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96章 迷探偵は魔王城に住んでいる

1321. 逆恨みのはね返り

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 忌々しい女だ。ドライアドは9割が女性だ。だからといって、女性が継ぐ風習はなかった。俺は先代ドライアドの息子で、優秀だ。わずか数十年前に生まれたというだけで、あの女が母の地位を受け継いだ。俺が継ぐべき権力は奪われた。

 腹いせにあれこれと仕掛けたが、まったく懲りない。まだ俺に地位を返上しようとしない。あの図々しい女の弱点は何だ? 探っていくうちに気づいた。保育園で預かった子どもに危害が加えられたら、あの女の所為になるはず。だから脅迫状を出した。脅して終われば早いが、あの女がその程度で譲るわけがない。実力行使が必要だった。

 俺に賛同した数人のドライアドと手を組み、これからだった、のに。

「ぐぁああ!」

「なぜ、バレたっ! くそ」

 目の前で黒い炎を操り、虹色の剣を振るう男にすべてを崩された。金の髪に紅い瞳、血の匂いのする実力者――アスタロト大公。なぜだ? 一種族の小さな貴族位の継承争いに、どうして大公が乗り出した?

 炎に焼かれ身を捩る仲間がぐらりと倒れる。炭化した枝は、もう伸びることはない。彼は人生を終えた。

「いやぁああ!」

 彼の妻が切り裂かれた。鋭い剣は容赦なく枝葉を落とし、根を突き刺し、幹を削る。

「血が出ない生き物でも、意外と楽しいですね。私がなぜ来たか、不思議なのでしょう? どうせ、その程度の粗末な脳で考えたことです。予想は尽きますよ」

 嘲るように言い放ったアスタロトは、剣を振るった。ドライアドの弱点は火、それ以外にも倒し方はある。枝葉を落とした女性ドライアドの根から、水分を奪った。蒸発させた水分が蒸気となって空に散る。魔の森に近い種族と呼ばれる以上、木々と同じ特性を持つ。生木を燃やすより、水魔法を使って水分を抜き取った方が早かった。

「あなたは理解していないのでしょうね。私達が、どうやって魔族を治めてきたか」

 美しい顔に浮かんだ笑みは、残酷な色に染まる。その顔がわずかに歪み、口角が持ち上がった。無理やり作ったような笑顔が向けられる。ぞくりと恐怖が襲った。ドライアドの本体は木だ。普段は根を繋いだ仮の人化をするが、それを倒しても死なない。その理屈を知っていて、隠れていた森の中から木に紛れた俺達を見つけ出した。

 圧倒的強者が、弱者を踏み躙る。本来の魔族の在り方を実践するように、アスタロトは黒い炎でウヴァルの表面を炙った。

「貴族の地位など価値をなさぬ。俺達が重視するのは、その地位で行う政だ。一族をまとめ、他種族と共存していく。それが可能な者が選ばれる。お前が貴族をどう考えたか知らぬが、この程度の息子しか育てられぬなら先代は愚物だったということか? ウヴァル」

 一人称も呼びかけも言葉遣いも、一瞬で変化した。裏返るように僅かなきっかけで、アスタロトは一線を超える。我が君を本気で怒らせた者を、容易く炭にする気はなかった。苦しめて後悔させ、他の者が同じ道を選ばぬよう見せしめとする。

「苦しんで死ね」

 悲鳴を上げるだけで答えぬ愚か者を一瞥し、残った仲間を処分した。処罰ではない、処理でもない。ただ淡々と処分したのだ。それは歩く道の雑草を踏みつけるのと変わらぬ作業だった。

「ベール」

「なんですか」

 呼ばれて現れた同僚に、愚か者を指差して笑う。

「あれが死ねぬよう処置してくれ」

 ちらりと見てとったアスタロトの状態に、無言で頷き羽を広げた。余計な発言をすれば、こちらにも攻撃するでしょう。一人称が俺の状態でも、まだ丁寧に話す余裕があるうちにこの場を離れなくては危険です。ベールは丸く場を作りだし、その内側でだけように告げると姿を消した。

 城に帰還後、止めに行くようルシファーに頼むものの、聞こえないフリをされる。気持ちは分かるので、ベールもそれ以上は何も言わなかった。
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