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31.まさか来ない選択肢があるなんて

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 さすがにこの事態は想定していなかった。偽物のツノを作って待ってるのに、ベリアルが来ない。え? 蒸気の目潰しくらい、すぐ治るだろ。高位魔族じゃん。面倒だから早く取りに来て持って行って欲しい。纏わせた魔力が薄くなる前に、早く来い。

 敵に早く来いと望むなんておかしいが、準備したのに来ないのは予定外だった。ツノは廃棄してもいいが、忘れた頃にツノ寄越せと言われても困る。うだうだ考えている間に、10日ほど過ぎた。平和過ぎて、アルマやロルフの緊張も緩んでしまった。

「おう、シドウ。酒でも飲むか」

 ベリアルにツノを渡すまで、禁酒するつもりだったバルテルもこの有り様だった。正直、僕も気が緩んでるのは否定できない。それを狙ってるんだろうか。

『僕は飲めないぞ』

「コハクを付き合わすわけにいかないんだから、話し相手になれや」

 そう言われると、確かに。足元で絡みつくニーは、酒の肴である干し肉目当てだろう。甘い鳴き声を上げながら尻尾を足に絡めた。あちこちの家を渡り歩き、しっかり食事を取れるようになったニーは急激に太った。一応女性だから柔らかく表現すると、かなりふっくらした。

 以前通り抜けられた隙間に首を突っ込み、抜けなくなって暴れてる姿を見たから……ニー本人の予想を超える太り具合だろう。二度と同じ隙間を通らないところを見ると、頭はいいみたいだ。子猫達はまだツリーハウスから降りることが出来ず、大人しく部屋の中で遊んでいる。いや、大人しくはない。ツリーハウスの柱で爪を研ぎ、あちこち家具に飛び乗り隙間に潜り込んで悪さを繰り返した。

 野生の獣より大人しいとよく分からない比較をして許すあたり、森人は本当に寛容だ。基本的に怒って喚く姿を見た記憶がない。仲間同士もつかず離れずの距離を保ち、干渉しすぎないのが秘訣かも知れない。

「シドウも飲めたらいいんだが」

『僕自身もそう思うよ。食べたり飲んだりって、もう記憶が薄れてきてる』

 周囲の人が飲み食いするから記憶から消えないだけで、欲はほぼゼロに近かった。このまま浄化されて召されそうだ。解脱する人の気持ちが理解できるのも、どうかと思う。気分はまだ若いつもりでも、数百年も無欲なツノをやってれば枯れてきてるのか。

『話せるようになってから気が楽になったな』

 黙り込んだバルテルが気になって、少し明るい口調を心掛けた。嘘じゃない。琥珀と初めて会話が出来た時、これ以上なく幸せだった。まさか声が届くなんて。ほとんど諦めてたんだ。

 歴代の魔王も通じなかったし、魔物や魔族の中にも僕の声に反応する奴はいなかった。種族の違う人族ならと思ったこともあったが、勇者とその仲間も聞こえてない。結局、一度も接触の機会がなかった森人は通じたんだけど……あれ?

「楽になったならいい」

 しんみりと返したバルテルに悪いが、気になった考えがぐるぐる回って吐き出される。

『あのさ、どうして琥珀は言葉が通じるんだ? 森人の血を引いてるとか』

 ハーフだったりする? 人族との間に生まれて、人族に近い外見を持ってたらあり得る。そう思った僕の予想を、バルテルは否定した。

「それはない。我らは同族を見分ける。数世代前に混じった血も見分けるが、その反応がない」

 そっか。じゃあ、ただの偶然だったのかな。
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