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40.なんて、はしたないのかしら

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 恋愛小説に書いてあった文章を思い出しました。恋が破れると失恋で、それは死にたくなるほど苦しく辛いものだと。

 食事をする気になれず、夕食を断りました。顔も腫れているし、人前に出られる状態ではありません。まだ涙も止まらなくて、このまま身体中の水分が流れ出てしまうのではないかと、怖くなるほど泣いた。

「ルーナ、入るわよ」

 この声はお母様? 侍女の用意したタオルで顔を冷やしつつ、隙間から窺いました。晩餐用のロングドレスのお母様は、さらりと肩を滑る横髪を押さえて近づきます。それから冷えた指先で私の額に触れました。

「熱ではないのね。何があったの? 話してごらんなさい。吐き出せば楽になるわ」

 心配をかけたことを謝り、顔を拭いて身を起こしました。腫れた目元をお母様の冷たい指がなぞると、また涙が溢れます。止まれと願っても流れる感情は、ひりひりした眦を伝って手の上に落ちました。

「誰かに傷つけられたの?」

 首を横に振りました。執事のランベルトも手配された侍女も、私にとても良くしてくれます。誰も悪くありません。

「なら……誰かを好きになってしまった?」

 驚いてお母様の顔を見つめる私の頬を、優しく指先がなぞりました。冷たい指が頬を包むと、とても心地よくて……ほっと肩の力が抜けました。猫のように頬擦りしてしまいます。まるで魔法のよう。お母様はどうしてそう思われたのかしら。

「ふふっ、顔に書いてあるわ。今日出会った人だと、アロルド義兄様、ランベルト……は違うわね」

 普段から接してる人だもの。見透かしたようにお母様が距離を詰めてきます。緊張にごくりと喉が鳴りました。

「弟のダヴィードのはずもないから、ロレンツィ侯爵子息……あら」

 また涙が溢れます。どうしたのでしょう、私は壊れてしまったの? 声もなく涙が濡らす頬を両手で包み、お母様は私を抱き寄せました。柔らかな胸元を涙で濡らす私の背を、とんとんと優しく叩きます。徐々に落ち着いてきて、涙が止まりました。

 不思議。お母様と触れ合った記憶は遠いのに、こうして抱き締められた感触は覚えています。

「泣いているのなら、振られてしまったの?」

「わかり……ません」

 掠れた声で返し、お母様に促されるままに話しました。優しく大切に触れる騎士様に心が揺れたこと。彼の作ったケーキに感動し、エスコートが嬉しかったこと。朝から私に時間を割いた彼の行動も……何もかも特別に思えたのです。

「カスト様はお仕事でなさったこと、私が勝手に舞い上がったのです」

 弟ダヴィードの心を掴んで、見事な剣術を披露なさった。

「私を見て微笑まれ……その時、私は恋に落ちたのでしょう。私は、なんてのかしら」

 何度も聞いた単語が自然と口からこぼれた瞬間、穏やかな顔で相槌を打っていたお母様が固まりました。

 ああ、はしたない娘で申し訳ないわ。
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