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83章 勇者が攻めてくる季節

1148. 許すわけがないでしょ

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「どれを分けてくれるの?」

 どうせ無残に引き裂いて殺すんでしょう。決めつけるベルゼビュートに反論せず、アスタロトは後ろにいる数人を示した。

「あの中から2匹ほど差し上げます」

 己の配下なら人として数える。だが謀反人は駆除する虫と同じだ。数え方で明確に示したアスタロトの口元も笑みに歪んだ。笑うと呼ぶには禍々しい色を浮かべた表情で、彼も愛用の剣を呼び出す。虹色の美しい刃は魔力を凝らせて練り上げた傑作だった。何度か魔力を練ってみたが、同じ色にならず諦めたベルゼビュートが見惚れる。

「相変わらず綺麗ね、その色」

「私の魔力だけでなく呪いも消費しますからね」

 積極的に使っています。体内に封じた呪いを軽減する一面もあるのだと聞き、ベルゼビュートは納得した。なるほど、それならば同じ色を作れるはずがない。呪いと魔力の両方が調和してこその美しさだった。魔王ルシファーが手放しで褒めた虹色が悔しくて製法を尋ねなかったが、すとんと腑に落ちたベルゼビュートは獲物をぐるりと見回す。

「あれと、それ」

 欲しい獲物を指さして示すなり、彼ら2匹の足元に魔法陣を飛ばす。束縛する意図はない。ただの目印だった。吸血種はコウモリや猫に化けて逃げる者も多く、中にはアスタロトのように体を塵にして移動する者もいる。逃がすと面倒だ。

「おやめくださいっ、我々はあなた様のことを想えばこそ」

「いつ頼みましたか? 魔王を卑怯な手段で攻撃しろと……害せとが口にしたとでも?」

 途中で豹変した口調に、ベルゼビュートが苦笑いする。

 この頃の彼は多少理性が緩んでるみたい。俺が顔を出し過ぎよ。封印が緩んだ証拠かしら。そういえば、ルシファーが休暇を与えなくちゃと言ってたわ……このことね。

 妙な納得をしながら、獲物へ飛びかかった。着地で揺れる豊満な胸に向けて、鋭い爪が繰り出される。吸血種は肉体を加工する術に長けているため、全身が武器だった。アスタロトのように目に見える武器を選んで持ち歩く必要がない。

 長く伸ばした15cmほどの爪を、剣で叩き折る。突き立てた剣の先を支点として、ふわりと回転したベルゼビュートの白い足が男の首を捉えた。膝を閉めて勢いを殺さずに地面にたたきつける。ごきっと骨が砕ける音がして、首の骨を膝に敷かれた吸血鬼が血を吐いた。

 回復まで1時間ほど余裕ができた。その間に逃げ始めたもう1匹を捕獲する。軽やかに地を蹴って舞い上がったベルゼビュートの背に、柔らかな蝶の羽が広がった。久しぶりに開放した魔力が周囲に撒き散らされ、キラキラと輝いて鱗粉のようだった。

「逃がさないわ」

 右手の剣を振るうと、腕自体を硬化して受け止められる。嬉しそうに笑うベルゼビュートは左手の指先で紅を塗り直した。ぺろりと舐める赤い舌に鉄錆びた味が広がる。さきほど押さえつけた男が零した血だった。

 鮮血の匂いにごくりと喉を鳴らした男へ、手招きする。つま先だけ着地した彼女が露わにした太腿や胸元が、白く浮き上がって見えた。緊張に体を強張らせる男が、全身を硬化していく。攻撃を防ぎきり、逃げ切るつもりか。

「馬鹿ね、許すわけないでしょ」

 命を捧げた主君を愚弄するなら、その罪は万死に値する。ルシファー自身の口添えでもなければ、確実に命を絶つのが側近の役割だ。全身を固めた男に、ベルゼビュートは見せつけるように剣へ接吻けを贈った。

 焼き切るための炎、振り抜く速度を上げる風、鉱石の硬さを纏う土、最後に……獲物を貫く水。すべての属性を足した剣が、銀色から金色へ刃を変色させる。圧倒的な力で振り下ろした刃は、手応えもなく敵を切り裂いた。両手、両足、胴を横に薙ぐ。転がり落ちた頭を足で踏みつけ、その額を貫いた。

 地面まで刺した刃を抜き、灰になった体を見送る。転がしたもう1匹を振り返ると……アスタロトに処分されていた。

「なんてこと……失敗したわ」
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