上 下
10 / 79

10.いきなりの謝罪に困惑しました

しおりを挟む
 身を起こせるようになった私は、思わぬ状況に目を瞬いた。まだベッドから降りられない私の前に、国王陛下がおられます。床に下りて礼を取ろうとしたのに、王妃様に止められてしまった。だから私の視線より低い位置に国王陛下がいる……こんなことってあるのかしら。

 柔らかな絨毯が敷かれた客間の床に、国王陛下が座っていた。私はベッドで出来るだけ身を伏せようとするのに、王妃様が「体に悪いわ」とクッションで姿勢を直してくれます。王妃様の夫であり、この国の頂点に立つ方が静かに頭を下げた。くらりと眩暈がする。

「だから言ったでしょう? まだ体調が落ち着いていないのよ」

 熱があるのに遊びたいとベッドを抜け出す子を叱るように、柔らかいがしっかり釘を刺す王妃様に首を横に振りました。違うのです、これは国王陛下が私などに頭を下げたから。だから混乱しているのです。そう告げようとする喉は強張って、声が出なかった。どうしましょう。

「まことに申し訳なかった。我が息子ヴァレンテの不貞も、その後の婚約破棄に繋がる振る舞いも、すべてこの私の責任だ。ヴァレンテは王位継承権だけでなく、王族の地位も剥奪して放逐した。許してくれ」

 全面降伏に似た謝罪に、私は困惑していた。熱を出している間に何があったのか、まったく分からない。国王陛下が公爵令嬢に頭を下げる事態など、通常はないのだから。きっと大変なことが……まさか、お父様やお母様が?

 振り返った先で、王妃様は穏やかな笑み浮かべていた。

「何か、起こったのですか?」

「大したことではないの。今回の騒動の罰としてヴァレンテが平民になり、モドローネ男爵家が没落しただけよ。判断が遅かった夫の謝罪を、受け入れてくれると嬉しいわ」

「は、はい。私は構いません」

 婚約破棄はショックだったし、心が痛んだ。これから寄り添って夫として支える人だと思っていたから、裏切られたと感じたのは事実だ。今までの努力が無になり、王妃様や両親を悲しませると思ったら、辛くなった。でもそれだけなのだ。

 倒れたけれど、私は疲れていただけかも知れない。それなのに、国王陛下が謝罪する事態に発展したことに、逆に申し訳なさが募った。

「もうすぐ城にシモーニ公爵もおいでになるわ。久しぶりですもの、親子水入らずでゆっくり過ごせるように手配しましょうね」

 何でしょうか。不思議な感じです。王妃様の笑顔に何か隠されている気がして、じっと見つめてしまいました。不躾なことは承知しておりますが、知りたいのです。

「……誤魔化そうなんて狡いわよね。分かってるわ。こんな馬鹿な王でも、私の夫なの。命は助けてあげて欲しいわ」

「もしかして、伯父様が?」

 脳裏に浮かんだのは、分家を束ねる伯父の顔でした。あの方は武術に長けておられるから、すぐに戦いで解決しようとなさる。とてもいい方なのに、そのせいで誤解されることも多くて。また王宮内で剣を抜いたのでしょうか。

 過去のあれこれを思い出しながら、私は出来るだけ優しく聞こえるよう言葉を選びました。

「国王陛下、私はあなた様を許しております。ですから立ち上がってお顔を見せてくださいませ」
しおりを挟む
感想 264

あなたにおすすめの小説

なんでも思い通りにしないと気が済まない妹から逃げ出したい

木崎優
恋愛
「君には大変申し訳なく思っている」 私の婚約者はそう言って、心苦しそうに顔を歪めた。「私が悪いの」と言いながら瞳を潤ませている、私の妹アニエスの肩を抱きながら。 アニエスはいつだって私の前に立ちはだかった。 これまで何ひとつとして、私の思い通りになったことはない。すべてアニエスが決めて、両親はアニエスが言うことならと頷いた。 だからきっと、この婚約者の入れ替えも両親は快諾するのだろう。アニエスが決めたのなら間違いないからと。 もういい加減、妹から離れたい。 そう思った私は、魔術師の弟子ノエルに結婚を前提としたお付き合いを申し込んだ。互いに利のある契約として。 だけど弟子だと思ってたその人は実は魔術師で、しかも私を好きだったらしい。

お姉さまに婚約者を奪われたけど、私は辺境伯と結ばれた~無知なお姉さまは辺境伯の地位の高さを知らない~

マルローネ
恋愛
サイドル王国の子爵家の次女であるテレーズは、長女のマリアに婚約者のラゴウ伯爵を奪われた。 その後、テレーズは辺境伯カインとの婚約が成立するが、マリアやラゴウは所詮は地方領主だとしてバカにし続ける。 しかし、無知な彼らは知らなかったのだ。西の国境線を領地としている辺境伯カインの地位の高さを……。 貴族としての基本的な知識が不足している二人にテレーズは失笑するのだった。 そしてその無知さは取り返しのつかない事態を招くことになる──。

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

【完結】婚約破棄はしたいけれど傍にいてほしいなんて言われましても、私は貴方の母親ではありません

すだもみぢ
恋愛
「彼女は私のことを好きなんだって。だから君とは婚約解消しようと思う」 他の女性に言い寄られて舞い上がり、10年続いた婚約を一方的に解消してきた王太子。 今まで婚約者だと思うからこそ、彼のフォローもアドバイスもしていたけれど、まだそれを当たり前のように求めてくる彼に驚けば。 「君とは結婚しないけれど、ずっと私の側にいて助けてくれるんだろう?」 貴方は私を母親だとでも思っているのでしょうか。正直気持ち悪いんですけれど。 王妃様も「あの子のためを思って我慢して」としか言わないし。 あんな男となんてもう結婚したくないから我慢するのも嫌だし、非難されるのもイヤ。なんとかうまいこと立ち回って幸せになるんだから!

──いいえ。わたしがあなたとの婚約を破棄したいのは、あなたに愛する人がいるからではありません。

ふまさ
恋愛
 伯爵令息のパットは、婚約者であるオーレリアからの突然の別れ話に、困惑していた。 「確かにぼくには、きみの他に愛する人がいる。でもその人は平民で、ぼくはその人と結婚はできない。だから、きみと──こんな言い方は卑怯かもしれないが、きみの家にお金を援助することと引き換えに、きみはそれを受け入れたうえで、ぼくと婚約してくれたんじゃなかったのか?!」  正面に座るオーレリアは、膝のうえに置いたこぶしを強く握った。 「……あなたの言う通りです。元より貴族の結婚など、政略的なものの方が多い。そんな中、没落寸前の我がヴェッター伯爵家に援助してくれたうえ、あなたのような優しいお方が我が家に婿養子としてきてくれるなど、まるで夢のようなお話でした」 「──なら、どうして? ぼくがきみを一番に愛せないから? けれどきみは、それでもいいと言ってくれたよね?」  オーレリアは答えないどころか、顔すらあげてくれない。  けれどその場にいる、両家の親たちは、その理由を理解していた。  ──そう。  何もわかっていないのは、パットだけだった。

妹が嫌がっているからと婚約破棄したではありませんか。それで路頭に迷ったと言われても困ります。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるラナーシャは、妹同伴で挨拶をしに来た婚約者に驚くことになった。 事前に知らされていなかったことであるため、面食らうことになったのである。 しかもその妹は、態度が悪かった。明らかにラナーシャに対して、敵意を抱いていたのだ。 だがそれでも、ラナーシャは彼女を受け入れた。父親がもたらしてくれた婚約を破談してはならないと、彼女は思っていたのだ。 しかしそんな彼女の思いは二人に裏切られることになる。婚約者は、妹が嫌がっているからという理由で、婚約破棄を言い渡してきたのだ。 呆気に取られていたラナーシャだったが、二人の意思は固かった。 婚約は敢え無く破談となってしまったのだ。 その事実に、ラナーシャの両親は憤っていた。 故に相手の伯爵家に抗議した所、既に処分がなされているという返答が返ってきた。 ラナーシャの元婚約者と妹は、伯爵家を追い出されていたのである。 程なくして、ラナーシャの元に件の二人がやって来た。 典型的な貴族であった二人は、家を追い出されてどうしていいかわからず、あろうことかラナーシャのことを頼ってきたのだ。 ラナーシャにそんな二人を助ける義理はなかった。 彼女は二人を追い返して、事なきを得たのだった。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

処理中です...