上 下
1,205 / 1,397
87章 お勉強の一部やり直し

1200. 双子の兄妹でした

しおりを挟む
 産まれたのは元気な男の子だった……が、大きな腹にはもう1人女の子がいた。魔族は双子や三つ子も多いので、産婆は驚くことなく2人目も受け止める。ひとまず兄と妹に分類したものの、泣かずに産まれた妹はわずかに指先を動かすのみ。すると彼女の足を掴んだ産婆が逆さに吊るし、赤子の小さな尻を叩く。まだ生まれたばかりなのに大丈夫か? 周囲が心配する勢いで叩かれ、赤子は大きく息を吸う。

 ひっ……ぎゃぁあああぁぁ!

 兄より声量は足りないが、妹も必死で泣いて暴れる。その体をおくるみの布で包んだ産婆は、安堵の息を吐いた。疲れきった様子に、ルシファーが食卓の椅子を勧める。差し出された椅子に腰かけ、産婆は腰を叩いた。どうやら腰痛持ちらしい。痛みを緩和する魔法陣を背中に貼り付けてやると、ほっとした顔で振り返った。

「ありがとよ、楽に……、魔王様っ!?」

「ああ、気にするな。ご苦労だった、しっかり休んでくれ」

 労わって隣をすり抜ける。すでに赤子達へ向かったリリスが、小さな手を指で突きながら手招きした。

「すごいわ、2人も入ってたのよ?! 男の子と女の子、両方とも可愛いわ。私も両方欲しい!」

 なんてことはない少女の願望に、周囲は微笑まし気に頷いた。だがルシファーは真っ赤な顔で足を止める。2人欲しい? それはつまり夜の営みがそれなりに激しく……イザヤもそうだったか、聞いてみたらコツがわかるだろうか。よその閨事情に首を突っ込むはまずい。あれこれと混乱する魔王の顔色は赤くなったり、青くなったりと忙しかった。

「どうしたの? ルシファー」

「い、いや……何でもない」

 この際、多くの妻を娶ってきたアスタロトに相談しよう。恥を忍んで相談すれば、きっといい案をくれる。魔王は問題を棚上げした。

「可愛いわよ、ほら」

 無邪気に笑うリリスの横から覗き込み、大きな目の赤子の前で膝を突いた。こちらは兄だろう。屈んで視線を近づけると、小さな手が動く。ぱくぱくと口を動かす様子に、懐かしさが胸にこみ上げた。

 ベルゼビュートが、多少危なっかしい手つきで女児を抱き上げていた。落とさないよう魔法も併用しているが、泣かれそうになってアンナの腕に戻す。

「アンナ、日本人の子は初めてだ。おめでとう、よく頑張ってくれた。オレはリリス1人でも大変だったが、2人となれば騒がしさも2倍、嬉しさはそれ以上だろう。大切に育ててくれ」

 魔族の子として魔王の祝福を与える。穏やかな笑みを浮かべるアンナの顔は、もう母親だった。抱き寄せた我が子が乳を求める所作を見せるため、再び男性は外へ出る。もちろん夫であるイザヤも同様だった。

「イザヤは残ってもよかったんじゃないか?」

 思わずぼやいたルシファーだが、ダメだと言われた。飲ませてゲップが終わるまで、全員が壁際に戻ることになった。大人しく待つこと十数分、双子の両方が満足したらしい。寝室の扉が開くと、イザヤが中に飛び込んだ。

 抱き合う夫婦の穏やかな時間を見守った。駆けつけた近所の住人も、まずは祝いの言葉を向けていく。それから母になったばかりのアンナの体調を気遣って早々に引き上げた。

 授乳を見せてもらい感激したリリスが何度もお礼とお祝いを繰り返す。頷くアンナだが、眠いのだろう。少し目がとろんとしていた。

「リリス、もう帰るぞ」

「わかった、ベルゼ姉さんも……あら」

 壁にもたれて眠るベルゼビュートの肩を叩いて起こし、戻ろうと告げる。リリスが無造作に触れると、ベルゼビュートが飛び上がった。比喩表現ではなく、本当に数センチ浮かんだ。

「え? なに、どうして触れたの?」

 魔王の結界を通過するリリスは、どうやら彼女の結界も無効にしたらしい。結界越しではなく直接肌に触れたので、びっくりしたのだろう。外へ連れ出し、慌てふためくベルゼビュートに説明した。仕事があるからと自ら転移で帰る彼女を見送り、ルシファーはリリスと一緒にヤンの上に乗った。

「ゆっくりでいいさ。散歩がわりだ」

 もう夕焼けが消えて、賑わいが移り変わる街を抜ける。城下町を出るなり、ヤンは速度を上げた。軽やかな足取りのフェンリルに揺られながら、生まれたばかりの子ども達の幸せを祈る。
しおりを挟む
感想 851

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」 「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」  公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。  理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。  王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!  頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。 ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2021/08/16  「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過 ※2021/01/30  完結 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう

【完結】聖獣もふもふ建国記 ~国外追放されましたが、我が領地は国を興して繁栄しておりますので御礼申し上げますね~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
 婚約破棄、爵位剥奪、国外追放? 最高の褒美ですね。幸せになります!  ――いま、何ておっしゃったの? よく聞こえませんでしたわ。 「ずいぶんと巫山戯たお言葉ですこと! ご自分の立場を弁えて発言なさった方がよろしくてよ」  すみません、本音と建て前を間違えましたわ。国王夫妻と我が家族が不在の夜会で、婚約者の第一王子は高らかに私を糾弾しました。両手に花ならぬ虫を這わせてご機嫌のようですが、下の緩い殿方は嫌われますわよ。  婚約破棄、爵位剥奪、国外追放。すべて揃いました。実家の公爵家の領地に戻った私を出迎えたのは、溺愛する家族が興す新しい国でした。領地改め国土を繁栄させながら、スローライフを楽しみますね。  最高のご褒美でしたわ、ありがとうございます。私、もふもふした聖獣達と幸せになります! ……余計な心配ですけれど、そちらの国は傾いていますね。しっかりなさいませ。 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2022/02/14  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2022/02/13  小説家になろう ハイファンタジー日間59位 ※2022/02/12  完結 ※2021/10/18  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2021/10/19  アルファポリス、HOT 4位 ※2021/10/21  小説家になろう ハイファンタジー日間 17位

【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。

みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」 魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。 ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。 あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で運命的な出会いをする。 【2024年3月16日完結、全58話】

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】身勝手な旦那様と離縁したら、異国で我が子と幸せになれました

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
腹を痛めて産んだ子を蔑ろにする身勝手な旦那様、離縁してくださいませ! 完璧な人生だと思っていた。優しい夫、大切にしてくれる義父母……待望の跡取り息子を産んだ私は、彼らの仕打ちに打ちのめされた。腹を痛めて産んだ我が子を取り戻すため、バレンティナは離縁を選ぶ。復讐する気のなかった彼女だが、新しく出会った隣国貴族に一目惚れで口説かれる。身勝手な元婚家は、嘘がバレて自業自得で没落していった。 崩壊する幸せ⇒異国での出会い⇒ハッピーエンド 元婚家の自業自得ざまぁ有りです。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/07……アルファポリス、女性向けHOT4位 2022/10/05……カクヨム、恋愛週間13位 2022/10/04……小説家になろう、恋愛日間63位 2022/09/30……エブリスタ、トレンド恋愛19位 2022/09/28……連載開始

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

処理中です...