上 下
75 / 100

75.街で出会った日本人

しおりを挟む
 どこまでも心配は尽きない。『コロ.ナリア建国記』の詳細が不明なため、余計に不安は増大した。あの話に聖女は出てこないので、ビオラは登場人物から外れる。だが国が滅びれば、一緒に巻き込まれるのは確実だった。

「コロ.ナリア建国記の登場人物の名前、思い出せた?」

「いいえ」

 カレンデュラに尋ねられ、ティアレラは首を横に振った。そこで言葉を日本語に切り替えるべきでは? との視線に気づいて、ちらりとリッピアを窺う。紅茶にジャムを落として、くるくると回す彼女は察しよく微笑んだ。

「お気になさらず」

「え、ええ」

 不思議なほど落ち着いた様子に、クレチマスが何か話したのだろうかと考えた。結局何も思いつかず、コルジリネからの返信もまだ……となれば、ただの情報共有に終わる。

「このあと出かけるけれど……自由にしていらしてね」

 主にリッピアに声を掛ければ、彼女は温室の花を見たいと言い出した。クレチマス同行の条件で許可を出し、中のテーブルセットにお茶を用意するよう侍女に命じる。

「私は同行しますわ」

 最近、色々と物騒なので。笑顔で護衛を買って出るティアレラに、カレンデュラは「お願いね」と微笑んだ。彼女の腕前は確かで、手合わせをした騎士からも再びの要望が入っている。辺境伯領で実戦を通じて覚えたノウハウや技術を、公爵家の騎士は貪欲に吸収しているらしい。

「今度また騎士達と手合わせをお願いしたいわ。頼まれちゃったの」

「運動不足解消で、日課にしていいなら構いません」

 話しながらクレチマス達と別れ、二人きりになると日本語を使う。

『ねえ、ジキタリス子爵の奥方はエキナセア神聖国出身なのよね?』

『そう聞いています。辺境にはカラミンサ公国から嫁いだ方もいましたね。ただセントーレア帝国との縁組は聞きません』

 ホスタ王国は交流が深いため、婿にもらったり養子縁組をしたりと、貴族の間でも血が混じっていた。なるほどと頭の中で整理しながら、街へ向かう馬車に揺られる。

 馬車を降りて、賑わう街の喧騒を楽しみながら歩く。神殿に逃げ込んだビオラへの差し入れだった。愛用の化粧品が切れそうなのと、手紙で頼まれたのだ。侍女に任せてもいいが、気晴らしも兼ねて出かけることにした。

 ついでに、菓子か本でも選んで渡そう。活発な彼女は退屈しそう、と笑いながら話す。

『日本語って誰かに内容がバレないから、下手な暗号より便利よね』

『そうでもないよ、話せる奴がいるからさ。僕みたいに』

 突然聞こえた日本語は男性の声で、振り向いた二人は目を見開く。まさか、まだ日本から転移や転生をした人がいるの? 顔に書いた疑問に、青年はぽりぽりと頬を掻いた。

『そんなに驚かすと思わなくて……久しぶりに日本語を聞いたから懐かしさについ』

 困ったような声で、青年はこてりと首を傾げた。人懐こい笑顔の彼は、明るい茶色の髪をぐしゃりとかき上げる。その根本が黒いことに気づいたティアレラが、転移者かもしれないと目を細めた。
しおりを挟む
感想 143

あなたにおすすめの小説

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!

沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。 それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。 失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。 アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。 帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。 そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。 再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。 なんと、皇子は三つ子だった! アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。 しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。 アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。 一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

身に覚えがないのに断罪されるつもりはありません

おこめ
恋愛
シャーロット・ノックスは卒業記念パーティーで婚約者のエリオットに婚約破棄を言い渡される。 ゲームの世界に転生した悪役令嬢が婚約破棄後の断罪を回避するお話です。 さらっとハッピーエンド。 ぬるい設定なので生温かい目でお願いします。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

処理中です...