上 下
1,079 / 1,397
78章 温泉旅行は驚きがいっぱい

1074. 温泉のお湯が、ない

しおりを挟む
 大公女達を伴って外へ出たアスタロトが、念のために結界を張った。自分達を守る結界ではなく、周囲を守る結界を張る辺りが彼らしい。ルシファーが何かしでかす可能性をもっとも理解していて、それ以上に彼に何かあると心配する必要がないと分かっている。

 不安そうなヤンがうろうろと歩き回り、イポスは固く手を握り締めた。

「そんなに心配はいりません。魔王の護衛は形だけですからね」

 何しろ最強の名を欲しいままにする純白の魔王だ。そう告げたアスタロトに、イポスは小声で返した。

「お言葉ですが、心配なのはリリス様です」

「……平気でしょう」

 外的な被害からはルシファーが守る。命に代えても守るだろうが……問題は、彼女自身が何か仕出かす可能性が大きいことだった。今回は魔力を封じられているし、問題を起こしようがないはず。

 ふわりと温かな風が吹いて、焼け焦げた屋敷の奥から魔力が溢れる。きらきらと輝きを散らしながら復元魔法陣が発動した。美しい光景に、レライエとシトリーが感嘆の声をあげる。

「問題なかったようですね」

 爆発も噴火もなく、大地が陥没もしなかった。屋敷が元に戻ったのを確かめ、アスタロトは結界を解除する。勢いよく飛び込んだのは、ピヨを背に乗せたヤンだ。追いかけるイポスも早足だった。気が急いているのは、護衛としての責任感だろうか。真面目な1人と1匹を見送り、アスタロトは少女2人を従えて足を踏み入れる。

「ピヨ、こっちにいたのか!」

 保護者を兼ねる番のアラエルがふわりと着地した。門番の仕事を終えて交代したついでに、火口にいるピヨを訪ねたらしい。わざわざ顔を見に来たピヨを追いかけ、この屋敷にたどり着いた。大きすぎる体を器用に屈め、鳳凰はピヨに頬ずりする。

「また何かありましたか?」

 心配そうに尋ねるのは、いつもピヨが迷惑をかけている自覚があるからだ。罰の1ヵ月面会禁止も堪えたのだろう。早めにトラブルを聞き出してお詫びする方針に切り替えていた。

「今回はもう終わりました」

 問題を起こさなかったと言えば嘘になる。しかし悪気はなく掃除に失敗しただけで、後始末は魔王自ら行ったので罰する気はなかった。アスタロトは簡単に経緯を説明しながら屋敷の復元状況を確かめる。

 廊下に置かれた花瓶や、焦げた屋根も元通りだった。満足げに頷きながら歩いていたアスタロトは、甲高い悲鳴に慌てて方向転換をする。声が聞こえたのは露天風呂がある方角だった。護衛のイポス達が駆け付ける足音が響き、後ろの少女達も全力で廊下を走る。

 飛び込んだ先は、湯気のない露天風呂だった。

「……お湯が、ない」

 呆然とするルシファーの声が、湯の枯れた湯船に反響した。驚いて叫んだのはリリスらしい。以前に入浴した掛け流しの温泉が消えた光景に、アスタロトも唖然とした。湯船の状態を見る限り、ここ数日で枯れたわけではなさそうだ。復元によって、数日前の状態に戻ったはず。湯が消える現象はおかしい。

「最後に使ったのは……誰でしたか?」

 使用許可を出した記録を思い浮かべるアスタロトの横で、アラエルが「あっ」と声をあげた。振り返った人々の注目を浴びながら、申し訳なさそうに心当たりを告げる。

「確実ではないのですが。先日ピヨを迎えに行ったときに鳳凰のある夫婦が喧嘩をしておりまして……火口の形が多少変わりました。温泉に影響が出てはいけないと、デカラビア子爵家に確認しております。温泉街の湯量は変化なかったんですが」

 その報告は受けている。問題なかったどころか、多少湯量が増えた気がすると書類に記されていた。とすれば……増えた分のお湯の出どころはこの屋敷である可能性が高い。

「ここの確認はしなかった、と?」

「はい」

 告げ口みたいで気が咎めるアラエルに、ピヨが飛び乗って慰める。その微笑ましい光景をみながら、ルシファーが溜め息をついた。

「風呂に入るには、火口へ行く必要がありそうだな」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される

鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。 レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。 社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。 そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。 レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。 R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。 ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。

名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

藤一
恋愛
消失か残留か・・異世界での私の未来は、この二つしか無いらしい・・。 残業帰りの最終電車に乗っていたら、私は異世界トリップしてしまった。 異世界に飛ばされたショックの所為か、私は自分の名前を忘れてしまう。 飛ばされた先では、勝手に「オオトリ様」と呼ばれ「繁栄の象徴」だと大切にされる事に。 戻れる可能性が高いが、万が一、戻れなかった時の為に、一人では寂しかろうと「生涯の伴侶」(複数)まで選定中。 「自分の名前を思い出せば還れるかも」と言うヒントを貰うが、それには伴侶候補たちとの交流が非常に重要らしい。 元の世界に戻る(かもしれない)私が、還る為だけに伴侶候補たちと絆を深めなきゃいけないって・・! ********** R18な内容を含む話には※を付けております(もれている場合はお知らせ下さい)苦手な方はご注意を下さい。 じれじれなので、じれったい展開が苦手な方もご注意下さい。

【R18】ひとりで異世界は寂しかったのでペット(男)を飼い始めました

桜 ちひろ
恋愛
最近流行りの異世界転生。まさか自分がそうなるなんて… 小説やアニメで見ていた転生後はある小説の世界に飛び込んで主人公を凌駕するほどのチート級の力があったり、特殊能力が!と思っていたが、小説やアニメでもみたことがない世界。そして仮に覚えていないだけでそういう世界だったとしても「モブ中のモブ」で間違いないだろう。 この世界ではさほど珍しくない「治癒魔法」が使えるだけで、特別な魔法や魔力はなかった。 そして小さな治療院で働く普通の女性だ。 ただ普通ではなかったのは「性欲」 前世もなかなか強すぎる性欲のせいで苦労したのに転生してまで同じことに悩まされることになるとは… その強すぎる性欲のせいでこちらの世界でも25歳という年齢にもかかわらず独身。彼氏なし。 こちらの世界では16歳〜20歳で結婚するのが普通なので婚活はかなり難航している。 もう諦めてペットに癒されながら独身でいることを決意した私はペットショップで小動物を飼うはずが、自分より大きな動物…「人間のオス」を飼うことになってしまった。 特に躾はせずに番犬代わりになればいいと思っていたが、この「人間のオス」が私の全てを満たしてくれる最高のペットだったのだ。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

モブだった私、今日からヒロインです!

まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。 このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。 そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。 だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン…… モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして? ※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。 ※印はR部分になります。

病弱聖女は生を勝ち取る

代永 並木
ファンタジー
聖女は特殊な聖女の魔法と呼ばれる魔法を使える者が呼ばれる称号 アナスタシア・ティロスは不治の病を患っていた その上、聖女でありながら魔力量は少なく魔法を一度使えば疲れてしまう そんなアナスタシアを邪魔に思った両親は森に捨てる事を決め睡眠薬を入れた食べ物を食べさせ寝ている間に馬車に乗せて運んだ 捨てられる前に起きたアナスタシアは必死に抵抗するが抵抗虚しく腹に剣を突き刺されてしまう 傷を負ったまま森の中に捨てられてたアナスタシアは必死に生きようと足掻く そんな中不幸は続き魔物に襲われてしまうが死の淵で絶望の底で歯車が噛み合い力が覚醒する それでもまだ不幸は続く、アナスタシアは己のやれる事を全力で成す

天涯孤独になった僕をイケメン外国人が甘やかしてくれます

波木真帆
BL
日本の田舎町に住む高校生の僕・江波弓弦は、物心ついた時には家族は母しかいなかった。けれど、僕の顔には父の痕跡がありありと残っていた。 光に当たると金髪にも見える薄い茶色の髪、そしてグリーンがかった茶色の瞳……日本人の母にはないその特徴で、父は外国人なのだと分かった。けれど、父の手がかりはそれだけ。母に何度か父のことを尋ねたけれど、悲しそうな顔をするだけで、僕は聞いてはいけないことだと悟り、父のことを聞くのをやめた。母ひとり子ひとりで大変ながらも幸せに暮らしていたある日、突然の事故で母を失い、天涯孤独になってしまう。 どうしたらいいか途方に暮れていた時、母が何かあった時のためにと残してくれていたものを思い出し、それを取り出すと一枚の紙が出てきて、そこには11桁の数字が書かれていた。 それが携帯番号だと気づいた僕は、その番号にかけて思いがけない人物と出会うことになり……。 イケメンでセレブな外国人社長と美少年高校生のハッピーエンド小説です。 R18には※つけます。

【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!

Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥ 財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。 ”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。 財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。 財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!! 青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!! 関連物語 『お嬢様は“いけないコト”がしたい』 『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中 『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位 『好き好き大好きの嘘』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位 『約束したでしょ?忘れちゃった?』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位 ※表紙イラスト Bu-cha作

処理中です...