢が多く、殿方は雑談をしたりカスト様に意味深な視線を向けていました。

「カスト様、もし貴族に何か言われたら、私が……」

 王族の私が対応しますわ。そう続ける前に、ラッパの音が響きました。これは国王陛下の入場を知らせる音楽です。ふわりと立ち上がった私の手を、カスト様が優しく支えました。

 お父様とお母様が入って来られるのは、私やダヴィードが使った左側の扉です。王族のひな壇と繋がる扉が大きく開け放たれ、ランベルトや侍女が恭しく頭を垂れました。

 顔を上げて待つ私の前をお父様とお母様が通り、そのお姿に目を見開きました。危うく声が漏れるところでしたわ。

 同色の絹で仕上げたお揃いの礼服とドレス……目が覚めるようなマリンブルーです。お母様の白い肌に映えますし、お父様の顔立ちをきりりと引き立てる色ですね。これはお母様のセレクトでしょうか。

 微笑むお二人に一礼し、私達は貴族の挨拶を受けるために広間に向き直りました。これから国王になったお父様と、王妃として国を支えるお母様のお言葉があります。緊張した私に気付いたカスト様の手が、柔らかく私の手を握り直してくださいました。これで顔を上げて、王女の務めが果たせそうです。
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