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42.じわじわと侵食する毒

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 女神エキナセアを信仰する気持ちは、どの派閥も同じだ。唯一絶対神として、崇めている。ただ派閥によって違う部分があるとすれば、他国の宗教をどう考えるか。

 教皇派は女神以外の存在をすべて排除する。過去の記録にあった聖女も含めて、女神とは違うと判断した。

 聖女派は神の代理人が存在すると考える。そのため唯一絶対神を崇めながらも、他国の宗教を完全否定はしなかった。他国の神が、女神エキナセアの眷属である可能性を残すためだ。

 一番緩い考え方をするのが、今回の新興派だった。国が違えば別の神もいるだろう。ただ、自分達の住まう神聖国では、エキナセア女神が最上位である。ここまで緩くなるのには、民の実情があった。

 国境付近の貧しい農村部では、隣国から援助を受けた経験がある。山崩れで家が崩れた時も、台風で収穫が台無しになった時も、援助は隣国の方が早かった。自国で信仰する神は、信者であるかどうかを問わず、他者を助けるよう説いているから、と。

 エキナセア女神を否定せず、恩を着せるでもなく支援を届けた。その姿を覚えているから、民は複数の神々の存在を黙認する。国内の内紛で物流が滞り、医療や食糧が行き届かなくなった。

 女神に祈っても動かない国に痺れを切らし、農民を中心に決起したのだ。信者を救わない神も、民を見捨てる執政者も同じだと、怒りの拳を振り上げた。

「支援物資です。対価はいりませんが、平等に分けてくださいね。明日は炊き出しを行います。鍋か器を持ってきてください」

 隣国リクニスから訪れた少女は、複数の荷馬車を率いて現れた。王侯貴族の支援金を物資に替え、笑顔で人々に渡していく。どの神を信じるか、尋ねることはしなかった。

 ピンクの髪と水色の瞳をもつ少女は、隣国リクニスの聖女らしい。リクニスの聖女が名誉職だと知っているが、実際の行いが聖女そのものだ。利害関係のない他国の、信じる神も違う人々に食糧や薬を配る。

 あっという間に話題になり、噂となって国中を駆け抜けた。内紛で荒れた人々の心に、聖女という存在が染み込んでいく。じわじわと、中毒性のある薬物のように。思考と感情を蝕んだ。

「貴様が聖女を騙る女か!」

 持ちやすいよう包んだパンを渡していたピンク髪の少女に、教皇派の神聖騎士が詰め寄る。驚いた顔をしたものの、小さな子にパンを手渡してから顔を上げた。

「リクニスから参りました、ビオラです」

 きちんと挨拶する。その際に聖女だとは名乗らなかった。にも関わらず、騎士は乱暴に彼女の腕を引っ張る。捕える気だ。察知した民がざわついた。神聖騎士は教皇の命令で、いつでも動く。裕福な商人を冤罪で投獄し、その財産を奪った事件もあった。

 あの子がどんな目に遭わされるか! 聖女でなくとも、民を救った子だ。このまま見捨てたら、慈愛を説く女神エキナセアに顔向けできない。

「痛いっ、やめてください」

 振り解こうと動いたビオラに、騎士が腕を振り上げた。そこで民の怒りが爆発する。

「ビオラちゃんに何をする!」

「そうだ! お前らの代わりにパンを届けたんだぞ!!」

「教皇が何をしてくれた!?」

 猊下の敬称を付けずに叫び、騎士に飛び掛かる人が現れた。振り払ったものの、数の多さに押され、追い払われる。庇って殴られた人を手当する少女の姿に、人々は伝説の聖女の影を重ねた。
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