1,337 / 1,397
97章 世界の裂け目を潰せ
1332. 我が君を信じられぬのですか!
しおりを挟む
双子の乗ったベビーカーを咥えたヤンが走り去り、避難は完了した。城門の内側に詰め込まれた民を守るため、大公二人掛かりで結界を強化する。城門の内側は、外敵に対する自動防御装置が設置されていた。今回の裂け目が外敵と判断されるか難しいため、彼らの結界を重ねがけして守るのは安全策だ。
何かあってから後悔しても遅い。長い治世でそれを実感として知るアスタロトとベールの結界は、タイプの違う物を重ねる形だった。どちらかが破られても、もう片方が食い止めればいい。
「陛下とリリス様がまだ外に」
ルーサルカの訴えに、アスタロトは振り返って笑った。穏やかな表情で、震える義娘の手を握る。
「安心しなさい。我らが誇る最強の魔王陛下が、あの程度の侵略に負けるはずがありません」
「は、はい。すみません。取り乱してしまいました」
恥じて謝るルーサルカの頬が赤い。魔族の民が不安になるような発言をした自分への後悔が過ぎった。大公女は魔王妃となるリリス姫に寄り添う存在だ。故に強さや毅然とした態度を求められる。混乱して取り乱したことが恥ずかしかった。同時に、義理の父とはいえ青年姿の美形に手を握られて、照れたのも重なって顔の赤みが引かない。
「……ルカ、俺の時より照れてるよな?」
納得いかない。婚約者は俺だぞ。そんな不満を滲ませたアベルの呟きは無視された。
「あ、魔王様だぞ!」
誰かが叫んだことで、一斉に視線がそちらへ集まる。城門の左上の方角だった。白い羽を広げたルシファーは、その腕にリリスを抱き締めた。離れる方が危険だと知っているのだ。本当に危険な現場ならば、絶対に手を離せない。
「リリス、あの裂け目にドカンとぶち込んでやれ」
促されて頷くリリスの右手が頭上に翳される。すらりと伸びた白い腕をワンピースの袖が滑った。天を指差す彼女が「えいっ!」と愛らしい声で号令を発する。同時に振り下ろされた指先が示す先へ、雷が落ちた。どかんと派手な音を立てて裂け目が揺れる。
魔力を吸い出す裂け目は危険だ。すぐに塞がなくてはならない。翼2枚の魔力を纏うルシファーを脱力感が襲った。結界で防いでいるが、その結界も魔力によって作られている。触れた場所から吸い出され、徐々に消耗していた。
「トドメだ」
ばさりと追加の2枚を広げた純白の魔王が、その指先で魔法陣を描く。空中に作り出された小さな魔法陣はくるくる回転しながら大きくなり、裂け目を覆うほど成長した。叩きつけようとしたその時、裂け目から飛んできた何かがルシファーの頬を掠める。ぴっと切れた頬に血が滲んだ。
数十に重ねた結界を越えてきた攻撃に、ルシファーの目が見開かれた。自分の側が一番安全だと過信した。だから連れてきたリリスだが、結界を通過する方法があるなら地上に残すべきだったか。ひとつ深呼吸してもう一度結界を立て直す。
大丈夫だ。単に消耗して薄くなっていただけ。弱気になるな。自分に言い聞かせたルシファーは、再びの攻撃に己の身を盾とした。抱き締めていたリリスを庇い、腕を張ってリリスを遠ざける。純白の髪が空に散った。切れた髪に悲鳴が上がる。
「うそっ! 魔王様が!!」
「いやぁ!!」
叫ぶ民が駆け寄ろうとするのを、ベールが一喝する。
「あなた方は、我が君を信じられぬのですか!」
主君の勝利を信じて待て。そう命じるに等しい言葉に、半数近い魔族がその場に座り込んだ。胸の前で両手を握り、ルシファーの無事を願う。
背で受けた攻撃は羽を切り、羽根を散らした。純白の髪や羽根が落ちた大地が揺れる。
「ダメよ。今は動かないで」
リリスの泣きそうな懇願がルシファーの耳に届いた。それは魔の森に対する願いか、ルシファーへの想いか。
何かあってから後悔しても遅い。長い治世でそれを実感として知るアスタロトとベールの結界は、タイプの違う物を重ねる形だった。どちらかが破られても、もう片方が食い止めればいい。
「陛下とリリス様がまだ外に」
ルーサルカの訴えに、アスタロトは振り返って笑った。穏やかな表情で、震える義娘の手を握る。
「安心しなさい。我らが誇る最強の魔王陛下が、あの程度の侵略に負けるはずがありません」
「は、はい。すみません。取り乱してしまいました」
恥じて謝るルーサルカの頬が赤い。魔族の民が不安になるような発言をした自分への後悔が過ぎった。大公女は魔王妃となるリリス姫に寄り添う存在だ。故に強さや毅然とした態度を求められる。混乱して取り乱したことが恥ずかしかった。同時に、義理の父とはいえ青年姿の美形に手を握られて、照れたのも重なって顔の赤みが引かない。
「……ルカ、俺の時より照れてるよな?」
納得いかない。婚約者は俺だぞ。そんな不満を滲ませたアベルの呟きは無視された。
「あ、魔王様だぞ!」
誰かが叫んだことで、一斉に視線がそちらへ集まる。城門の左上の方角だった。白い羽を広げたルシファーは、その腕にリリスを抱き締めた。離れる方が危険だと知っているのだ。本当に危険な現場ならば、絶対に手を離せない。
「リリス、あの裂け目にドカンとぶち込んでやれ」
促されて頷くリリスの右手が頭上に翳される。すらりと伸びた白い腕をワンピースの袖が滑った。天を指差す彼女が「えいっ!」と愛らしい声で号令を発する。同時に振り下ろされた指先が示す先へ、雷が落ちた。どかんと派手な音を立てて裂け目が揺れる。
魔力を吸い出す裂け目は危険だ。すぐに塞がなくてはならない。翼2枚の魔力を纏うルシファーを脱力感が襲った。結界で防いでいるが、その結界も魔力によって作られている。触れた場所から吸い出され、徐々に消耗していた。
「トドメだ」
ばさりと追加の2枚を広げた純白の魔王が、その指先で魔法陣を描く。空中に作り出された小さな魔法陣はくるくる回転しながら大きくなり、裂け目を覆うほど成長した。叩きつけようとしたその時、裂け目から飛んできた何かがルシファーの頬を掠める。ぴっと切れた頬に血が滲んだ。
数十に重ねた結界を越えてきた攻撃に、ルシファーの目が見開かれた。自分の側が一番安全だと過信した。だから連れてきたリリスだが、結界を通過する方法があるなら地上に残すべきだったか。ひとつ深呼吸してもう一度結界を立て直す。
大丈夫だ。単に消耗して薄くなっていただけ。弱気になるな。自分に言い聞かせたルシファーは、再びの攻撃に己の身を盾とした。抱き締めていたリリスを庇い、腕を張ってリリスを遠ざける。純白の髪が空に散った。切れた髪に悲鳴が上がる。
「うそっ! 魔王様が!!」
「いやぁ!!」
叫ぶ民が駆け寄ろうとするのを、ベールが一喝する。
「あなた方は、我が君を信じられぬのですか!」
主君の勝利を信じて待て。そう命じるに等しい言葉に、半数近い魔族がその場に座り込んだ。胸の前で両手を握り、ルシファーの無事を願う。
背で受けた攻撃は羽を切り、羽根を散らした。純白の髪や羽根が落ちた大地が揺れる。
「ダメよ。今は動かないで」
リリスの泣きそうな懇願がルシファーの耳に届いた。それは魔の森に対する願いか、ルシファーへの想いか。
20
お気に入りに追加
4,963
あなたにおすすめの小説
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
【完結】聖獣もふもふ建国記 ~国外追放されましたが、我が領地は国を興して繁栄しておりますので御礼申し上げますね~
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
婚約破棄、爵位剥奪、国外追放? 最高の褒美ですね。幸せになります!
――いま、何ておっしゃったの? よく聞こえませんでしたわ。
「ずいぶんと巫山戯たお言葉ですこと! ご自分の立場を弁えて発言なさった方がよろしくてよ」
すみません、本音と建て前を間違えましたわ。国王夫妻と我が家族が不在の夜会で、婚約者の第一王子は高らかに私を糾弾しました。両手に花ならぬ虫を這わせてご機嫌のようですが、下の緩い殿方は嫌われますわよ。
婚約破棄、爵位剥奪、国外追放。すべて揃いました。実家の公爵家の領地に戻った私を出迎えたのは、溺愛する家族が興す新しい国でした。領地改め国土を繁栄させながら、スローライフを楽しみますね。
最高のご褒美でしたわ、ありがとうございます。私、もふもふした聖獣達と幸せになります! ……余計な心配ですけれど、そちらの国は傾いていますね。しっかりなさいませ。
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
※2022/05/10 「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過
※2022/02/14 エブリスタ、ファンタジー 1位
※2022/02/13 小説家になろう ハイファンタジー日間59位
※2022/02/12 完結
※2021/10/18 エブリスタ、ファンタジー 1位
※2021/10/19 アルファポリス、HOT 4位
※2021/10/21 小説家になろう ハイファンタジー日間 17位
【完結】過保護な竜王による未来の魔王の育て方
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
魔族の幼子ルンは、突然両親と引き離されてしまった。掴まった先で暴行され、殺されかけたところを救われる。圧倒的な強さを持つが、見た目の恐ろしい竜王は保護した子の両親を探す。その先にある不幸な現実を受け入れ、幼子は竜王の養子となった。が、子育て経験のない竜王は混乱しまくり。日常が騒動続きで、配下を含めて大騒ぎが始まる。幼子は魔族としか分からなかったが、実は将来の魔王で?!
異種族同士の親子が紡ぐ絆の物語――ハッピーエンド確定。
#日常系、ほのぼの、ハッピーエンド
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/08/13……完結
2024/07/02……エブリスタ、ファンタジー1位
2024/07/02……アルファポリス、女性向けHOT 63位
2024/07/01……連載開始
公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜
白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます!
➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから
gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。
目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜
楠ノ木雫
恋愛
病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。
病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。
元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!
でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?
※他の投稿サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる