上 下
3 / 79

03.親として最後の温情だ

しおりを挟む
 愚かな息子だ――玉座の上で、国王アルバーノはそう嘆いた。

 第一王子という地位の意味を知らず、王族の責務も理解しなかった。四代前の王がかつて、この国を大混乱に陥れた。その原因は、寵妃の子を無理やり王座に就けようとした事件だ。強行する国王や我が侭で愚かな第三王子に貴族は反発し、各地はどの王子を担ぐか揉めた。ついには王家の排除が叫ばれるほどに。

 王家転覆の危機に立ち上がったのが、王妃の実家であるアナスタージ侯爵家だった。当時も正妃を輩出した家柄で、女系で血筋を繋ぐ有能な一族だ。四代前の国王を諫め、退位を促した彼女は己が産んだ第二王子ではなく、側妃が産んだ第一王子を次期国王として推挙した。

 あの時代、優秀な王妃が定めたのが「まず第一王子が立太子し、無能であれば生まれ順に繰り越すべし」というルールだった。明文化されていないが、暗黙のルールとして機能している。だから側妃の息子である第一王子が立太子するための手筈を整えた。

 ジェラルディーナ・シモーニ。この国の貴族の中で最も地位が高く、先代王弟殿下の孫娘だ。生まれ落ち、性別が判明した瞬間に「王太子の妻」と位置付けられた。彼女の交代はありえない。その説明を側妃にも、第一王子にも繰り返し言い聞かせてきた。

 今回の騒動により、第一王子ヴァレンテは王太子の地位を剥奪される。どんなに国王アルバーノが庇おうと、貴族は誰も味方しないであろう。愚かにも人前で、を侮辱した。王太子のすげ替えは可能だが、彼女の代わりは誰もいない。

 王妃となるジェラルディーナ嬢を娶った王子が、次の国王なのだ。ヴァレンテは己の娶る女が王妃になると勘違いした。それを揶揄る王妃の言葉が胸に刺さっている。

 ――まあまあ、何とも恐ろしいことをするものよ。殿下ともあろう方が、人前で婚約者を辱めるなど! 呆れてしまいますわ。

 この国で宰相を務めるアナスタージ侯爵の妹にして、我が妻である王妃がそう言い切った。公式の場での発言を、貴族が聞き逃すはずはない。「王太子」ではなく「第一王子」と表現した意味は大きかった。

 この国で一番最初に生まれたの王子。ヴァレンテの価値は、頂点から転落した。同時に、王妃の産んだ第二王子パトリツィオが急浮上する。まるで誰かが描いた予定をなぞるように。いや、そんなはずはない。アルバーノは首を横に振った。

 ヴァレンテが愚か者だっただけで、ここに画策などなかったのだ。謀略も策略もない。己に言い聞かせ、元王太子である長男へ向けて処分を言い渡した。

「ヴァレンテ・デ・ブリアーニの王位継承権を剥奪する。王族として幽閉されるか、平民となって王宮を去りモドローネ男爵令嬢と結婚するか。そなたの判断に委ねよう。これが親として最後の温情だ」

 ざわめく貴族達の冷たい眼差しに、ヴァレンテは顔色を失っていく。今頃気づいても、後悔しても遅いのだ。それゆえの王子教育であり、王族としての優雅な生活であった。民のため国のために己を犠牲に出来る者のみ、国王の座を与えられる。すでに失格を己で宣言したヴァレンテに逃げ道はなかった。

「どうしてなの?! 私を王妃にしてくれるって言ったじゃない!」

 叫ぶモドローネ男爵令嬢に降り注ぐのは、貴族達の打算を秘めた嘲りの眼差しだった。王妃も公爵も、この二人を決して許すまい。王族の権利を行使したヴァレンテが放棄した義務は、それほどに重いのだから。
しおりを挟む
感想 264

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

成人したのであなたから卒業させていただきます。

ぽんぽこ狸
恋愛
 フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。  すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。  メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。  しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。  それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。  そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。  変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

幼馴染の親友のために婚約破棄になりました。裏切り者同士お幸せに

hikari
恋愛
侯爵令嬢アントニーナは王太子ジョルジョ7世に婚約破棄される。王太子の新しい婚約相手はなんと幼馴染の親友だった公爵令嬢のマルタだった。 二人は幼い時から王立学校で仲良しだった。アントニーナがいじめられていた時は身を張って守ってくれた。しかし、そんな友情にある日亀裂が入る。

私はどうしようもない凡才なので、天才の妹に婚約者の王太子を譲ることにしました

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 フレイザー公爵家の長女フローラは、自ら婚約者のウィリアム王太子に婚約解消を申し入れた。幼馴染でもあるウィリアム王太子は自分の事を嫌い、妹のエレノアの方が婚約者に相応しいと社交界で言いふらしていたからだ。寝食を忘れ、血の滲むほどの努力を重ねても、天才の妹に何一つ敵わないフローラは絶望していたのだ。一日でも早く他国に逃げ出したかったのだ。

そんなに優しいメイドが恋しいなら、どうぞ彼女の元に行ってください。私は、弟達と幸せに暮らしますので。

木山楽斗
恋愛
アルムナ・メルスードは、レバデイン王国に暮らす公爵令嬢である。 彼女は、王国の第三王子であるスルーガと婚約していた。しかし、彼は自身に仕えているメイドに思いを寄せていた。 スルーガは、ことあるごとにメイドと比較して、アルムナを罵倒してくる。そんな日々に耐えられなくなったアルムナは、彼と婚約破棄することにした。 婚約破棄したアルムナは、義弟達の誰かと婚約することになった。新しい婚約者が見つからなかったため、身内と結ばれることになったのである。 父親の計らいで、選択権はアルムナに与えられた。こうして、アルムナは弟の内誰と婚約するか、悩むことになるのだった。 ※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。

見捨てられた逆行令嬢は幸せを掴みたい

水空 葵
恋愛
 一生大切にすると、次期伯爵のオズワルド様に誓われたはずだった。  それなのに、私が懐妊してからの彼は愛人のリリア様だけを守っている。  リリア様にプレゼントをする余裕はあっても、私は食事さえ満足に食べられない。  そんな状況で弱っていた私は、出産に耐えられなくて死んだ……みたい。  でも、次に目を覚ました時。  どういうわけか結婚する前に巻き戻っていた。    二度目の人生。  今度は苦しんで死にたくないから、オズワルド様との婚約は解消することに決めた。それと、彼には私の苦しみをプレゼントすることにしました。  一度婚約破棄したら良縁なんて望めないから、一人で生きていくことに決めているから、醜聞なんて気にしない。  そう決めて行動したせいで良くない噂が流れたのに、どうして次期侯爵様からの縁談が届いたのでしょうか? ※カクヨム様と小説家になろう様でも連載中・連載予定です。  7/23 女性向けHOTランキング1位になりました。ありがとうございますm(__)m

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

処理中です...