上 下
40 / 159

第39話 悩みは小さく大きい

しおりを挟む
 誰かの思いを感じる。どこかから、ほんのり香る金木犀のように。目の届かない遠くから、気遣う気持ちが漂ってくる。気の所為だと思った。でも違う、これは僕に向けられた純粋な感情だった。

 嬉しくなって「がぅ」と小さな声を洩らす。でもまだ遠い。きっと元の大陸にいるのだろう。戻ろうかな、だけど……。葛藤が頭をもたげる。倭国に戻れば封じられてしまう。僕を呼ぶ声が封じるためじゃないと、言い切れないから。

 もう封印は嫌だ。誰もいなくて怖くて冷たい。あの孤独の檻にいるなら、痛くても外の方がいい。くるりと丸まって、硬い毛皮に鼻先を突っ込んだ。耳をぺたりと伏せて、目を閉じる。望まなければ、これ以上苦しまなくて済むから。







 夢の中でしか会えないのに、ここ数日は夢を見れなかった。眠って目が覚めて溜め息を吐く。あの狗神と会いたいから、枕に夢のおまじないを施した。それでも夢を見ることなく目覚めるたび、気持ちが落ち込んだ。

 痛い、せつない、苦しいと泣く魂は無事かしら。触れたらごわごわと硬い毛は、きっと日に当てて梳かしたら柔らかくなる。冷たい体も温めてあげたかった。アイリーンは肩を落として俯く。何もしてあげられないことが辛かった。

「リン、何があったの?」

 心配そうに尋ねる兄シンに、アイリーンは迷った。相談したいけれど、封印が解けたことや神様が絡んだ部分を簡単に口に出来ない。少し考えて、たとえ話に落とし込んだ。

「あのね。犬を飼ってる人がいて……でも飼えなくなって離したの。その犬が心配なのよ。寒くないか、ご飯を食べてるか。気になるの」

「リンが飼うのは無理だから、悩んでいるのかな」

 神狐のココがいて、他にも獣姿の神々が出入りするのが皇族の屋敷だ。愛玩動物として犬や猫を飼うことは禁じられていた。意を汲んで話を進める兄に頷く。

「ほかの人が飼うことは出来ないのかい?」

「無理みたい」

 小さな声で首を横に振る。皇太子シンはまるで見透かしたように、断言した。

「責任を持てないなら手を出してはいけない。巫女である以上、リンの選べる道はいつも一つだけだよ」

 選べる道は一つ、ごくりと唾を飲んだ。お兄様は知っているのかしら。アイリーンはゆっくりと深呼吸し、気持ちを整理する。

 狗神が夢を見ていない可能性もあるわ。それなら夢で会えなくて当然よ。落ち込んでも悩んでも、救うと決めたなら迷ってはいけない。私は巫女で、あの子は狗神なのだから。ココや白蛇様と同じ、巫女が仕える魂の一つなの。

 覚悟が決まり切っていなかったのだろう。その浮ついた部分を兄は指摘した。

「もう大丈夫かい?」

「ええ、気持ちは固まったわ。ありがとう、シン兄様」

 お礼に「どういたしまして」と返し、お兄様は背を向けた。私もくるりと反対を向き、ココが眠る祭壇へ歩き出す。私が回復したなら、まずすべきことがあった。悩むよりココに力を注いで起こし、叱られて、それから助けてもらおう。

 文句を言いながらもココは手を貸してくれる。だって私の契約した神様だもの。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)

SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。 しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。 相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。 そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。 無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

イリーナ

日暮マルタ
恋愛
魔法学校で貴族を殺しかけた平民の主人公は、拷問卿と呼ばれる辺境伯の元へ嫁ぐことになる。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

処理中です...