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56.先代よりよほど国王らしい

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 シモーニ公爵家から届いた書類を確かめる。妹リーディアと甥パトリツィオの助命は認められた。安心できるよう一番上に置かれた誓約書には、二度とジェラルディーナ姫に近づかないことが条件になっている。当然だろう。

 一安心して捲った先に、シモーニ公爵家を王家とする案に対して疑問や問題点が提起された。これらはアナスタージ侯爵家が主体となって、懸案事項を潰せという指示だ。アロルド殿の手筆か。見覚えのある筆跡に納得した。

 おそらく、シモーニ公爵自身は王家の座を継ぐ意思はない。周囲を固めて、逃げ場を奪った上で主君に華を持たせようと考えるのは、周囲の策略家だった。光と闇、見事な兄弟の連携に頬が緩む。

「これは……なんとも」

 案を練りながら捲った先の文章に、唸った。この順番で並べたのはアロルド殿か、当主のリベルト様か。

 元国王アルバーノの処遇を一任する旨の書類だった。家族の罪を許して安堵させ、面倒な謀略を命じ、最後に褒美を寄越す。これは先の国王より、よほど国主らしいやり方だった。

 国王は清廉潔白の仮面を被り、謀略や策略の海を泳ぎ切る。その際に己に泥をつけず、白い手を装うことが必須条件だった。臣下を利用し、他国との外交をこなし、国内の騒動を鎮める。信賞必罰も手段のひとつだった。

 忠誠を示させ、それを試し、うまくいけば褒美をやると餌をぶら下げる。今回の采配の見事さに、脱帽するしかない。主君に恵まれなかったと嘆いたが、まだ巻き返す人生は残っていたらしい。

 国王アルバーノの身柄は、すでに確保していた。塔に監禁したあの愚か者を料理する許可を待っていただけ。

「パトリツィオを呼んでくれ」

 彼には、己の父がどのような運命を辿るのか。知らせてもいいだろう。母であるリーディアが狂っても、大切に守り抜いた親孝行な息子なのだから。

「伯父上、お呼びですか」

「この書類に目を通してくれ」

 さっと目を通した後、パトリツィオは整った顔に笑みを浮かべた。そこに苦い感情は窺えない。

「出来るだけ長く……殺せと言ううちは生かし、死にたくないと嘆いたら首を絞める。そんな罰を希望します」

「わかった。リーディアの様子はどうだ?」

 思った通り、厳罰を望んだ。分家としてこの領地で暮らし、二度と王宮に足を踏み入れない。それが甥パトリツィオの選択だ。正妃の産んだ唯一の王子から王太子、最後に今の立場に落ちるまで。彼の苦しみをすべて、あの愚者に叩きつけてやろう。

「母上でしたら、今はナタリアと刺繍を楽しんでいます」

 義理の娘として嫁いでくれた、ルーチア伯爵令嬢ナタリア。彼女は穏やかな性格で、妹に似た色合いの髪の持ち主だった。仲良く過ごせていると聞き、安堵の息をつく。お茶の誘いでもしようか。パトリツィオと頷き合い、共に歩き出した。

 ――数年後、元国王アルバーノの死がそっと発表される。遺体はなく葬式もない。社交界の話題になることもなかった。
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