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85.真実は実家の棚に隠す
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予想していたけれど、朝の食堂に新婚二人の姿はなかった。場所を貸したついでに、お部屋も提供してもらったの。想像するまでもなく、分かっていた状況なので放置する。
本気でやばくなったら、助けを求めるように伝えてあるし。監禁はしないと約束したけれど、新婚の休暇中は彼も我慢しないだろう。
「おはようございます、ルーカス様」
「ああ、おはよう」
並んで一緒に食事を済ませた。昨日のうちにハンカチを渡せたのはよかったわ。じっと見つめるルーカス様の視線の意味は、嫌というほど理解している。あなたも欲しいのね。
「ルーカス様、どうぞ」
可能なら渡したくなかった。でも、欲しがると思ったの。刺繍が上手なご令嬢や奥様なら、一族の紋章を美しく作り上げるだろう。四つ葉とリボンで苦労する私にできると思う? 無理よね。実際、チャレンジしてすぐ諦めた。
四つの盾とその中に模様? 難易度が高すぎた。火はのたうつミミズ状態だし、風なんて踊るトカゲにしか見えなかった。下絵の段階で諦めたのは、英断だったわ。ハンナと違うデザインを考え、エルヴィ様が案を出してくれた。
「これは……」
ごくりと喉を鳴らして、次の言葉を待つ。分かるよね? そんな視線に、彼はそっと私から目を逸らした。もしかして、何を刺繍したか伝わってない、とか。
「占いのカード、かな」
「ううん、惜しい! 盾よ」
上が少し尖って、下が小さいでしょう? そう伝えると、なるほどと頷いた。小さなワンポイントで出来る刺繍は、これが限界だったの。先にこちらを仕上げてから、ハンナの分を作った。当然、仕上がりは四つ葉のハンカチが上だけれど。
指先で丁寧に刺繍をたどり、ルーカス様の頬が緩んでいく。気に入った、とか?
「これは、四つ葉の前に刺したんだね」
「え、ええ」
「ならば、君の初めての刺繍は僕のものだ!」
あ、そこに反応しちゃうんだ。肯定も否定もせず、私は曖昧に笑って誤魔化した。初めての刺繍は、実家にあるんだけれど。何を刺したのか、誰も当てることが出来なかった小鳥の刺繍……絶対にバレないようにしよう。実家まで取りに行って保管されそう。
「気に入った?」
「もちろんだ、ありがとう。リンネアの刺繍が貰えるなんて、光栄だ」
にっこり笑っておく。大丈夫、バレる心配はないわ。誤魔化すように、食事の間に子爵家の領地の話をした。飛地扱いにして守ってくれたことも、王家との分配が変更されたことも。すべてルーカス様のお陰だろう。
領地の民が豊かな生活を享受できるのは、嬉しい限りだ。そう伝えたところ、彼は私が考えもしなかった一言を放った。
「僕達の子は三人は欲しい。一人は跡取り、二人目はネヴァライネンを継いでもらう。幸い、プルシアイネンに男爵家が一つ残っているから、全員が爵位継承出来るはずだ」
三人……どきっとしてお腹に手を当てる。まさか、もう最初の子がいたり? 占いのお仕事もあるのに困るな。なぜか出産すると、占いの力は弱まる傾向にある。過去の実例を思い出しながら、私は考えに沈んでいた。
「安心してくれ。あと二年は子を作らない予定だよ。君と新婚を味わい尽くしたいからね」
……まだ新婚を続けるつもりなの? それと、子どもってそんな計画的に作ったり待たせたりできるのかしら。
顔を引き攣らせながら、ルーカス様やエサイアス様なら出来そうと思ってしまった。
本気でやばくなったら、助けを求めるように伝えてあるし。監禁はしないと約束したけれど、新婚の休暇中は彼も我慢しないだろう。
「おはようございます、ルーカス様」
「ああ、おはよう」
並んで一緒に食事を済ませた。昨日のうちにハンカチを渡せたのはよかったわ。じっと見つめるルーカス様の視線の意味は、嫌というほど理解している。あなたも欲しいのね。
「ルーカス様、どうぞ」
可能なら渡したくなかった。でも、欲しがると思ったの。刺繍が上手なご令嬢や奥様なら、一族の紋章を美しく作り上げるだろう。四つ葉とリボンで苦労する私にできると思う? 無理よね。実際、チャレンジしてすぐ諦めた。
四つの盾とその中に模様? 難易度が高すぎた。火はのたうつミミズ状態だし、風なんて踊るトカゲにしか見えなかった。下絵の段階で諦めたのは、英断だったわ。ハンナと違うデザインを考え、エルヴィ様が案を出してくれた。
「これは……」
ごくりと喉を鳴らして、次の言葉を待つ。分かるよね? そんな視線に、彼はそっと私から目を逸らした。もしかして、何を刺繍したか伝わってない、とか。
「占いのカード、かな」
「ううん、惜しい! 盾よ」
上が少し尖って、下が小さいでしょう? そう伝えると、なるほどと頷いた。小さなワンポイントで出来る刺繍は、これが限界だったの。先にこちらを仕上げてから、ハンナの分を作った。当然、仕上がりは四つ葉のハンカチが上だけれど。
指先で丁寧に刺繍をたどり、ルーカス様の頬が緩んでいく。気に入った、とか?
「これは、四つ葉の前に刺したんだね」
「え、ええ」
「ならば、君の初めての刺繍は僕のものだ!」
あ、そこに反応しちゃうんだ。肯定も否定もせず、私は曖昧に笑って誤魔化した。初めての刺繍は、実家にあるんだけれど。何を刺したのか、誰も当てることが出来なかった小鳥の刺繍……絶対にバレないようにしよう。実家まで取りに行って保管されそう。
「気に入った?」
「もちろんだ、ありがとう。リンネアの刺繍が貰えるなんて、光栄だ」
にっこり笑っておく。大丈夫、バレる心配はないわ。誤魔化すように、食事の間に子爵家の領地の話をした。飛地扱いにして守ってくれたことも、王家との分配が変更されたことも。すべてルーカス様のお陰だろう。
領地の民が豊かな生活を享受できるのは、嬉しい限りだ。そう伝えたところ、彼は私が考えもしなかった一言を放った。
「僕達の子は三人は欲しい。一人は跡取り、二人目はネヴァライネンを継いでもらう。幸い、プルシアイネンに男爵家が一つ残っているから、全員が爵位継承出来るはずだ」
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「安心してくれ。あと二年は子を作らない予定だよ。君と新婚を味わい尽くしたいからね」
……まだ新婚を続けるつもりなの? それと、子どもってそんな計画的に作ったり待たせたりできるのかしら。
顔を引き攣らせながら、ルーカス様やエサイアス様なら出来そうと思ってしまった。
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