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第72話 知り合いかい?

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 四隅で場を清めていた神々は安堵の表情を見せた。その中で、白い狐のココが真っ先に飛び降りる。小さな手足で走り、主人であるアイリーンにしがみ付いた。振り返った彼女の額から滴る汗が、ぽたりと床にシミを作る。

『リン、手を見せて』

「大丈夫よ」

 微笑みながら隠そうとするが、駆け寄った姉達に取り押さえられた。

「なんてこと!」

「治療しなくちゃ、早く持ってきて」

 叫んだアオイに続き、ヒスイが治療の道具を運ぶよう命じる。控えていた神職が慌てて動き始め、ここでようやくアイリーンは外へ目を向ける余裕が出来た。

 狗神は真っ白な毛皮で伏せている。その大きな瞳は、もう赤くなかった。禍々しい赤を宿していた目は伏せられ、床で休んでいる。体を蝕む瘴気が浄化され、痛みも苦しみも消えた。

 今の狗神は、契約者のいない白蛇神達と同じだ。神格を戻すには時間がかかるが、神々の一柱に数えても遜色ない白だった。

「あふっ……凄く眠いわ」

『あれだけ霊力を放てば、疲れると思うよ』

 ぱしぱしと尻尾で床を叩くココは、不機嫌さを隠さない。そこへ囚われたルイが叫んだ。

「リン! 無事なのか? その魔物は……」

「魔物じゃないわ! っていうか、なんでルイがいるのよ」

 ようやく届いた声に、疑問交じりの呟きでアイリーンは首を傾げた。彼は隣大陸の墓地で出会った魔法使いだ。ここにいるのはおかしい。

「私、幻覚見てるのかしら……そんな副作用があるなんて」

「こういう場合は副作用とは言わない上、あの人達は侵入した罪人だよ」

 鼓を丁寧に置いた兄シンが淡々と説明する。きょとんとした顔でアイリーンは兄と、ルイ達を見比べた。悪いけれど、隣のおじさんは知らないわ。ルイの友達って幅が広いのね。

 舞台は舞いの場であると同時に、神殿の一部だ。侵入されたことで、衛兵が処罰の対象になる。神聖な場を穢す行為に該当する。何より、巫女が危険に晒される可能性があった。

 実際、今回の騒動でルイが舞台に飛び込んでいたら? 結界を破れなくても神々に負荷がかかる。結界に魔力で干渉したなら、狗神の浄化は失敗してアイリーンの命に関わる事態も想定できた。ルイは何も知らないから飛び込んだが、とても危険な行為なのだ。

「知り合いかい?」

「えっと……はい。フルール大陸でちょっと」

 墓地で出会い、一緒に屋根の上でおにぎりを食べた仲です。後半部分は「ちょっと」の中に含んで呑み込んだ。話す必要ないよね。アイリーンのぎこちない笑みに、男親のような心境で妹を見つめるシンが溜め息を吐いた。

「彼らは調査が終わるまで拘留して。侵入経路はしっかり塞いでおくように」

 皇太子の命令に、衛兵達は砂利に平伏して応えた。この場で処罰の話が出なくとも、彼らの何人かは職場を追われるだろう。まだ何か叫ぼうとして口を塞がれたルイが、担がれて退場する。商人バローは項垂れたものの、大人しく自分の足で続いた。

 静かになった舞台で、アイリーンは崩れるように床に横たわる。その頭を姉ヒスイの膝に乗せ、冷えた手をアオイに包まれて。幸せそうな顔で眠りに就いた。
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