上 下
3 / 100

03.では貴様が婚約者だな?

しおりを挟む
 睨みつけるカレンデュラに気圧され数歩下がったローランドは、視界に入ったご令嬢を指差した。

「では貴様が俺の婚約者だな? 叔母上が話しているのを聞いた。名乗れ!」

 はぁ? 低い声で呻くような声を出したカレンデュラは、取り繕うように微笑んだ。苦笑いする婚約者コルジリネ皇太子は、彼女を支えるように隣に立つ。

 ようやく落ち着いた聖女ビオラが、きょとんとした顔で指差されたご令嬢を見つめる。真っ直ぐな茶髪と新緑の瞳、おっとりした彼女は見た目に反して辛辣だった。よくお茶会で一緒になる辺境伯家の友人だ。確かに彼女は婚約者がいる。

「カージナリス辺境伯家のティアレラと申します」

 王族に名乗れと言われれば、素直に名を告げる。だが顔を上げた彼女の眼差しは冷え切っていた。仮にも王族が、自国の貴族の名前を知らないなんて。バッカじゃないの? 鋭い視線に、周囲も「まぁ、あの王子だし」と納得してしまう。

「ティアララ? 貴様との婚約も破棄する」

「ティアレラ、でございます。このように失礼な夜会は初めてですわ。今後が心配です」

 名前を訂正しながら、王族の無礼を遠回しに指摘する。その上で、国の行く末を案じるほど、お前はバカだと王子に突きつけた。だが、婉曲な表現を理解する賢い王子なら、そもそもこのような状況に陥っていない。

「なんでもいい。貴様とは結婚しない」

「当然ですわ。だって、私の婚約者は第一王子殿下ではございませんもの」

 がくんと顎が外れたような間抜けな顔で、あ、え、う……と言葉にならない声を発する。奇妙なオブジェと化した王子を前に、辺境伯家のご令嬢は優雅に一礼した。その隣に、穏やかな笑みを浮かべた青年が立つ。

「我が婚約者に対する数々の無礼、王家はどう償っていただけるのでしょうか」

 口調は尖っているのに、笑顔は崩さない。カージナリス辺境伯家へ婿入りが決まった、ティアレラの婚約者は侯爵家の次男だった。そのため、礼儀作法や貴族特有の会話術も身につけている。

「シオン、これはお父様に相談して正式に抗議するわ。証人になってちょうだい」

「もちろんです。ティアレラを貶めるような王子殿下では困りますからね」

 辺境伯家の次期当主は、嫡子であるティアレラだ。国境を守り、国防の要となる一族に唾吐いて何もなく済むはずがない。そこまで匂わされても、ローランドは状況が掴めていなかった。

 この夜会に集められた貴族令嬢の中に、婚約者がいるはず。着飾っているだろうと、推測で次の犠牲者を選んだ。

「ならば、貴様か!?」

「違います。いい加減、失礼が過ぎるのでは?」

 指で示された令嬢本人ではなく、その義兄であり婚約者である騎士が返答する。震える義妹は、銀髪に青く澄んだ瞳の美少女だ。確かに会場で目立っていた。その理由は婚約者である義兄クレチマスの容姿が関係している。

 燃えるような赤毛に、空の青を宿した瞳。婚約者の髪色に合わせ、赤いドレスを着用していた。そのため、夜会のご令嬢達の中で華やかに見えた。気の弱いリッピア嬢は、恐ろしさに失神する。王族から突然指差された行為は、彼女にとって恐怖そのものだった。
しおりを挟む
感想 143

あなたにおすすめの小説

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

処理中です...