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第110話 その願いは神に届く

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 学校での参加授業を減らしたため、時間に余裕ができた。ニコラは文化交流に通い始め、最近はお茶の作法に夢中だ。あれは複雑だが美しい手順で、確かに見惚れる。

 茶菓子が甘いのに、お茶が苦いのが不思議だった。だが花の形をした美しい菓子の後味を、お茶が流してくれたのも事実だ。絶妙なバランスに成り立つ美は、壊れやすいガラス細工に似ていた。やっぱり母上や側妃殿が好きそうだな。

 ルイはびっしり授業の予定が組まれた午後を避け、午前中に街へ出た。通いなれた道を抜けて、紫陽花の祠で足を止める。最初は意味がわからず手を合わせ、二度目はアイリーンに会いたいと邪な願いをぶつけた。

 なんだかんだ、彼女に会えたのだからご利益があるのだろう。通ううちに親しくなった老女が、今日も祠を水拭きしていた。

「おはようございます」

「おや、おはようございます。今日もお祈りですか? 熱心ですね」

 さっと横に避け、特等席である正面を空けてくれる。感謝して賽銭を入れ、もう一度追加した。中途半端は良くないな、と持っていた革袋の紙幣をすべて入れる。一般的に賽銭は硬貨なので、驚いた顔で老女が理由を尋ねた。

「どうなさいました?」

「こちらで祈ったところ、願いが叶ったので」

 さらにお願いの追加に来た部分は濁して笑うと、老女は目を丸くした後大きく頷いた。

「お礼参りでしたか」

 聞いたことのない単語の意味を教えてもらい、驚く。この国の神は身近にいて、願いを聞いてくれる。だが叶えてもらったお礼をする習慣があるなら、神々は神官達より距離が近い。民の隣にいる神を想像し、アイリーンに侍る狐や狗を思い出した。

 なるほどと納得する。巫女は神と人の橋渡し役だが、彼女のように多くの神に好かれるのは有能な証だ。きっと他国に出されることはもうないから、俺がこの国に移住する計画でも立てるか。

 そのまま老女と雑談を交わし、昼の鐘を聞いて学校へ戻った。ルイがいなくなると、それまで静かだった祠の周りが騒がしくなる。まるで隔離されていたかのような場所で、老女は布巾と水桶を片付けた。誰も彼女に声をかける者はいない。

『やはり縁結びをしてみるか。我の得意技ではないが、何とかなるであろう』

 にやりと笑う老女の声が変化し、姿も消えた。何も知らない参拝者が手を合わせる祠の影で、花の落ちた紫陽花の葉を揺らす。小さな白蛇はするすると祠の中に入っていった。





 ずっと助けてやりたかった。でも穢れが凝り瘴気となった黒い靄に阻まれ、狗神の封印に手が出せない。気がかりだった狗神を救ったのは、歴代稀な霊力を持つ少女だった。神にしたら赤子どころか、生まれる前の卵以前の存在だ。

 己に穢れが降りかかる危険もあったのに、愛梨アイリーンは闇を祓った。他の神々が心配で手を貸すのも当然。あれほど純粋で愛らしく、危険な巫女はいなかった。呪いに手足を拘束されながら、必死に顔を上げて進もうとする姿は、神々の心に火を灯した。

『さて、恋愛の縁結びは誰が得意だったかな?』

 口を利いてやろう。あの子も、竜の香りがするルイを好いている。神の縁結びは強烈で、分かち難い。尻尾の先を揺らしながら、白蛇神ミミは友人を訪ねて空間を渡った。
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