上 下
1,329 / 1,397
97章 世界の裂け目を潰せ

1324. 火のないところも煙だらけ

しおりを挟む
 大量の煙と匂いを城に充満させた罰として、ルシファーは面倒な作業を押し付けられた。魚の量が少なかったのが原因で、一口食べたいと殺到した人の治療と報告書作りだ。ドミノ倒しが起きてケガ人が出たのは、ルシファーの失態になってしまった。

「えっと、右肘と足首……左右どっちだった?」

「左です!」

「左の足首ねん挫」

 隣で書記として大公女達が交互に応対している。中庭の魚はすでに食べ尽くされ、このカルテ作りが終わったら魔王軍を引き連れて、魚捕りが計画された。食べたりないらしい。海は大きいので食べ尽くす心配がないのが救いだ。

 リリスも包帯片手に待機するが、使う機会はないぞ。治癒魔法で傷やケガが消えてしまう。視線でそう告げるものの、リリスは「形が大事なの」とよく分からない主張で笑った。まあ端的に言えば、彼女は何もしていないのだ。手は動かさないが、患者と話をするのは好きで楽しそうだった。

「シア、交代して」

 ルーサルカとルーシアが交代する。その間にレライエが患者の数を確認した。あと50人ほどだ。それが終われば魚捕りに同行する予定だった。ルシファーの非常識な無限サイズの収納へ、魚を大量に保管する計画だ。食べられずがっかりした民もいたので、魚捕りに異論はない。

「手早く片づけて出かけるとしよう」

 早くしないと夕食に間に合わない。空を見上げると、太陽はやや傾いていた。魚捕りと聞いて、並ぶ魔族が協力的になる。今夜は魚焼きパーティーだ。治してもらったデュラハンが、馬の俊足を生かして城下町に出店の要請に向かった。

 大公女と被害者の協力もあり、30分ほどで作業は終わった。面倒になったルシファーがまとめて治癒を掛け、痛みがあった場所を自己申告してもらう反則技に出たのだ。バレたら叱られるが、嘘申告する魔族がいないため成立する方法だった。

「よし、魚捕りだ」

 サタナキア率いる12人の部隊が同行する。ルシファー、リリス、休暇中のシトリーを除く大公女3人が彼らと魔法陣で海岸へ飛ぶ。空を飛ぶより圧倒的に早いので、時間に制約がある時は便利だった。

「……高さを設定し間違えたか?」

 足首まで砂に埋もれたルシファーが唸る。咄嗟に抱き上げたリリスは無事で、すとんと砂の上に降り立った。大公女や魔王軍も足首まで埋まっている。大した深さではないので、すぽんと足を抜いた。数人が慌てて砂の中に手を突っ込み、靴を探して逆さに振っている。

「足首消えたりしてないな?」

「「「平気です(わ)」」」

 悲鳴もなかったので大丈夫だと思う。ルシファーは失敗をなかったことにし、海へ向けて魔力を放った。投網のようにして海水をろ過して魚を捕まえる。つぎつぎと海辺へ打ち上げ、大公女や魔王軍の精鋭が拾って積み上げた。

「手がぬるぬるするわ」

「うわっ!」

 暴れる魚に苦戦する声が聞こえる。リリスも一緒に魚を拾い、鋭い歯を覗き込んだ。結界のお陰でケガはしないので、本人の好きにさせる。大量の魚を確保したところで、収納へすべて放り込んだ。砂を収納対象から排除することで、収納の中に砂が溜まらない。こうした細工はルシファーの得意技だった。

「じゃあ帰るぞ」

「待って! これも」

 リリスの声に振り返ったルーサルカが悲鳴を上げる。

「きゃぁあ! リリス様が襲われて」

「なんだと!?」

 慌てて振り返ると、腕を軟体動物に絡まれたリリスがきょとんとした顔で首をかしげる。もごもごと動く赤茶の生き物は、まるで彼女の手を咀嚼しているように見えた。

「痛くないわよ。これ、食べられると思うの」

「いや、無理ではないですか?」

 サタナキアが眉を寄せる。食べ物には見えない。どこをどう見てそう判断したのか。だが、大公女達も大きく頷いた。

「もしかしたら小説に出てきた、タコじゃないかしら」

「焼いて食べるのよね」

「塩でぬめりが取れたっけ?」

 大公女3人の呟きに、レライエにしがみ付いて震えるアムドゥスキアスが呟いた。それは男性陣の心境を的確に表現するものだ。

「食べられるとしても……化け物」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される

鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。 レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。 社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。 そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。 レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。 R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。 ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。

名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

藤一
恋愛
消失か残留か・・異世界での私の未来は、この二つしか無いらしい・・。 残業帰りの最終電車に乗っていたら、私は異世界トリップしてしまった。 異世界に飛ばされたショックの所為か、私は自分の名前を忘れてしまう。 飛ばされた先では、勝手に「オオトリ様」と呼ばれ「繁栄の象徴」だと大切にされる事に。 戻れる可能性が高いが、万が一、戻れなかった時の為に、一人では寂しかろうと「生涯の伴侶」(複数)まで選定中。 「自分の名前を思い出せば還れるかも」と言うヒントを貰うが、それには伴侶候補たちとの交流が非常に重要らしい。 元の世界に戻る(かもしれない)私が、還る為だけに伴侶候補たちと絆を深めなきゃいけないって・・! ********** R18な内容を含む話には※を付けております(もれている場合はお知らせ下さい)苦手な方はご注意を下さい。 じれじれなので、じれったい展開が苦手な方もご注意下さい。

【R18】ひとりで異世界は寂しかったのでペット(男)を飼い始めました

桜 ちひろ
恋愛
最近流行りの異世界転生。まさか自分がそうなるなんて… 小説やアニメで見ていた転生後はある小説の世界に飛び込んで主人公を凌駕するほどのチート級の力があったり、特殊能力が!と思っていたが、小説やアニメでもみたことがない世界。そして仮に覚えていないだけでそういう世界だったとしても「モブ中のモブ」で間違いないだろう。 この世界ではさほど珍しくない「治癒魔法」が使えるだけで、特別な魔法や魔力はなかった。 そして小さな治療院で働く普通の女性だ。 ただ普通ではなかったのは「性欲」 前世もなかなか強すぎる性欲のせいで苦労したのに転生してまで同じことに悩まされることになるとは… その強すぎる性欲のせいでこちらの世界でも25歳という年齢にもかかわらず独身。彼氏なし。 こちらの世界では16歳〜20歳で結婚するのが普通なので婚活はかなり難航している。 もう諦めてペットに癒されながら独身でいることを決意した私はペットショップで小動物を飼うはずが、自分より大きな動物…「人間のオス」を飼うことになってしまった。 特に躾はせずに番犬代わりになればいいと思っていたが、この「人間のオス」が私の全てを満たしてくれる最高のペットだったのだ。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

モブだった私、今日からヒロインです!

まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。 このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。 そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。 だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン…… モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして? ※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。 ※印はR部分になります。

病弱聖女は生を勝ち取る

代永 並木
ファンタジー
聖女は特殊な聖女の魔法と呼ばれる魔法を使える者が呼ばれる称号 アナスタシア・ティロスは不治の病を患っていた その上、聖女でありながら魔力量は少なく魔法を一度使えば疲れてしまう そんなアナスタシアを邪魔に思った両親は森に捨てる事を決め睡眠薬を入れた食べ物を食べさせ寝ている間に馬車に乗せて運んだ 捨てられる前に起きたアナスタシアは必死に抵抗するが抵抗虚しく腹に剣を突き刺されてしまう 傷を負ったまま森の中に捨てられてたアナスタシアは必死に生きようと足掻く そんな中不幸は続き魔物に襲われてしまうが死の淵で絶望の底で歯車が噛み合い力が覚醒する それでもまだ不幸は続く、アナスタシアは己のやれる事を全力で成す

天涯孤独になった僕をイケメン外国人が甘やかしてくれます

波木真帆
BL
日本の田舎町に住む高校生の僕・江波弓弦は、物心ついた時には家族は母しかいなかった。けれど、僕の顔には父の痕跡がありありと残っていた。 光に当たると金髪にも見える薄い茶色の髪、そしてグリーンがかった茶色の瞳……日本人の母にはないその特徴で、父は外国人なのだと分かった。けれど、父の手がかりはそれだけ。母に何度か父のことを尋ねたけれど、悲しそうな顔をするだけで、僕は聞いてはいけないことだと悟り、父のことを聞くのをやめた。母ひとり子ひとりで大変ながらも幸せに暮らしていたある日、突然の事故で母を失い、天涯孤独になってしまう。 どうしたらいいか途方に暮れていた時、母が何かあった時のためにと残してくれていたものを思い出し、それを取り出すと一枚の紙が出てきて、そこには11桁の数字が書かれていた。 それが携帯番号だと気づいた僕は、その番号にかけて思いがけない人物と出会うことになり……。 イケメンでセレブな外国人社長と美少年高校生のハッピーエンド小説です。 R18には※つけます。

【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!

Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥ 財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。 ”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。 財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。 財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!! 青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!! 関連物語 『お嬢様は“いけないコト”がしたい』 『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中 『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位 『好き好き大好きの嘘』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位 『約束したでしょ?忘れちゃった?』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位 ※表紙イラスト Bu-cha作

処理中です...