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第57話 神々を楽しませる神事
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屋敷の奥にある神殿の前で、アイリーンは巫女鈴と呼ばれる祭具を準備していた。すでに禊と着替えは終え、笛を担当する姉アオイの参加を待つばかりだ。持ち手の下から伸びるのは、房のついた組紐である。細く鮮やかなリボンがついた物もあるが、鈴の数と使用目的が違う。
今回は許可を得て、狗神様をお呼びする儀式だった。房が付いた組紐を使うのが相応しい。場面により使い分ける巫女鈴をリンと鳴らし、アイリーンは神楽用の舞台を見回した。笛、笙、鼓、和楽器による演奏に合わせて踊る。
ヒスイ姉様は舞い手の控えとして、舞台の端に座った。ヒスイとアオイは仲が良くない。間にアイリーンを挟むことで、なんとか姉妹としての形を保っていた。仲良くしてほしいと願ったのは幼い頃で、今はもう半分諦めている。
そんな二人だが、アイリーンが起こした事件に関しては協力して隠ぺいしてくれた。白蛇神様に相談したときも、あの二人は距離があった方がよかろうよ、と流されてしまう。そういう付き合い方もあるのだ、距離を詰めることだけが良いとは限らない。アイリーンはそう学んだ。
「どう? 完璧じゃない?」
くるりと舞台の上で回ってみせれば、ココがうーんと唸った。
『足袋は花模様がいいかな。狗神は花が好きだからね』
「ありがとう」
着替えの時に一番最初に履くのが足袋だ。白い足袋を脱いで、花柄の足袋と交換する。衣装の交換はキエが手配してくれた。禊から着替えに至るまで、優秀な彼女達の手がなければ揃わない。感謝を告げ、アイリーンは舞台の中央に正座した。
「遅れてごめんなさい、リン」
笛の入った布袋を手に現れた姉アオイは、柔らかな声で詫びる。だが舞台の袖にいるヒスイを無視した。互いにいない者として扱う姿に、苦笑してしまう。アイリーンはまず長姉アオイに参加のお礼を告げ、向き直って待機する次姉ヒスイへ声をかけた。
「ありがとう、アオイ姉様。奉納の神楽を舞うので、お願いします。ヒスイ姉様も、私の控えを引き受けてくれてありがとうございます」
神々へ捧げる舞いは、基本的に中断が許されない。舞い手が神気に中てられて倒れることがあっても、控えが必ず最後まで舞う義務があった。神々を呼び出す以上、お帰りになるまで見送るのは当然だ。そのため、重大な神事では、控えが二人も用意される。
準備を終えたアオイが笛の音を出す。最初の音に、周囲の楽師が合わせた。神楽とは神々を楽しませる言霊であり、同時に神様が訪れる時間を楽しむ意味も含まれる。倭国ではそう伝えられ、巫女はその響きを重んじてきた。
正座したまま舞台の正面ではなく、神々の祭壇へ一礼する。立ち上がり、笛に合わせて数歩踏み出した。ここからは体が覚えている。幼い頃より何度も練習し、披露してきた。考えるより先に動く手足、揺れる結い髪、高らかに響く鈴の音……空間が現実と切り離されていく。
陶酔するアイリーンの動きは柔らかく、けれどキレがいい。音を先取りするように踊るアイリーンが微笑を湛え、そのタイミングで神狐ココがふわりと舞台に舞い降りた。
今回は許可を得て、狗神様をお呼びする儀式だった。房が付いた組紐を使うのが相応しい。場面により使い分ける巫女鈴をリンと鳴らし、アイリーンは神楽用の舞台を見回した。笛、笙、鼓、和楽器による演奏に合わせて踊る。
ヒスイ姉様は舞い手の控えとして、舞台の端に座った。ヒスイとアオイは仲が良くない。間にアイリーンを挟むことで、なんとか姉妹としての形を保っていた。仲良くしてほしいと願ったのは幼い頃で、今はもう半分諦めている。
そんな二人だが、アイリーンが起こした事件に関しては協力して隠ぺいしてくれた。白蛇神様に相談したときも、あの二人は距離があった方がよかろうよ、と流されてしまう。そういう付き合い方もあるのだ、距離を詰めることだけが良いとは限らない。アイリーンはそう学んだ。
「どう? 完璧じゃない?」
くるりと舞台の上で回ってみせれば、ココがうーんと唸った。
『足袋は花模様がいいかな。狗神は花が好きだからね』
「ありがとう」
着替えの時に一番最初に履くのが足袋だ。白い足袋を脱いで、花柄の足袋と交換する。衣装の交換はキエが手配してくれた。禊から着替えに至るまで、優秀な彼女達の手がなければ揃わない。感謝を告げ、アイリーンは舞台の中央に正座した。
「遅れてごめんなさい、リン」
笛の入った布袋を手に現れた姉アオイは、柔らかな声で詫びる。だが舞台の袖にいるヒスイを無視した。互いにいない者として扱う姿に、苦笑してしまう。アイリーンはまず長姉アオイに参加のお礼を告げ、向き直って待機する次姉ヒスイへ声をかけた。
「ありがとう、アオイ姉様。奉納の神楽を舞うので、お願いします。ヒスイ姉様も、私の控えを引き受けてくれてありがとうございます」
神々へ捧げる舞いは、基本的に中断が許されない。舞い手が神気に中てられて倒れることがあっても、控えが必ず最後まで舞う義務があった。神々を呼び出す以上、お帰りになるまで見送るのは当然だ。そのため、重大な神事では、控えが二人も用意される。
準備を終えたアオイが笛の音を出す。最初の音に、周囲の楽師が合わせた。神楽とは神々を楽しませる言霊であり、同時に神様が訪れる時間を楽しむ意味も含まれる。倭国ではそう伝えられ、巫女はその響きを重んじてきた。
正座したまま舞台の正面ではなく、神々の祭壇へ一礼する。立ち上がり、笛に合わせて数歩踏み出した。ここからは体が覚えている。幼い頃より何度も練習し、披露してきた。考えるより先に動く手足、揺れる結い髪、高らかに響く鈴の音……空間が現実と切り離されていく。
陶酔するアイリーンの動きは柔らかく、けれどキレがいい。音を先取りするように踊るアイリーンが微笑を湛え、そのタイミングで神狐ココがふわりと舞台に舞い降りた。
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