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85章 始まる準備がひと騒動

1175. 裏取引と、策略と

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 緊急招集と重要会議、大公4人が顔を突き合わせるその部屋は、恐ろしい策略の真っ最中だった。

 新しい親が出来たと思えば、何があったのか。もしかして成長したら殺されるのではないだろうか。定期的な健康診断の名目で同席させられた小竜は、部屋の隅で震える。

「つまり、ヴラゴを2年間成長させなきゃいいの?」

 話を聞き終えたルキフェルが尋ねる。顔を見合わせたベールとアスタロトが頷いた。ソファで足を組んだベルゼビュートは、巻毛の先をくるくると回しながら眉を顰める。

「いいじゃない。結婚式を早めちゃえば?」

「絶対にダメです。今でさえ、ロリコン魔王とよばれてるんですよ? これ以上の不名誉はルシファー様の治世に害を」

「魔王が変更できない以上、リリス様を制御するしかありません」

 アスタロトの方向がずれていく話を、ベールが引き戻した。魔王の変更ができない点については、誰も反論しない。今になって別の誰かが魔王になると言われても、全力で殲滅するだけだった。そこに迷いはない。

 この4人の中から誰が担ぎ上げられても、全員辞退する。その上、他の大公が許さないことが明白だった。無駄な議論になるので、ルシファーを魔王のまま維持する方向性で話し合いが続く。その場合、彼のリリスへの甘さが一番の弱点だった。

 どうしてもと強請られたら、準備などすっとばして結婚すると言い出しかねない。不安そうなアスタロトへ、ルキフェルが小竜を抱き上げて見せた。

「ヴラゴの了承が得られたら、成長抑制の術を使ってみようと思う。僕が使ってたから安全は保証するよ」

「……それが一番の解決方法かもしれません」

 育て親に操られたとはいえ、一度は魔王に叛逆した罪人である。現時点で幼児化して養子になっているが、ヴラゴの人権は吹けば飛ぶほど軽かった。というより、ルシファーのためであれば、自分を含めた魔族全体の人権も平気で犠牲にする。性格も容姿も年齢も、すべてがバラバラの大公4人の共通点はそこだけだった。

「ヴラゴ、しばらく子供でもいいよね?」

「甘えることが許される年齢は短いですが、今なら延長が可能です」

 ルキフェルの確認に、ベールがダメ押しする。

「そうよ。寿命が長いんだから、子どもの時間は楽しんだ方がいいわ」

「ルシファー様に抱き上げてもらえる時間が長くなりますよ」

 ベルゼビュートも懐柔に乗りだした。アスタロトも誘惑をチラつかせる。きょろきょろと忙しく4人の実力者の顔を見比べたヴラゴに、選択肢はひとつしかなかった。

 きゅぅ……。

 オッケーです。というか、子どもでいいですから殺さないでください。ぺこりと頭を下げたヴラゴは涙目だった。こんな恐ろしい本音の会議に、自分が混じるのはおかしい。最後に結論だけ突きつけてくれたら、それでよかったのに。ぽたぽた涙を流すヴラゴに、アスタロトがそっとハンカチを当てる。

 ドラゴン特有の小さな手で受け取ったヴラゴは、この人……思ったより優しいかも。と期待の眼差しを向けた。

「いいですか? リリス姫に飽きられてはいけません。手が掛かる赤ちゃんを演じ続けてください。どんなに非道でも我慢するのが仕事ですよ」

「アスタロト、脅したら可哀想よ。安心して、ヴラゴ。お給料を出すわ。金も宝石も洞窟に蓄えるのがドラゴンでしょう?」

 詰め寄るアスタロトの恐ろしい笑顔に震える小竜を取り上げ、豊満な胸に挟んだベルゼビュートが魅力的な提案をする。ドラゴン種にとって、金銀財宝を貯めて隠すのは本能に刻まれた習性のひとつだった。洞窟に自分の財産を貯める。その夢にヴラゴは、あっさり陥落した。

 きゅーっ! 頑張ります。そう告げるヴラゴは、ルキフェルによって成長抑制の魔法陣を鱗に刻んでもらった。これで数年は大きく成長してしまうことはない。

「これで2年は稼げたね」

「「「ええ(そうね)」」」

 ルキフェルに返事をした3人の大公は、それぞれに安堵の表情を浮かべて解散した。残されたヴラゴを抱いて、ルキフェルは魔王の執務室へ向かう。

「術のことを話すと……爆発するからね」

 ぴゃっ!? 驚くヴラゴは、震えながらルキフェルに頷いた。爆発……鱗に刻まれた魔法陣にそんな文字はない。だが自分の背中が見えないヴラゴは、その脅しを信じた。これで口止め完了と微笑むルキフェルは、無邪気さを装って扉を開く。

「お待たせ、ヴラゴの診察終わったよ」
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