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10.狐は罠で足を滑らせた
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狐を追い立てるのは、カレンデュラの担当だ。優雅に近づいて、ミューレンベルギア妃の前で微笑む。軽い会釈だけで、挨拶を済ませた。本来なら失礼な行為で、そこに食いついてくるはず。
カレンデュラの思惑は外れる。離反するように距離をとった貴族の様子に、用心深さが戻ったらしい。むっとした顔ながらも、小さく指先で応じた。不機嫌になったけれど、失礼な行為を今回は見逃してあげるわ。そんな余裕を感じさせる妃の対応に、カレンデュラは次の手を打った。
このくらいで怯んでいては、クレチマスの言う悪役令嬢を名乗れない。
「ミューレンベルギア様、ローランド王子殿下がさきほど」
「っ! 王太子と呼びなさい」
食いついたわ! カレンデュラの口角が持ち上がるも、そっと扇の陰に隠された。淑女の秘密を守る武器は今日も健在だ。
王太子という地位に固執し、策を巡らせた。その結果を無視する発言に、さすがの妃も本音が飛び出す。ただの王子ではない、王太子なのよ……と。
「あら、王太子の地位は現在空席ですわ」
うふふと応じる公爵令嬢に、妃ははっとした様子でもう一度会場を見回した。どんなに確認しても、広間に息子の姿がない。ミューレンベルギアは、視線を彷徨わせながら椅子に崩れた。肘掛けに寄りかかり、項垂れている。
「ローランド王子殿下は、取り返しのつかない無作法をしましたのよ。あんな失態、さすがに国王陛下も庇いきれませんわ」
こっそり教えてあげる、そんな所作で距離を詰めたカレンデュラは彼女を煽った。この時点で、ミューレンベルギアとローランドの派閥に属する貴族は逃げている。会場の外でしっかり確保されているだろう。
指揮を取り、ミューレンベルギアの手足となる貴族を削るのが、ティアレラの仕事だ。先ほど婚約者のシオンと共に、廊下へ出ていった。すぐに騎士を集めて、帰ろうとする貴族を捕獲する。彼らから、何らかの情報が取れれば、それも利用可能だった。
一番は、うっかり自白が望ましい。カレンデュラは一瞬だけ視線を窓際へ向けた。その視線を追ったミューレンベルギアが、わずかに眉を動かす。カーテンの陰に隠れるビオラが、意味ありげにチラチラと顔を覗かせた。
聖女であるビオラは、貴族としての爵位が低くとも価値がある。ローランドから利用する話を聞いたはずだ。ビオラが無事なら……そう期待させた。
「ローランドを王太子からおろすなら、私に話がないのはおかしいと思わない?」
立て直した狐に、猟犬役のカレンデュラは取り乱した風を装う。まるで嘘がバレそうになって焦ったように。こういった演技は得意な公爵令嬢の罠に、狐は無謀にも飛び込んだ。
「ローランドが王太子なら、ホスタ国から援助も受けられるのよ。この国にとってプラスだわ。そうでしょう? 他国へ嫁ぐお姫様」
お前は国外へ出ていくのだから、国内の継承問題に口出しするな。この国は私の実家が応援する。ミューレンベルギアは、そう口を滑らせた。
「ええ、私は嫁ぎますわ。……ホスタ国が長く続くといいですわね」
にやりと笑って、カレンデュラがやり返す。滅びる国に、リクニス国を支えられるかしら? 正面から突きつけた嫌味に、妃の顔色が変わった。
カレンデュラの思惑は外れる。離反するように距離をとった貴族の様子に、用心深さが戻ったらしい。むっとした顔ながらも、小さく指先で応じた。不機嫌になったけれど、失礼な行為を今回は見逃してあげるわ。そんな余裕を感じさせる妃の対応に、カレンデュラは次の手を打った。
このくらいで怯んでいては、クレチマスの言う悪役令嬢を名乗れない。
「ミューレンベルギア様、ローランド王子殿下がさきほど」
「っ! 王太子と呼びなさい」
食いついたわ! カレンデュラの口角が持ち上がるも、そっと扇の陰に隠された。淑女の秘密を守る武器は今日も健在だ。
王太子という地位に固執し、策を巡らせた。その結果を無視する発言に、さすがの妃も本音が飛び出す。ただの王子ではない、王太子なのよ……と。
「あら、王太子の地位は現在空席ですわ」
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「ローランド王子殿下は、取り返しのつかない無作法をしましたのよ。あんな失態、さすがに国王陛下も庇いきれませんわ」
こっそり教えてあげる、そんな所作で距離を詰めたカレンデュラは彼女を煽った。この時点で、ミューレンベルギアとローランドの派閥に属する貴族は逃げている。会場の外でしっかり確保されているだろう。
指揮を取り、ミューレンベルギアの手足となる貴族を削るのが、ティアレラの仕事だ。先ほど婚約者のシオンと共に、廊下へ出ていった。すぐに騎士を集めて、帰ろうとする貴族を捕獲する。彼らから、何らかの情報が取れれば、それも利用可能だった。
一番は、うっかり自白が望ましい。カレンデュラは一瞬だけ視線を窓際へ向けた。その視線を追ったミューレンベルギアが、わずかに眉を動かす。カーテンの陰に隠れるビオラが、意味ありげにチラチラと顔を覗かせた。
聖女であるビオラは、貴族としての爵位が低くとも価値がある。ローランドから利用する話を聞いたはずだ。ビオラが無事なら……そう期待させた。
「ローランドを王太子からおろすなら、私に話がないのはおかしいと思わない?」
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「ローランドが王太子なら、ホスタ国から援助も受けられるのよ。この国にとってプラスだわ。そうでしょう? 他国へ嫁ぐお姫様」
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「ええ、私は嫁ぎますわ。……ホスタ国が長く続くといいですわね」
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