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第87話 アイリーン御用達のお団子
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「ルイったら、本当に学生なのね」
侍女長キエに許可をもらったアイリーンは、学校と寮を繋ぐ道で声を掛けた。紺色から毛先へ淡くなる不思議なツインテールと、青紫の瞳。巫女とバレないよう、シンプルなワンピース姿だ。生地も一部は絹だが、全体に綿を多用していた。
身分を隠してのお忍びは、結構慣れている。あまり褒められたことではないが、よく抜け出したからだ。禁足地だった池で遊んだ時も、街でこっそり買い食いをした時も。いつも彼女は護衛を連れていなかった。今回も護衛なしである。
「……リン、護衛は?」
「そんなの、連れて歩かないわ」
高貴な身分だとバレるでしょ。もっともな指摘だ。ルイ自身も街に下りる時は変装して、護衛なしだった。だが男性と女性では違うだろう。叱りたいような、納得してしまうような、不思議な気持ちで肩を竦めた。この国は治安がいいから、まあ……言わないでおくか。
会いに来てくれたのに文句を言って、二度と来ないと泣かれるよりマシだ。気の利くニコラはそっと距離を置いた。だが、気の利かない男もいた。ドナルドが大声で「なんだ? 惚れた子か?! やるなぁ」と叫んだ。
ぽかっと頭を叩いて黙らせるルイの本気の睨みに、彼は命の危険を感じて口を閉ざした。生存本能は発達している。これ以上余計な発言をする前に、とニコラが手を引いて寮へ一直線だった。
「あの人、体が大きいのね」
アイリーンが不快に思っていないか心配になるルイだが、彼女はまったく気にしていなかった。ドナルド達を見送り、満面の笑みで振り返る。
「ねえ、一緒に街へ遊びに行きましょうよ」
「ああ、行こう」
ありがとう、は少し違う。光栄ですお姫様、と言ったら殴られそうだ。今まで出会ったどのご令嬢とも違っていた。お姫様なのに、驕り高ぶったところがない。アイリーンといると、気持ちが楽になった。王子という肩書きも放り出せそうだ。
「こっち! すごく美味しいお団子があるの」
「ダンゴ?」
知らないと素直に口にすれば、アイリーンは手を掴んで走り出した。隣を走りながら、ちらちらと彼女の顔を盗み見る。これって男として意識されてないのか? それとも俺だから信じてくれているのか。対応を間違わないようにしないと。
鋭い目つきの皇太子や美人なのに怖い姉姫達に、叩きのめされそうだ。箱入り娘のように扱われているのに、自由奔放で隣大陸まで飛び出してしまう。そこがアイリーンの魅力であり、危うい部分だ。兄姉達が心配するのも無理はない。
絶対に明るいうちに送り届けよう。彼女に合わせて走りながら、屋根の上の気配を確認した。あれは護衛か? 連れて歩かないが、ついてきている。この辺はやはり皇族ならでは、か。
気づいていない様子の彼女は、髪を揺らして元気いっぱいだ。ふと何かが足りない気がして、首を傾げた。すぐに思いつく。ああ、あの白いペットがいないんだ。最初の頃は狐だけだったのに、こちらでは犬もいた。
アイリーンは街角を数回曲がり、裏にある店の前で止まった。
「ここよ」
侍女長キエに許可をもらったアイリーンは、学校と寮を繋ぐ道で声を掛けた。紺色から毛先へ淡くなる不思議なツインテールと、青紫の瞳。巫女とバレないよう、シンプルなワンピース姿だ。生地も一部は絹だが、全体に綿を多用していた。
身分を隠してのお忍びは、結構慣れている。あまり褒められたことではないが、よく抜け出したからだ。禁足地だった池で遊んだ時も、街でこっそり買い食いをした時も。いつも彼女は護衛を連れていなかった。今回も護衛なしである。
「……リン、護衛は?」
「そんなの、連れて歩かないわ」
高貴な身分だとバレるでしょ。もっともな指摘だ。ルイ自身も街に下りる時は変装して、護衛なしだった。だが男性と女性では違うだろう。叱りたいような、納得してしまうような、不思議な気持ちで肩を竦めた。この国は治安がいいから、まあ……言わないでおくか。
会いに来てくれたのに文句を言って、二度と来ないと泣かれるよりマシだ。気の利くニコラはそっと距離を置いた。だが、気の利かない男もいた。ドナルドが大声で「なんだ? 惚れた子か?! やるなぁ」と叫んだ。
ぽかっと頭を叩いて黙らせるルイの本気の睨みに、彼は命の危険を感じて口を閉ざした。生存本能は発達している。これ以上余計な発言をする前に、とニコラが手を引いて寮へ一直線だった。
「あの人、体が大きいのね」
アイリーンが不快に思っていないか心配になるルイだが、彼女はまったく気にしていなかった。ドナルド達を見送り、満面の笑みで振り返る。
「ねえ、一緒に街へ遊びに行きましょうよ」
「ああ、行こう」
ありがとう、は少し違う。光栄ですお姫様、と言ったら殴られそうだ。今まで出会ったどのご令嬢とも違っていた。お姫様なのに、驕り高ぶったところがない。アイリーンといると、気持ちが楽になった。王子という肩書きも放り出せそうだ。
「こっち! すごく美味しいお団子があるの」
「ダンゴ?」
知らないと素直に口にすれば、アイリーンは手を掴んで走り出した。隣を走りながら、ちらちらと彼女の顔を盗み見る。これって男として意識されてないのか? それとも俺だから信じてくれているのか。対応を間違わないようにしないと。
鋭い目つきの皇太子や美人なのに怖い姉姫達に、叩きのめされそうだ。箱入り娘のように扱われているのに、自由奔放で隣大陸まで飛び出してしまう。そこがアイリーンの魅力であり、危うい部分だ。兄姉達が心配するのも無理はない。
絶対に明るいうちに送り届けよう。彼女に合わせて走りながら、屋根の上の気配を確認した。あれは護衛か? 連れて歩かないが、ついてきている。この辺はやはり皇族ならでは、か。
気づいていない様子の彼女は、髪を揺らして元気いっぱいだ。ふと何かが足りない気がして、首を傾げた。すぐに思いつく。ああ、あの白いペットがいないんだ。最初の頃は狐だけだったのに、こちらでは犬もいた。
アイリーンは街角を数回曲がり、裏にある店の前で止まった。
「ここよ」
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