上 下
1,060 / 1,397
77章 解決すれば問題ない

1055. 女性以外入室禁止

しおりを挟む
 アベルが倒れているのを見つけたのは、偶然通りかかったアラクネだった。仲間が持っている見本の布を受け取りに中庭へ向かう途中、軽く踏んづけたのだ。脚の下から聞こえた、ぐぇ……という呻き声に、慌ててコボルト達を呼んだ。

 回収されたアベルに大きな外傷は見当たらず、踏まれた痕が脇腹に残っている程度だった。しかし彼が診察を受けている間に、ルキフェルからの連絡がきたのだ。そこで侍従のベリアルが正直に状況を報告し、焦った大公が転移で中庭へ飛び込んだ。大きな騒ぎの割に、アベルは空腹以外の異常はない。

「連れて行くから」

 回収して消えるルキフェルを見送り、ベールは己の城の様子を確かめるという名目で休暇を取った。忙しい時期なのでやめて欲しいと思う。だが、似たようなタイミングで眠りに入った過去のあるアスタロトは、何も言わずに許可の印を押した。

 何かあれば呼び出せばいいでしょう。そんな軽い気持ちが、そのままフラグになるとは……。




「きゃぁあああ!!」

「ルシファーっ! ルシファ……」

「おケガを!?」

 同僚を見送った直後、アスタロトの耳に届いたのは少女達の取り乱した声だった。蝙蝠の翼を持つ吸血種は耳がいい。普段はほとんどの声を聞き流して処理するが、ルーサルカの声が混じっていた。主君の名を呼ぶリリスの声は、半泣きだった。

 ケガという単語に反応し、慌てて執務室を飛び出す。走る直前の速さで廊下を進む侍女を見つけ、後を追いかけた。声が聞こえた方角に廊下の角を曲がり、その先で……入室を拒まれる。

「何故ですか?」

 声と表情が険しくなるのも当然だ。中で何かトラブルが起きたなら、魔王の側近であるアスタロトを拒む理由はない。しかし妻アデーレは、侍女長の肩書を振り翳して留めた。

 侍女長である彼女は、魔王城の管理人としての地位があり魔王妃となる姫の後見人でもある。リリスがいる室内への立ち入りを拒む権利があった。だが緊急時は大公の権限が優先するはずだ。

 口早にそう告げるが、一番心配なのは義娘ルーサルカだった。それを見抜いたアデーレが娘を手招く。半泣きで鼻を啜るルーサルカを、夫の腕に押し付けた。

「外にいて、男性の立ち入りを禁止します。ルカ、アスタロト大公閣下を入室させてはいけません。いいですね?」

 疑問系だが命令の声色に、ルーサルカは勢いよく頷いた。満足そうにアデーレは扉を閉めた。だが窓から入った風が血の匂いを運ぶ。

「中で出血した者がいますね」

「お義父様、後で説明しますから今は下がってください」

 両手を広げて扉を背で守る態度を見せるルーサルカに、アスタロトは大きく息を吐き出した。彼女を押しのけて入ろうとは思わない。その意味で、アデーレがルーサルカを外に出したのは正解だった。

「わかりました。説明してくれるのですね」

「はい……リリス様が落ち着いたら、必ず」

 どうやら騒動の中心は、リリスのようだ。落ち着くまで待てと言われれば、そこは従うしかない。リリスが採寸に使ったのは、広めの会議室だった。隣の少し小さな会議室は誰も使っておらず、ひとまず隣室に待機となった。

 廊下をバタバタと走ってきたベルゼビュートが、扉を守るルーサルカに頷いて中に入る。女性しか入室させない判断は、ケガの場所が問題か。異性に見せられない場所をケガしたなら、今の状況も理解できた。夫でも婚約者でもない男に、魔王妃となる女性の肌を見せるわけにいかないだろう。納得しながら待つアスタロトのいる会議室へ、肩を落としたケットシーが入ってきた。

 中にいたのだろう、リリスの血の匂いが微かについている。

「何があったのですか?」

「わかりません」

 申し訳なさそうに頭を下げるケットシーは、まだ下っ端なのだと名乗った。上司である女性の補佐として入室していたが、姫が出血したと聞いた直後に外へ出された。その際、見本素材を並べていて室内の状況は、何も見ていない。

 ルシファーの魔力を探ると、隣室にいるようだ。あの騒ぎと呼び声で、すぐに転移したのだろう。魔王がいる上、治癒に長けたベルゼビュートが入室したなら、すぐに治るでしょう。そう考え、アスタロトはソファに深く身を沈めた。
しおりを挟む
感想 851

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」 「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」  公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。  理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。  王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!  頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。 ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2021/08/16  「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過 ※2021/01/30  完結 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう

【完結】聖獣もふもふ建国記 ~国外追放されましたが、我が領地は国を興して繁栄しておりますので御礼申し上げますね~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
 婚約破棄、爵位剥奪、国外追放? 最高の褒美ですね。幸せになります!  ――いま、何ておっしゃったの? よく聞こえませんでしたわ。 「ずいぶんと巫山戯たお言葉ですこと! ご自分の立場を弁えて発言なさった方がよろしくてよ」  すみません、本音と建て前を間違えましたわ。国王夫妻と我が家族が不在の夜会で、婚約者の第一王子は高らかに私を糾弾しました。両手に花ならぬ虫を這わせてご機嫌のようですが、下の緩い殿方は嫌われますわよ。  婚約破棄、爵位剥奪、国外追放。すべて揃いました。実家の公爵家の領地に戻った私を出迎えたのは、溺愛する家族が興す新しい国でした。領地改め国土を繁栄させながら、スローライフを楽しみますね。  最高のご褒美でしたわ、ありがとうございます。私、もふもふした聖獣達と幸せになります! ……余計な心配ですけれど、そちらの国は傾いていますね。しっかりなさいませ。 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2022/02/14  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2022/02/13  小説家になろう ハイファンタジー日間59位 ※2022/02/12  完結 ※2021/10/18  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2021/10/19  アルファポリス、HOT 4位 ※2021/10/21  小説家になろう ハイファンタジー日間 17位

【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。

みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」 魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。 ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。 あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で運命的な出会いをする。 【2024年3月16日完結、全58話】

ReBirth 上位世界から下位世界へ

小林誉
ファンタジー
ある日帰宅途中にマンホールに落ちた男。気がつくと見知らぬ部屋に居て、世界間のシステムを名乗る声に死を告げられる。そして『あなたが落ちたのは下位世界に繋がる穴です』と説明された。この世に現れる天才奇才の一部は、今のあなたと同様に上位世界から落ちてきた者達だと。下位世界に転生できる機会を得た男に、どのような世界や環境を希望するのか質問される。男が出した答えとは―― ※この小説の主人公は聖人君子ではありません。正義の味方のつもりもありません。勝つためならどんな手でも使い、売られた喧嘩は買う人物です。他人より仲間を最優先し、面倒な事が嫌いです。これはそんな、少しずるい男の物語。 1~4巻発売中です。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

処理中です...