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19.屋敷が要塞のようでした

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 なんとも疲れた。リベルトは溜め息を吐いて、愛娘の手を握り直す。王族の前を退室する際はエスコートしたが、こうして手を握るのはどのくらい振りか。懐かしさに目を細めた。

 幼い頃は「おとうちゃま」と舌足らずに呼びながら、後ろをついて回ったものだ。可愛くて、つい隠れたりしたな。姿が見えなくなって泣きながら探すのが愛おしくて、数回やらかしたら執事ランベルトに殴られた。あの後マルティーナにも叱られたんだっけ。思い出し笑いをした父に、娘は首をかしげる。

「どうなさいましたの?」

「いや、こうして手を繋ぐのは久しぶりだと思ってな。懐かしさに顔が緩んでしまった」

「ふふっ、そうですわね。昔はよく追いかけました」

 思い出話をしながら王宮を出て、馬車に乗る。合図を出すと走り出す。揺れる馬車の中で、首を絞めつけるジャボを緩める。ひらひらした胸飾りは正装や公式の場では必須だった。首とジャボの間に指を入れて、無理やり引っ張った。少し楽になる。精神的に消耗したため、疲れが重く感じられた。

「お父様、苦しいのでしたら外されてはいかがでしょう」

「そうだな。もう屋敷に戻るだけだから良いか」

 ジェラルディーナの提案に乗って、窮屈な飾りを取り払った。袖のレース飾りと対になったジャボを、胸元のポケットに押し込む。口元を押さえて上品に笑う娘の姿に、自然と表情のこわばりも解けた。

「王都の屋敷から持ち出す物があれば、ランベルトに指示すればいい。メーダ伯爵、いや兄上が心配していたぞ。一緒に本家に顔を出すそうだ。父上や母上が喜ぶだろう」

「あの伯父様が送ってくださるのですか?」

「ああ、そうか。そう考えると豪華な護衛だ」

「ええ。将軍職を蹴った方の護衛ですもの」

 メーダ伯爵アロルドは、剣術はもちろん槍術や軍師としての能力も優れた武人だ。跡取りを弟リベルトに譲ると決めた時から、己の得意な分野を磨いた。その能力で将軍職を打診されながら、あっさりと断った。その理由が「シモーニ本家を守るための武力である」という不器用なものだ。

 王家もシモーニ公爵家も一緒に守ればいいと言われても、彼は首を縦に振らなかった。守るものが複数あれば迷うので、優先順位をつけなくてはならないから、と。その実直さはもちろん頑固なところも、昔から変わらない。

「我が国最高の武人による旅なら、何も心配いらない。昼寝して過ごせそうだ」

「お父様ったら、伯父様に叱られますわ」

 ジェラルディーナは生まれると同時に、王家の花嫁に望まれた。だから一緒にいられた時期は短く、こうして雑談をするのも久しぶりだ。領地経営を兄に任せることが出来たら、王都の屋敷に住む選択もあっただろう。

「ティナも、ダヴィードも待っている。ようやく帰れるのだな、ルーナ」

 父の思わぬ言葉に動きを止めた後、ジェラルディーナは口角を上げて微笑みを浮かべて頷く。

「はい。楽しみです」

 王妃殿下の出方は気になる。あの異常な執着も恐ろしいし、何か起きそうな嫌な予感はあった。それでも愛娘を守るためなら、この身を盾にして剣を取って戦おう。愛しい娘はあと数年で嫁ぐ。嫁ぎ先に変更があったとしても、残された時間は僅かだ。出来るだけ長く共に過ごしたかった。

 婚約をなんとしても断るべきだったな。ジェラルディーナの成長期を半分ほど見逃してしまった。後悔してももう取り戻せない。

「あら、随分と物々しいこと」

 屋敷が近づいて驚いた様子のジェラルディーナに、リベルトも外を覗く。屋敷の周囲はどこの要塞かと思うほど、兵士がびっしりと警護していた。

「兄上の仕業だな」

「伯父様ですわね」

 二人で同時に犯人を言い当て、声を立てて笑った。慌ててはしたないと声を押さえようとした娘へ父は首を横に振る。

「今は王宮ではない。自由に振舞え」

 力いっぱい締め付けたコルセットが解けるように、王子妃教育により固まったジェラルディーナの気持ちは緩んでいく。それと同時に微笑みも柔らかくなっていった。
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