1,019 / 1,397
73章 誤算と失われる痛み
1014. これは年長者の役目よ
しおりを挟む
奇妙な道具を使う人族を発見した。その報告に飛んだのは、若い竜族だ。残った吸血種はそれぞれに得意な術で、掃討作業を続けた。
火薬の弾ける爆音が響く戦場で、霧や蝙蝠の群れとなって攻撃を交わす吸血鬼の動きは、人族に混乱をもたらす。近づいた若い吸血鬼が、銃を構える女性の首筋に噛み付いた。小腹がすいた程度の感覚だった。無理に食べる必要はないが、もったいないと考えたのだ。
「きゃああああ!」
つんざくような悲鳴の直後、ドンと鈍い音がして若い吸血鬼が目を見開く。体から力が抜け、手足の末端から灰になった身体が千切れた。信じられない面持ちで牙を抜き、獲物を放り出す。女の手は赤く濡れ、その指が掴んだ金属が煙を吐き出した。
腹部を貫かれた痛みに、甲高い警告音を発する。吸血種や蝙蝠など超音波を聞き取れる一部の同族へ向け、若い吸血鬼は断末魔に似た声を放った。聞き取った同族が遠巻きに集まり、崩れて塵になった仲間の姿に絶句する。
仕事として淡々と行われていた駆除作業が、変化した瞬間だった。憎悪を滲ませる報復の声が上がり、若い吸血鬼を殺した女は炎で焼き尽くされる。生きたまま末端から焼かれる女が息堪える頃、他の人族への過剰な反撃が始まった。
あっという間に憎悪と怒りが感染していく。止める上位者が不在の戦場は、必要以上に残虐な行為が横行した。一撃で奪える命を甚振る彼らの上に、モレクが到着したのはこの頃だ。
「なんという……陛下に顔向けが出来ぬぞ」
嘆く神龍の長老の声に、我に返る者が出始めた。慌てて周囲の同族を宥めるが、追い詰められた人族は必死だ。窮鼠猫を噛む――どれほど弱くても、反撃される可能性はあった。
ましてや異世界との間に空いた穴から降ってきた人族は、この世界にない武器を所持している。そのことを失念した魔族へ向け、大きな筒状の武器が向けられた。だが人族に脅威を感じない龍は、のったりと長い体を空中でくねらせる。
「モレク様、この場は収めますゆえ」
「一度お引きください」
新たな子供達が生まれない種族は、戦場で優先的に退く権利を得る。それは数を減らさぬための法であり、他種族の気遣いだった。素直に頷いた長老モレクの巨体だが、彼は後ろから攻撃を受けた若いエルフに気づく。
「若者を助けるは年長者の役目よ」
己の寿命を省みて、これが最後の戦場だろう。ならば若者を見捨てて生き残る、見苦しい真似は出来ぬ。モレクは尾でエルフを庇った。その動きでモレクの運命が決まる。逃げなかった彼の無防備に晒された腹部で、複数の爆発が起きた。
「撃てっ!」
「すべて撃ち込んで逃げるぞ」
「早くしろ」
「装填した弾が……うわっ」
爆音と同時に破裂した龍体が、ぐらりと傾く。霧や蝙蝠になる吸血種と違い、龍はその巨体が的になった。人族が新たに手にした異世界人の武器は、両手で抱えるほどの火薬を詰めた弾を上空まで飛ばし、モレクの顔や腹を直撃する。吸血種が張った魔法障壁をすり抜けた弾が当たり、焦って物理反射の結界を張るが……時すでに遅かった。
「ぐっ、よけ……ろ」
かろうじて味方に叫んだのを最後に、巨体は大地に叩きつけられた。ぐちゃりと潰れる音がして、逃げ損ねた人族が巻き添えになる。建物を壊し、数十人を押し潰した巨体が痙攣し、その口から赤い血が吐き出された。
「へい、か……」
お役に立てず、申し訳ございません。声にならないモレクの謝罪に、吸血種の助けを求める音が響き渡った。転移の使える数人が、治癒の得意な精霊族や魔王軍の精鋭を連れに飛ぶ。混乱した戦場で、なんとか助かった人族が這い出た。
「今のうちに……」
逃げようと続く言葉への返答は、骨まで溶かす高温の炎と吐き捨てる一言だった。
「死ね」
吸血鬼が放った冷淡な声で、人族は最後の1人まで焼き尽くされる。肉の焦げる臭いと骨が溶ける音が不快な戦場で、巨大な龍の体から魔力が零れ落ちた。
「モレク様が……っ」
火薬の弾ける爆音が響く戦場で、霧や蝙蝠の群れとなって攻撃を交わす吸血鬼の動きは、人族に混乱をもたらす。近づいた若い吸血鬼が、銃を構える女性の首筋に噛み付いた。小腹がすいた程度の感覚だった。無理に食べる必要はないが、もったいないと考えたのだ。
「きゃああああ!」
つんざくような悲鳴の直後、ドンと鈍い音がして若い吸血鬼が目を見開く。体から力が抜け、手足の末端から灰になった身体が千切れた。信じられない面持ちで牙を抜き、獲物を放り出す。女の手は赤く濡れ、その指が掴んだ金属が煙を吐き出した。
腹部を貫かれた痛みに、甲高い警告音を発する。吸血種や蝙蝠など超音波を聞き取れる一部の同族へ向け、若い吸血鬼は断末魔に似た声を放った。聞き取った同族が遠巻きに集まり、崩れて塵になった仲間の姿に絶句する。
仕事として淡々と行われていた駆除作業が、変化した瞬間だった。憎悪を滲ませる報復の声が上がり、若い吸血鬼を殺した女は炎で焼き尽くされる。生きたまま末端から焼かれる女が息堪える頃、他の人族への過剰な反撃が始まった。
あっという間に憎悪と怒りが感染していく。止める上位者が不在の戦場は、必要以上に残虐な行為が横行した。一撃で奪える命を甚振る彼らの上に、モレクが到着したのはこの頃だ。
「なんという……陛下に顔向けが出来ぬぞ」
嘆く神龍の長老の声に、我に返る者が出始めた。慌てて周囲の同族を宥めるが、追い詰められた人族は必死だ。窮鼠猫を噛む――どれほど弱くても、反撃される可能性はあった。
ましてや異世界との間に空いた穴から降ってきた人族は、この世界にない武器を所持している。そのことを失念した魔族へ向け、大きな筒状の武器が向けられた。だが人族に脅威を感じない龍は、のったりと長い体を空中でくねらせる。
「モレク様、この場は収めますゆえ」
「一度お引きください」
新たな子供達が生まれない種族は、戦場で優先的に退く権利を得る。それは数を減らさぬための法であり、他種族の気遣いだった。素直に頷いた長老モレクの巨体だが、彼は後ろから攻撃を受けた若いエルフに気づく。
「若者を助けるは年長者の役目よ」
己の寿命を省みて、これが最後の戦場だろう。ならば若者を見捨てて生き残る、見苦しい真似は出来ぬ。モレクは尾でエルフを庇った。その動きでモレクの運命が決まる。逃げなかった彼の無防備に晒された腹部で、複数の爆発が起きた。
「撃てっ!」
「すべて撃ち込んで逃げるぞ」
「早くしろ」
「装填した弾が……うわっ」
爆音と同時に破裂した龍体が、ぐらりと傾く。霧や蝙蝠になる吸血種と違い、龍はその巨体が的になった。人族が新たに手にした異世界人の武器は、両手で抱えるほどの火薬を詰めた弾を上空まで飛ばし、モレクの顔や腹を直撃する。吸血種が張った魔法障壁をすり抜けた弾が当たり、焦って物理反射の結界を張るが……時すでに遅かった。
「ぐっ、よけ……ろ」
かろうじて味方に叫んだのを最後に、巨体は大地に叩きつけられた。ぐちゃりと潰れる音がして、逃げ損ねた人族が巻き添えになる。建物を壊し、数十人を押し潰した巨体が痙攣し、その口から赤い血が吐き出された。
「へい、か……」
お役に立てず、申し訳ございません。声にならないモレクの謝罪に、吸血種の助けを求める音が響き渡った。転移の使える数人が、治癒の得意な精霊族や魔王軍の精鋭を連れに飛ぶ。混乱した戦場で、なんとか助かった人族が這い出た。
「今のうちに……」
逃げようと続く言葉への返答は、骨まで溶かす高温の炎と吐き捨てる一言だった。
「死ね」
吸血鬼が放った冷淡な声で、人族は最後の1人まで焼き尽くされる。肉の焦げる臭いと骨が溶ける音が不快な戦場で、巨大な龍の体から魔力が零れ落ちた。
「モレク様が……っ」
20
お気に入りに追加
4,892
あなたにおすすめの小説
【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される
鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。
レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。
社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。
そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。
レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。
R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。
ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。
名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです
藤一
恋愛
消失か残留か・・異世界での私の未来は、この二つしか無いらしい・・。
残業帰りの最終電車に乗っていたら、私は異世界トリップしてしまった。
異世界に飛ばされたショックの所為か、私は自分の名前を忘れてしまう。
飛ばされた先では、勝手に「オオトリ様」と呼ばれ「繁栄の象徴」だと大切にされる事に。
戻れる可能性が高いが、万が一、戻れなかった時の為に、一人では寂しかろうと「生涯の伴侶」(複数)まで選定中。
「自分の名前を思い出せば還れるかも」と言うヒントを貰うが、それには伴侶候補たちとの交流が非常に重要らしい。
元の世界に戻る(かもしれない)私が、還る為だけに伴侶候補たちと絆を深めなきゃいけないって・・!
**********
R18な内容を含む話には※を付けております(もれている場合はお知らせ下さい)苦手な方はご注意を下さい。
じれじれなので、じれったい展開が苦手な方もご注意下さい。
【R18】ひとりで異世界は寂しかったのでペット(男)を飼い始めました
桜 ちひろ
恋愛
最近流行りの異世界転生。まさか自分がそうなるなんて…
小説やアニメで見ていた転生後はある小説の世界に飛び込んで主人公を凌駕するほどのチート級の力があったり、特殊能力が!と思っていたが、小説やアニメでもみたことがない世界。そして仮に覚えていないだけでそういう世界だったとしても「モブ中のモブ」で間違いないだろう。
この世界ではさほど珍しくない「治癒魔法」が使えるだけで、特別な魔法や魔力はなかった。
そして小さな治療院で働く普通の女性だ。
ただ普通ではなかったのは「性欲」
前世もなかなか強すぎる性欲のせいで苦労したのに転生してまで同じことに悩まされることになるとは…
その強すぎる性欲のせいでこちらの世界でも25歳という年齢にもかかわらず独身。彼氏なし。
こちらの世界では16歳〜20歳で結婚するのが普通なので婚活はかなり難航している。
もう諦めてペットに癒されながら独身でいることを決意した私はペットショップで小動物を飼うはずが、自分より大きな動物…「人間のオス」を飼うことになってしまった。
特に躾はせずに番犬代わりになればいいと思っていたが、この「人間のオス」が私の全てを満たしてくれる最高のペットだったのだ。
兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜
藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。
__婚約破棄、大歓迎だ。
そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った!
勝負は一瞬!王子は場外へ!
シスコン兄と無自覚ブラコン妹。
そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。
周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!?
短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています
カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。
モブだった私、今日からヒロインです!
まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。
このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。
そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。
だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン……
モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして?
※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。
※印はR部分になります。
病弱聖女は生を勝ち取る
代永 並木
ファンタジー
聖女は特殊な聖女の魔法と呼ばれる魔法を使える者が呼ばれる称号
アナスタシア・ティロスは不治の病を患っていた
その上、聖女でありながら魔力量は少なく魔法を一度使えば疲れてしまう
そんなアナスタシアを邪魔に思った両親は森に捨てる事を決め睡眠薬を入れた食べ物を食べさせ寝ている間に馬車に乗せて運んだ
捨てられる前に起きたアナスタシアは必死に抵抗するが抵抗虚しく腹に剣を突き刺されてしまう
傷を負ったまま森の中に捨てられてたアナスタシアは必死に生きようと足掻く
そんな中不幸は続き魔物に襲われてしまうが死の淵で絶望の底で歯車が噛み合い力が覚醒する
それでもまだ不幸は続く、アナスタシアは己のやれる事を全力で成す
天涯孤独になった僕をイケメン外国人が甘やかしてくれます
波木真帆
BL
日本の田舎町に住む高校生の僕・江波弓弦は、物心ついた時には家族は母しかいなかった。けれど、僕の顔には父の痕跡がありありと残っていた。
光に当たると金髪にも見える薄い茶色の髪、そしてグリーンがかった茶色の瞳……日本人の母にはないその特徴で、父は外国人なのだと分かった。けれど、父の手がかりはそれだけ。母に何度か父のことを尋ねたけれど、悲しそうな顔をするだけで、僕は聞いてはいけないことだと悟り、父のことを聞くのをやめた。母ひとり子ひとりで大変ながらも幸せに暮らしていたある日、突然の事故で母を失い、天涯孤独になってしまう。
どうしたらいいか途方に暮れていた時、母が何かあった時のためにと残してくれていたものを思い出し、それを取り出すと一枚の紙が出てきて、そこには11桁の数字が書かれていた。
それが携帯番号だと気づいた僕は、その番号にかけて思いがけない人物と出会うことになり……。
イケメンでセレブな外国人社長と美少年高校生のハッピーエンド小説です。
R18には※つけます。
【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!
Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥
財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。
”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。
財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。
財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!!
青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!!
関連物語
『お嬢様は“いけないコト”がしたい』
『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中
『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位
『好き好き大好きの嘘』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位
『約束したでしょ?忘れちゃった?』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位
※表紙イラスト Bu-cha作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる