上 下
1,119 / 1,397
80章 勇者は魔王の対じゃない?

1114. 吹き飛んだ手料理

しおりを挟む
 ほぼ全員、結界が間に合った。イフリートは頭を抱えて、結界内で座り込む。エプロンのポケットに忍ばせた大公アスタロトの結界は、よい仕事をしてくれた。おかげで指先や髪も千切れていない。いくら炎の精霊族で高温に耐性があっても、爆発で指先が吹き飛ぶ可能性はあるのだ。

 爆発音は2回だった。どうやら調理場の隅に置かれていた小麦粉が吹き飛び、粉塵爆発も重なったようだ。

 ルーサルカは土の壁を作り、ルーシアがコップの水で結界を張った。レライエが上手に温度を操り、風で上に巻き上げたシトリーが安堵の息を吐く。大公女達は無事で、イポスは剣に仕込んだ結界を発動させていた。彼女達の無事を見届けてほっとしたルシファーだが、もちろんリリスの髪一筋も損なわれていない。

「今回も爆発したか」

 ポケットマネーから見舞金と修繕費を捻出するか。アスタロトやベールに相談したところで、公費の許可が下りない気がした。

「驚いたわね」

 自分が原因だと思っていないリリスは、料理=爆発だと勘違いしている。ピヨが入った青卵で作ったプリン以降、リリスが調理すると爆発するのは7割の確率だった。下手な戦いの勝率より高い。ベルゼビュートによれば、厨房の修理を生業とするバッファロー系種族は、羽振りが良いのだという。間違いなくリリスの恩恵だろう。

「あちっ、あ……新しい世界に目覚めちゃう……」

 変な声をあげながら、足元を小型で緑の生き物が走り抜けた。すっかり忘れていたが、レライエはいま婚約者を連れていない。近くの空いた机で待っていた彼は、燃える愛用のバッグを背負ったまま走り回る。新しい世界に目覚めてもいいが、婚約者に捨てられるなよ。

 冷めた目で見送るルシファーの前で、レライエが慌てて飛び出した。爆発が収まった後は、埃が舞い散るだけなので危険は少ない。強いて言えば埃を吸い込んだり、吹き飛んだ破片でケガをする心配だけだった。レライエは器用に温度を操り、上昇気流を利用して自分の周囲の空気を流す。

「アドキスっ、こっち」

「ライ、あついぃ」

 飛び込んできた翡翠竜を受け止め、鱗に引っ掛かったバッグを捨てた。火元がなくなったので、火傷はあるものの楽になったのだろう。婚約者の胸に顔を埋めて幸せそうだ。

「ねえ、アドキスは平気なの?」

「ああ。まったく問題ない。あいつはレライエの抱っこが好きでな、バッグを故意に燃やしたんだと思うぞ」

 本来、ドラゴンは火に強い。自分の周囲に炎の壁を作ることも可能な翡翠竜は、大公候補に名の上がった過去を持つ実力者だった。背中に火傷を負う方が難しいのだ。おそらく数枚の鱗を剥いで、そこに炎を押し付けたに違いない。

 ルシファーは予想の大半を濁し、イフリートに向き直った。階段を駆け下りて来る足音が聞こえる。探るまでもなく、アスタロトを先頭にした料理人一行だ。危険なので休憩にしてもらったのだが、正解だったな。

「ルシファー様! またやらかしたのですか」

「オレじゃないぞ」

 やったのはリリスだ。原因は不明なのだが、毎回爆発する。ルキフェルもすぐに調査目的で飛んで来るだろう。毎回「原因不明」の報告書を出すのが屈辱だと騒いでいた。今回こそはと意気込み、部下を連れて来るに決まってる。

「アスタロト様、あ……りがとうございました」

 イフリートの結界は自動的に展開するものだった。事前に魔力を込めておいて良かったと微笑む大公だが、周囲に追加で魔王の結界も重なっている。こういった速さと正確さは魔王の面目躍如だ。アスタロトへ得意げに胸を張るルシファーに、吸血鬼王は苦笑いした。

「散らかった料理は……復元しましょうか」

 まだ蒸し始めだったので、復元すると生になる。リリス以外の全員が気づいた事実を、誰も指摘せずに曖昧に頷いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される

鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。 レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。 社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。 そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。 レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。 R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。 ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。

名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

藤一
恋愛
消失か残留か・・異世界での私の未来は、この二つしか無いらしい・・。 残業帰りの最終電車に乗っていたら、私は異世界トリップしてしまった。 異世界に飛ばされたショックの所為か、私は自分の名前を忘れてしまう。 飛ばされた先では、勝手に「オオトリ様」と呼ばれ「繁栄の象徴」だと大切にされる事に。 戻れる可能性が高いが、万が一、戻れなかった時の為に、一人では寂しかろうと「生涯の伴侶」(複数)まで選定中。 「自分の名前を思い出せば還れるかも」と言うヒントを貰うが、それには伴侶候補たちとの交流が非常に重要らしい。 元の世界に戻る(かもしれない)私が、還る為だけに伴侶候補たちと絆を深めなきゃいけないって・・! ********** R18な内容を含む話には※を付けております(もれている場合はお知らせ下さい)苦手な方はご注意を下さい。 じれじれなので、じれったい展開が苦手な方もご注意下さい。

【R18】ひとりで異世界は寂しかったのでペット(男)を飼い始めました

桜 ちひろ
恋愛
最近流行りの異世界転生。まさか自分がそうなるなんて… 小説やアニメで見ていた転生後はある小説の世界に飛び込んで主人公を凌駕するほどのチート級の力があったり、特殊能力が!と思っていたが、小説やアニメでもみたことがない世界。そして仮に覚えていないだけでそういう世界だったとしても「モブ中のモブ」で間違いないだろう。 この世界ではさほど珍しくない「治癒魔法」が使えるだけで、特別な魔法や魔力はなかった。 そして小さな治療院で働く普通の女性だ。 ただ普通ではなかったのは「性欲」 前世もなかなか強すぎる性欲のせいで苦労したのに転生してまで同じことに悩まされることになるとは… その強すぎる性欲のせいでこちらの世界でも25歳という年齢にもかかわらず独身。彼氏なし。 こちらの世界では16歳〜20歳で結婚するのが普通なので婚活はかなり難航している。 もう諦めてペットに癒されながら独身でいることを決意した私はペットショップで小動物を飼うはずが、自分より大きな動物…「人間のオス」を飼うことになってしまった。 特に躾はせずに番犬代わりになればいいと思っていたが、この「人間のオス」が私の全てを満たしてくれる最高のペットだったのだ。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

モブだった私、今日からヒロインです!

まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。 このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。 そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。 だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン…… モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして? ※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。 ※印はR部分になります。

病弱聖女は生を勝ち取る

代永 並木
ファンタジー
聖女は特殊な聖女の魔法と呼ばれる魔法を使える者が呼ばれる称号 アナスタシア・ティロスは不治の病を患っていた その上、聖女でありながら魔力量は少なく魔法を一度使えば疲れてしまう そんなアナスタシアを邪魔に思った両親は森に捨てる事を決め睡眠薬を入れた食べ物を食べさせ寝ている間に馬車に乗せて運んだ 捨てられる前に起きたアナスタシアは必死に抵抗するが抵抗虚しく腹に剣を突き刺されてしまう 傷を負ったまま森の中に捨てられてたアナスタシアは必死に生きようと足掻く そんな中不幸は続き魔物に襲われてしまうが死の淵で絶望の底で歯車が噛み合い力が覚醒する それでもまだ不幸は続く、アナスタシアは己のやれる事を全力で成す

天涯孤独になった僕をイケメン外国人が甘やかしてくれます

波木真帆
BL
日本の田舎町に住む高校生の僕・江波弓弦は、物心ついた時には家族は母しかいなかった。けれど、僕の顔には父の痕跡がありありと残っていた。 光に当たると金髪にも見える薄い茶色の髪、そしてグリーンがかった茶色の瞳……日本人の母にはないその特徴で、父は外国人なのだと分かった。けれど、父の手がかりはそれだけ。母に何度か父のことを尋ねたけれど、悲しそうな顔をするだけで、僕は聞いてはいけないことだと悟り、父のことを聞くのをやめた。母ひとり子ひとりで大変ながらも幸せに暮らしていたある日、突然の事故で母を失い、天涯孤独になってしまう。 どうしたらいいか途方に暮れていた時、母が何かあった時のためにと残してくれていたものを思い出し、それを取り出すと一枚の紙が出てきて、そこには11桁の数字が書かれていた。 それが携帯番号だと気づいた僕は、その番号にかけて思いがけない人物と出会うことになり……。 イケメンでセレブな外国人社長と美少年高校生のハッピーエンド小説です。 R18には※つけます。

【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!

Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥ 財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。 ”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。 財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。 財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!! 青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!! 関連物語 『お嬢様は“いけないコト”がしたい』 『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中 『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位 『好き好き大好きの嘘』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位 『約束したでしょ?忘れちゃった?』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位 ※表紙イラスト Bu-cha作

処理中です...