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32.ツノを渡して契約成立

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 災害は忘れた頃にやってくる。この表現は魔族にも通用するらしい。本当に忘れてからやって来た。

 前回の襲撃からすでに半月以上、油断しまくっている集落に降りたベリアルは、ぐるりと森人を見回した。相変わらず、馬鹿と煙は高いところが好きだ。鼻で笑う気分だが、残念ながら手足同様顔もない。慌てた琥珀が僕の袋を服の下に隠した。そんな琥珀をアルマが抱き寄せることで、さらに隠す。

「先日のツノはどうしました?」

「あれを渡せば終わりか?」

 逆に問い返したのはバルテルだった。質問に質問を返されてむっとした顔のベリアルだが、あっさり頷いた。

「私が必要とするのは、我が君のツノのみ。集落に手出しする気はありません」

「盟約もあるし、な」

 バルテルが、知ってるぞと匂わせる。嫌そうな顔をしながら、ベリアルはきっちり契約を口にした。

「わかりました。ツノを返していただけば、森人に手出しはしません。約束しましょう」

 魔族の契約は簡単に破られることがない。そこまでしても返して欲しいと低姿勢に出たのは予想外だった。唇を尖らせて不満そうな顔をする琥珀の後ろから、ぽんと髪を撫でたロルフが進み出る。その手に握られた偽ツノに琥珀が触れた。

『琥珀、僕の魔力で魔法を掛けろ。そっとだぞ』

 固める魔法ではなく、磨く魔法が好ましい。ここは打ち合わせてあったので、琥珀は唇を尖らせたまま魔法をかける。練習した通り、ピカピカに光った。そのツノを琥珀の手から、見せつけるように取り上げる。

『うまいぞ、ロルフ』

 振り返ってウィンクしたロルフが、ベリアルの前に差し出した。魔力が動く気配を感じて見ていたベリアルだが、まさか魔力を纏わせたとは思っていない。先日と同じ魔力の残滓が漂うツノを手に、口元を緩めた。目の前で琥珀から取り上げたように見えたのも、よかった。まだ不満そうな琥珀は、アルマの腹に顔を埋めている。

 お気に入りのツノを取られた子どもっぽくていいぞ。というか、何がそんなに不満なんだ? 僕はここにいるのに。作ったツノに愛着が湧いたんだろうか。

「ではもらっていきます。契約成立です」

 ひらりと舞い上がり姿を消す魔族の幹部が見えなくなる頃、わっと騒がしくなった。拳を握って喜ぶバルテル、手を叩くロルフはもちろん、アルマは琥珀と手を取って踊り出す。

「よかったわ」

「バレたらどうしようかと思ったが」

 口々に安堵を声にする人々はようやく泣きそうな琥珀に気づいた。

「どうした?」

「コハク、どこか痛いの」

「僕のシドウなのに」

『いや、僕はここだから』

 胸元から訴えると、大急ぎで琥珀が袋を引っ張り出しにっこり笑った。もしかして、本気であのツノが僕だと思った? 子どもらしいエピソードだが……微笑ましくもあり、複雑でもある。琥珀にとって、僕はなんだ?

『何はともあれ、これで返品も受け付けずに済むな』

 にやりと笑った気分の僕の声が弾んでいたからか。ロルフが疑問を挟んだ。

「なぜだ」

『ベリアルの奴、ツノを返せと言ったんだ。どのツノか指定しなかった。その上、契約成立と口にした』

 ツノの種類を指定されなかったから、どのツノでも契約は成り立つ。彼自身が確認し、契約成立と言い切った。受け取った以上、そのツノが予想と違っても、返品も交換も不可能だ。それは契約違反なのだから。

「悪い奴だな」

『アイツが勝手に間違えたんだぞ? その程度の感覚で探したツノなら、同じ形だし問題ないだろ』

 もちろん魔王の復活には差し障りがあるが、僕の知ったことじゃないね。
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