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71.返せないほどの恩を受けた

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 魔族が王都に総攻撃をかける。そう聞いても、動揺はなかった。あたしはもう、魔族になったのだ。

 ブレンダは自らの種族を「魔人族」と呼称している。側近であるバラムが、魔王から許可を得たと聞いた。誰も反対しないのか心配したが、特に騒動は起きなかったようだ。懐が深いというか、バラムのように豪快なのか。

 知り合いの魔族は多くないが、誰もが一族や家族を大事にする連中だ。ブレンダにとって、傭兵団以上に居心地がよかった。女だからと下に見る奴はいない。逆に獣人族は、妻の方が決定権を持つ。力が強いのに、夫は妻に従った。

 吸血種は逆に男性上位だというが、女性は徹底して守られる存在と認識している。力仕事はもちろん、普段からゆったり過ごせるよう女性を保護していた。理由は繁殖能力の低さにあるらしい。妻は子を産んで次世代を育てるのが仕事、それ以外は全部夫の役割だった。

 狩りの上手なブレンダは獣人族で重宝されるし、子ども達も懐いていた。最近は剣術に興味のある若者に、あれこれと基礎から教えている。傭兵になる前に指導を受けた経験がある。それを活かせたのは、師匠のお陰だった。あの人なら褒めてくれるだろう。

 過去の傷痕も、今は気にならない。ブレンダを助けた森人は、魔王討伐の際に散ったと聞いた。両親や家族と共に綺麗な恩人を悼むのが、ブレンダの日課だった。祈る場所を大木の根元に決め、小さな花を植える。やがて花畑になれば、あたしが死んでも毎年供養は続くから。摘んだ花を供えるのは、森を愛する彼女の供養に相応しくない。

 多くの魔族が空を舞う今日は、少しばかり過去を思い出す。勇者ゼルク一行が、この森を通って魔王城を襲った。殺された魔族は酷い有様だったと聞く。人族だったあたしに、いつか話してくれる日が来るだろうか。

 黒い竜がぐるりと旋回すれば、子ども達が大はしゃぎだった。勝利の象徴であり、魔族の守護者である魔王ガブリエル――人族で考えたって独り立ちに迷う年齢だ。手を振る子どもに混じって、同じように手を振った。頑張れと叫ぶ。

 元同族を殺しに行くと知っても、ブレンダの心は揺るがない。応援は裏切りではなかった。魔族の一員として生きていく。今の生き方も過去もすべて肯定し、憎い種族であるはずのあたしを受け入れた。

 今ならわかる。勇者ゼルクの不安定さは、根が浅い証拠だ。神託に踊らされ、自ら考えることなく動いた結果。直接関係ない魔族も殺し、人質をとって強者を黙らせた。汚く、卑劣で、どこまでも卑怯な臆病者の所業だ。

 あたしが勇者に選ばれていたら、あの時どんな道を選んだだろう。踊らされ、煽られて有頂天になる可能性もゼロじゃない。でも……途中で我に返れたかもしれないな。

 噴火を起こすような強大な敵に、人族が逆らおうなんて無理がある。これだけ強い種族が、人族を滅ぼさずに譲ってくれた過去は奇跡だった。恩恵を理解しない者に、赦しは与えられない。人族は魔族に殺されるのではなく、驕って自ら足を踏み外して自滅するのだ。

 それでも種族として、人族の一部が生かされる。返せない恩を貰った。ブレンダはじわりと滲んだ黒竜の姿を目に焼き付けるため、忙しなく瞬いた。どうか、誰も失われずに勝利してくれ……祈る神も持たないあたしだけど、誰かが聞き届けてくれるように。女戦士は傷だらけの手を祈りの形に組んだ。
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