64 / 100
64.心当たりのある物語
しおりを挟む
お茶菓子ではなく、軽食が用意された。サラダやハム、卵はそれぞれ盛られている。その横に数種類のパンが積まれた。壁際にビュッフェのように並んだ料理から、よい香りが漂う。
「給仕は不要よ、下がっていいわ」
カレンデュラの指示で、侍女が全員退出した。最後に確認した執事が一礼し、扉をきっちりと閉める。男女二人きりにならない上、剣技ならティアレラが一番強いだろう。護衛もいらないと判断されたようだ。
「好きなように取って食べましょう」
カレンデュラはどこか楽しそうな声で告げ、さっさと席を立った。続いたのはビオラ、ティアレラ。最後にクレチマスが続く。
リッピアは客室で待機だった。可哀想だが、この部屋にいても日本語がわからない。それならと、お気に入りの恋愛小説が並ぶ部屋をリッピアに開放した。カレンデュラの予想以上に、リッピアは喜ぶ。侍女もつけたので、不自由しないだろう。
「こういう形式って、あまりないのよね」
「夜会の料理はこんな感じでしょ?」
うきうきするカレンデュラに、ビオラは首を傾げた。先日初めて参加した夜会は、壁際に料理が並んでいた気がする。
「あれは給仕係がいて、取ってくれるのよ。自分で好きな量を取れるわけじゃないの」
ティアレラは砕けた口調で説明する。その間も、せっせと手元の皿に料理を盛っていた。山盛りサラダの上に、ハムがこれでもかと載る。絶妙なバランス感覚で、皿を傾けて運んでいった。
「食べ過ぎじゃないか?」
「ちょっと! レディに対して失礼よ」
クレチマスの呟きに、ビオラがむっとした顔で抗議する。面倒なのか「悪かった」とあっさり降伏するクレチマスは、パンの横にスクランブルエッグだけを載せた。よく見れば、ジャムの瓶を手にしている。
食べ物の好みがよく出た皿を前に、カレンデュラが口火を切った。
「今回は来てもらって助かったわ。以前、日本の話をしたじゃない? 物語が全部少しずつ当て嵌まるから、もしかしたら全部違うのではないか、って」
そこまで説明する間に、長細いパンに切れ目を入れてハムと卵、サラダを彩りよく詰め込む。ホットドックに似た形状の軽食を、ぱくりと噛んだ。貴族令嬢らしからぬ所作だが、日本人同士、誰も指摘しなかった。食べ終わるまで話が中断する。
「確かに全部が少しずつなのよね……クロス……なんだっけ? コラボみたいな感じ」
ビオラはバターとジャムだけのパンを齧る。山盛りバターに、驚いたティアレラの目が釘付けになった。
「先日思い出したのよ。別のお話でかなり近い物語があるわ」
一口目を食べ終えたカレンデュラは、紅茶で喉を潤して微笑む。唇の端に残ったトマトソースを、行儀悪く指先で拭った。
『コロ.ナリア建国記、誰か知ってる?』
伝記に近い硬い文章で、若者より年配者受けする物語だった。有名小説家が合間を縫って書き綴り、三十五巻まで発行される。未完で亡くなったため、結末は誰も知らない。その意味で、話題になった小説だった。
『タイトルくらいは』
ビオラが正直に答えると、クレチマスも同じくと倣う。ティアレラはしばらく考え……ぽつりと呟いた。
『私は読んだわ』
「給仕は不要よ、下がっていいわ」
カレンデュラの指示で、侍女が全員退出した。最後に確認した執事が一礼し、扉をきっちりと閉める。男女二人きりにならない上、剣技ならティアレラが一番強いだろう。護衛もいらないと判断されたようだ。
「好きなように取って食べましょう」
カレンデュラはどこか楽しそうな声で告げ、さっさと席を立った。続いたのはビオラ、ティアレラ。最後にクレチマスが続く。
リッピアは客室で待機だった。可哀想だが、この部屋にいても日本語がわからない。それならと、お気に入りの恋愛小説が並ぶ部屋をリッピアに開放した。カレンデュラの予想以上に、リッピアは喜ぶ。侍女もつけたので、不自由しないだろう。
「こういう形式って、あまりないのよね」
「夜会の料理はこんな感じでしょ?」
うきうきするカレンデュラに、ビオラは首を傾げた。先日初めて参加した夜会は、壁際に料理が並んでいた気がする。
「あれは給仕係がいて、取ってくれるのよ。自分で好きな量を取れるわけじゃないの」
ティアレラは砕けた口調で説明する。その間も、せっせと手元の皿に料理を盛っていた。山盛りサラダの上に、ハムがこれでもかと載る。絶妙なバランス感覚で、皿を傾けて運んでいった。
「食べ過ぎじゃないか?」
「ちょっと! レディに対して失礼よ」
クレチマスの呟きに、ビオラがむっとした顔で抗議する。面倒なのか「悪かった」とあっさり降伏するクレチマスは、パンの横にスクランブルエッグだけを載せた。よく見れば、ジャムの瓶を手にしている。
食べ物の好みがよく出た皿を前に、カレンデュラが口火を切った。
「今回は来てもらって助かったわ。以前、日本の話をしたじゃない? 物語が全部少しずつ当て嵌まるから、もしかしたら全部違うのではないか、って」
そこまで説明する間に、長細いパンに切れ目を入れてハムと卵、サラダを彩りよく詰め込む。ホットドックに似た形状の軽食を、ぱくりと噛んだ。貴族令嬢らしからぬ所作だが、日本人同士、誰も指摘しなかった。食べ終わるまで話が中断する。
「確かに全部が少しずつなのよね……クロス……なんだっけ? コラボみたいな感じ」
ビオラはバターとジャムだけのパンを齧る。山盛りバターに、驚いたティアレラの目が釘付けになった。
「先日思い出したのよ。別のお話でかなり近い物語があるわ」
一口目を食べ終えたカレンデュラは、紅茶で喉を潤して微笑む。唇の端に残ったトマトソースを、行儀悪く指先で拭った。
『コロ.ナリア建国記、誰か知ってる?』
伝記に近い硬い文章で、若者より年配者受けする物語だった。有名小説家が合間を縫って書き綴り、三十五巻まで発行される。未完で亡くなったため、結末は誰も知らない。その意味で、話題になった小説だった。
『タイトルくらいは』
ビオラが正直に答えると、クレチマスも同じくと倣う。ティアレラはしばらく考え……ぽつりと呟いた。
『私は読んだわ』
179
お気に入りに追加
702
あなたにおすすめの小説
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」
【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264)
「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」
「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」
公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。
理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。
王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!
頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。
※2022/05/10 「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過
※2021/08/16 「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過
※2021/01/30 完結
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?
長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。
王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、
「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」
あることないこと言われて、我慢の限界!
絶対にあなたなんかに王子様は渡さない!
これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー!
*旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。
*小説家になろうでも掲載しています。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる