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04.不敬罪の適用対象外です
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がくりと膝から崩れた義妹を抱き上げるクレチマスは、壁際の長椅子へ彼女を座らせた。駆け寄った義母である公爵夫人にリッピアを任せ、厳しい表情で振り返る。ひっと引き攣った声を出して逃げようとした王子の前に、タンジー公爵が立ち塞がった。
「先ほどから何をしておいでか。ついには我が子らにまで無礼を働く始末、通常の処分では済ましませんぞ」
「あら、気が合いますわね」
協力しますわ、と示しながらカレンデュラが近づく。婚約者である隣国の皇太子に手を預け、扇で顔の半分を隠しながら……目元を和らげる。美しい笑みを浮かべているのだろうと想像させる所作で、タンジー公爵に一礼した。
親しき仲にも礼儀あり。カレンデュラは姿勢を正すと、王子を睨んだ。背中に隠れるように付いてきたビオラが、べっと舌を見せて大っ嫌いと付け足す。
たじたじのローランド王子は、助けを求めるように周囲の貴族を見回した。半数は目を逸らし、残る半数は睨みつける。夜会の紳士淑女を敵に回した顰蹙王子は、俺は悪くないと呟きながら蹲った。
「これはこれは、空に輝くセントーレア皇室の小太陽の君にご挨拶申し上げます。我がリクニスの麗しき華と聖女殿も、ご無事ですかな?」
落ち着いた貴族らしい口調に直し、タンジー公爵が微笑む。さきほど王子を問い詰めた鬼の形相が嘘のようだった。見事な変貌に、カレンデュラは扇をずらして口角を持ち上げる。
「リッピア様はご無事かしら」
「いきなり指差しされる無礼に、驚いたようです。クレチマスや妻がおりますので……」
心配はありません。タンジー公爵家は娘が一人だけ、そのため親族から養子を取った。実の息子として愛し、最愛の娘の夫として見事に育て上げた公爵は、言葉に信頼を滲ませる。良い関係が築けているようだった。
「……っ、貴様ら不敬だぞ! 全員、罰してやるからな!!」
現場から逃げられず、己が何か失態を犯したらしい……ここまでは理解したようで、ローランドは不敬罪を口にした。それって、パパに言いつけてやるぞの変形では? 顔を見合わせた三人は、満面の笑みを浮かべて切り捨てた。
「不敬罪は、従姉妹である私には適用されませんわ」
デルフィニューム公爵令嬢は、王位継承権を持つ準王族だ。基本的に不敬罪は適用されない。事実を淡々と突きつける。その脇で、王家の不正や暴走を防ぐタンジー家の当主は、嫌味を込めてチクリと警告した。
「王家の番人であるタンジー公爵家は、不敬の対象から免じられております。勉強をサボられたようですな」
「どちらかと言えば、そなたの方が不敬であろう」
圧倒的強者であるセントーレア帝国の皇太子は、自国から連れて来た者らへ目配せした。心得た様子で、騎士や文官は己の仕事を果たす。皇太子とその婚約者を守り、状況を正確に記録して自国へ送る報告書を仕上げた。
「き、貴様ら。俺を誰だとっ!」
「随分と派手にやらかしたものだ」
デルフィニューム公爵と共に顔を見せた国王陛下の声に、貴族は一斉に礼をとった。その敬意の対象に、王子は含まれていない。喚き散らした王子の言葉を遮った王は、やれやれと首を横に振った。
「先ほどから何をしておいでか。ついには我が子らにまで無礼を働く始末、通常の処分では済ましませんぞ」
「あら、気が合いますわね」
協力しますわ、と示しながらカレンデュラが近づく。婚約者である隣国の皇太子に手を預け、扇で顔の半分を隠しながら……目元を和らげる。美しい笑みを浮かべているのだろうと想像させる所作で、タンジー公爵に一礼した。
親しき仲にも礼儀あり。カレンデュラは姿勢を正すと、王子を睨んだ。背中に隠れるように付いてきたビオラが、べっと舌を見せて大っ嫌いと付け足す。
たじたじのローランド王子は、助けを求めるように周囲の貴族を見回した。半数は目を逸らし、残る半数は睨みつける。夜会の紳士淑女を敵に回した顰蹙王子は、俺は悪くないと呟きながら蹲った。
「これはこれは、空に輝くセントーレア皇室の小太陽の君にご挨拶申し上げます。我がリクニスの麗しき華と聖女殿も、ご無事ですかな?」
落ち着いた貴族らしい口調に直し、タンジー公爵が微笑む。さきほど王子を問い詰めた鬼の形相が嘘のようだった。見事な変貌に、カレンデュラは扇をずらして口角を持ち上げる。
「リッピア様はご無事かしら」
「いきなり指差しされる無礼に、驚いたようです。クレチマスや妻がおりますので……」
心配はありません。タンジー公爵家は娘が一人だけ、そのため親族から養子を取った。実の息子として愛し、最愛の娘の夫として見事に育て上げた公爵は、言葉に信頼を滲ませる。良い関係が築けているようだった。
「……っ、貴様ら不敬だぞ! 全員、罰してやるからな!!」
現場から逃げられず、己が何か失態を犯したらしい……ここまでは理解したようで、ローランドは不敬罪を口にした。それって、パパに言いつけてやるぞの変形では? 顔を見合わせた三人は、満面の笑みを浮かべて切り捨てた。
「不敬罪は、従姉妹である私には適用されませんわ」
デルフィニューム公爵令嬢は、王位継承権を持つ準王族だ。基本的に不敬罪は適用されない。事実を淡々と突きつける。その脇で、王家の不正や暴走を防ぐタンジー家の当主は、嫌味を込めてチクリと警告した。
「王家の番人であるタンジー公爵家は、不敬の対象から免じられております。勉強をサボられたようですな」
「どちらかと言えば、そなたの方が不敬であろう」
圧倒的強者であるセントーレア帝国の皇太子は、自国から連れて来た者らへ目配せした。心得た様子で、騎士や文官は己の仕事を果たす。皇太子とその婚約者を守り、状況を正確に記録して自国へ送る報告書を仕上げた。
「き、貴様ら。俺を誰だとっ!」
「随分と派手にやらかしたものだ」
デルフィニューム公爵と共に顔を見せた国王陛下の声に、貴族は一斉に礼をとった。その敬意の対象に、王子は含まれていない。喚き散らした王子の言葉を遮った王は、やれやれと首を横に振った。
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