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82.帰りましょう、我が家へ

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 襲撃してきた敵兵の鎧は、やや赤い金属で作られていた。鈍く光を弾くのは、ぎらぎら光らないよう表面を加工しているのだろう。革鎧の味方に援軍として到着したのは、銀色の鎧を纏う騎士団だ。エル様率いる一団は、その強さを遺憾なく発揮した。

 押し負けた敵がじりじりと下がる。そこへさらなる応援が到着した。駆け込んだ一行の先頭は、エル様達と同じ銀鎧の騎士だ。後ろに革鎧や部分鎧の兵士達が続く。この時点で数で逆転された敵は、一部逃走を始めた。追いかける兵士の勇ましい声が聞こえ、安心が広がる。

「姫さんは無事か?」

「無事に決まっとる。領主様がついてるんだぞ」

 最後に到着したのは、騒がしいおじさん達だ。見覚えのある顔に「あっ」と声が漏れた。私に気づいた皆が、わっと歓喜にわく。

「姫様は無事だ! 伝令、走れ!」

「ほいきた! 任せろ」

 健脚自慢の若者が、来た道を引き返す。彼は配達を専門とする街の名物男だった。荷物を担いで、仲間より早く配達することに意欲を燃やす。道もよく知っており、何度か迷子になりかけたところを助けてもらった。

 着ていた鎧を脱ぎ捨て、身軽になって全力疾走する。馬に乗ればいいのに、そう思いながら見送った。ふふっと笑みが漏れる。もう大丈夫だ、確信があった。

「パン屋の旦那さんに、時計屋の若さんも」

 皆、見覚えのある人ばかり。普段は剣や鎧に縁はなくて、街の人々を支える仕事をしている。包丁や商売道具、鍬や鎌など、手元にあった物を掴んで駆けつけた。伝わってくる状況に、目が潤んでしまう。

「皆、ありがとう。お陰で無事よ」

 駆けつけた騎士や兵士以上に、街の人の優しさが沁みた。普段から訓練もしていない、戦うことのない人達が武器を手に取る。その勇気が嬉しかった。私やエル様のために動いてくれたこと、必ず恩返しをしよう。

 エル様とそんな話をしながら、パン屋の旦那さんが持って来たパンを齧る。奥さんが袋に詰めて持たせたらしい。重かったと笑う店主から受け取り、焚き火で炙って食べたパンの味は忘れないだろう。

 侵入した赤胴色の鎧の一団は、ロラン帝国で間違いないと確証が取れた。捕まった男の証言では、五年前にアルドワン侵略を邪魔された恨みだという。

 私がアルドワンの王女であり、モンターニュの王弟の婚約者だから。捕まえて人質にするつもりだった。交渉材料として利用するから、殺す気はなかった、と。ただ……捕まえ損なうくらいなら、殺しても構わないと命令が出ていた。

 エル様が「あの外道どもが」と低い声で吐き捨てる。怒りを堪える手が強く握り込まれた。その手が痛そうで気になり、私は逆に冷静になる。殺されなくてよかったわ、程度の感想で受け流した。

 王族である以上、狙われることは覚悟している。民が標的にされるよりずっとマシ。それでも怖いけれど、エル様が守ってくれるから。どんな怖い思いをしても、私はエル様の妻として毅然と振る舞いたい。

「エル様、帰りましょう」

 私達の大切な家である砦へ。城塞都市に住まう優しい住民達の元へ。私の帰る家はもう、モンターニュの公爵領なんですもの。
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