1,000 / 1,397
72章 世界の異物を取り除くか
995. 残酷とはどちらから見た景色か
しおりを挟む
襲ってくる魔族のせいで、俺らの生活は貧しい。王様が何度も戦いを挑んで、騎士や兵士が犠牲になって……国が滅ぼされた。神はいないのか?
俺の息子達は3人とも志願して殺されちまった。もう年老いた妻と死んでいくだけ。孫もいないし、人生に希望なんてない。この国だけじゃなく、すべての国が魔族に蹂躙されたと聞いた。
数年前から急に攻める回数が増えた魔族を防ぐ手立てを、誰も知らない。そして魔族の襲撃を知らせる鐘が鳴り……年老いた夫婦は顔を見合わせた。息子の仇をとりたいが、建物ほどもある巨大狼や、翼の生えた強そうな竜に勝つ方法がない。
家の外で聞こえる悲鳴に耳を塞ぎ、恐ろしさに漏れる悲鳴を噛み殺し、一番奥の部屋で震えるだけ。がたがたと家が揺れ、咆哮をあげた熊が突入し、俺は妻を抱き締めた。死ぬときは一緒だ。
「……っ、かみ、さま」
助けを求める妻の声が最後だった。何も聞こえなくなり、恐怖も痛みも感じる間もない。ぐしゃりと叩き潰された夫婦をちらりと確認し、魔熊は次の家に飛び掛かった。
少し先で魔狼や魔鹿も家ごと人族を処理していく。噛んで振り回す必要はなく、みすぼらしい小屋に体重をかけて潰した。わずかに感じる人族の魔力が消えたのを確かめ、次の家に向かう。そこに憎悪はなかった。
数はたくさんある。出来るだけ苦しめずに、安らかな死を確実に与える――大公を通じて周知された命令を遂行するため、魔獣達は大地を蹂躙した。
「村などの集落は魔獣に、中規模都市は彼らに加えてリザードマンやエルフが抑えます。大きな都市に関しては、敵の反撃が予想されるため竜を筆頭とした魔王軍の精鋭を先行させましょう」
ベールの指示は的確だった。組織立った抵抗が想定される場所から強者を配置する。魔獣達は魔法による攻撃に弱く、また冬が近づくこの季節は巣篭もりの準備がある。あまり奥深くまで攻め込めば、冬への備えが間に合わなくなるだろう。
人族の王侯貴族が逃げ込む大きな都は、魔術師による攻撃が想定される。先日から落下した人族の武器も中央へ集まるはずだ。竜や龍のように、鱗で物理的な防御が可能な種族が先頭に立つべきだった。
「教会……」
独特な建物に目を止めたルキフェルがくるりと旋回した。背の翼を傾け、風を操りながら教会の屋根に降り立つ。民がどれだけ苦しもうと疲弊しようがお構いなしで、金を注ぎ込んだ建物だ。神とやらが存在するなら、このような輩に協力する愚者であり、崇められる価値はない。
魔族を悪だと断定し、滅ぼせと命じるのは王族より教会だった。美しく塗装された屋根を、ルキフェルの一撃が破る。破片が落ちた先で悲鳴や怒号が響いた。
「僕、ここで遊んでいくよ。ベールはどうする?」
「先に王城へ向かいます。滅ぼす国が点在しているので、手間が掛かりますからね」
害虫の巣穴が散らばって退治に時間がかかる。そんな溜め息まじりの苦笑に、ルキフェルはひらりと手を振った。
「わかった。じゃあ後でね」
「ええ、わかりました。お待ちしています」
互いに気遣うセリフは不要だ。圧倒的な強さを尊ぶ魔族の、上位者として君臨する大公が人族を潰す掃討戦に出る。気をつける要素はなかった。強いて言えば、油断をしなければいい。だがアスタロトがいれば、油断して何か不都合がありますか? と笑っただろう。
庭に現れた蟻の群れを踏み潰すのに、多少足を噛まれたとして油断したと嘆く人がいるか? その程度の敵だった。ベルゼビュートなら敵と呼べる実力者なんていない、と頬を膨らますかも知れない。
付き合いの長い彼らの言動を想像し、ベールは口元を緩めた。足元に開けた屋根の隙間に飛び込むルキフェルを見送り、背後に続く神龍族を率いて王城の城壁に立った。
「魔王に弓引く者らを駆除しなさい」
俺の息子達は3人とも志願して殺されちまった。もう年老いた妻と死んでいくだけ。孫もいないし、人生に希望なんてない。この国だけじゃなく、すべての国が魔族に蹂躙されたと聞いた。
数年前から急に攻める回数が増えた魔族を防ぐ手立てを、誰も知らない。そして魔族の襲撃を知らせる鐘が鳴り……年老いた夫婦は顔を見合わせた。息子の仇をとりたいが、建物ほどもある巨大狼や、翼の生えた強そうな竜に勝つ方法がない。
家の外で聞こえる悲鳴に耳を塞ぎ、恐ろしさに漏れる悲鳴を噛み殺し、一番奥の部屋で震えるだけ。がたがたと家が揺れ、咆哮をあげた熊が突入し、俺は妻を抱き締めた。死ぬときは一緒だ。
「……っ、かみ、さま」
助けを求める妻の声が最後だった。何も聞こえなくなり、恐怖も痛みも感じる間もない。ぐしゃりと叩き潰された夫婦をちらりと確認し、魔熊は次の家に飛び掛かった。
少し先で魔狼や魔鹿も家ごと人族を処理していく。噛んで振り回す必要はなく、みすぼらしい小屋に体重をかけて潰した。わずかに感じる人族の魔力が消えたのを確かめ、次の家に向かう。そこに憎悪はなかった。
数はたくさんある。出来るだけ苦しめずに、安らかな死を確実に与える――大公を通じて周知された命令を遂行するため、魔獣達は大地を蹂躙した。
「村などの集落は魔獣に、中規模都市は彼らに加えてリザードマンやエルフが抑えます。大きな都市に関しては、敵の反撃が予想されるため竜を筆頭とした魔王軍の精鋭を先行させましょう」
ベールの指示は的確だった。組織立った抵抗が想定される場所から強者を配置する。魔獣達は魔法による攻撃に弱く、また冬が近づくこの季節は巣篭もりの準備がある。あまり奥深くまで攻め込めば、冬への備えが間に合わなくなるだろう。
人族の王侯貴族が逃げ込む大きな都は、魔術師による攻撃が想定される。先日から落下した人族の武器も中央へ集まるはずだ。竜や龍のように、鱗で物理的な防御が可能な種族が先頭に立つべきだった。
「教会……」
独特な建物に目を止めたルキフェルがくるりと旋回した。背の翼を傾け、風を操りながら教会の屋根に降り立つ。民がどれだけ苦しもうと疲弊しようがお構いなしで、金を注ぎ込んだ建物だ。神とやらが存在するなら、このような輩に協力する愚者であり、崇められる価値はない。
魔族を悪だと断定し、滅ぼせと命じるのは王族より教会だった。美しく塗装された屋根を、ルキフェルの一撃が破る。破片が落ちた先で悲鳴や怒号が響いた。
「僕、ここで遊んでいくよ。ベールはどうする?」
「先に王城へ向かいます。滅ぼす国が点在しているので、手間が掛かりますからね」
害虫の巣穴が散らばって退治に時間がかかる。そんな溜め息まじりの苦笑に、ルキフェルはひらりと手を振った。
「わかった。じゃあ後でね」
「ええ、わかりました。お待ちしています」
互いに気遣うセリフは不要だ。圧倒的な強さを尊ぶ魔族の、上位者として君臨する大公が人族を潰す掃討戦に出る。気をつける要素はなかった。強いて言えば、油断をしなければいい。だがアスタロトがいれば、油断して何か不都合がありますか? と笑っただろう。
庭に現れた蟻の群れを踏み潰すのに、多少足を噛まれたとして油断したと嘆く人がいるか? その程度の敵だった。ベルゼビュートなら敵と呼べる実力者なんていない、と頬を膨らますかも知れない。
付き合いの長い彼らの言動を想像し、ベールは口元を緩めた。足元に開けた屋根の隙間に飛び込むルキフェルを見送り、背後に続く神龍族を率いて王城の城壁に立った。
「魔王に弓引く者らを駆除しなさい」
20
お気に入りに追加
4,943
あなたにおすすめの小説
【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264)
「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」
「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」
公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。
理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。
王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!
頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。
※2022/05/10 「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過
※2021/08/16 「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過
※2021/01/30 完結
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
【完結】聖獣もふもふ建国記 ~国外追放されましたが、我が領地は国を興して繁栄しておりますので御礼申し上げますね~
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
婚約破棄、爵位剥奪、国外追放? 最高の褒美ですね。幸せになります!
――いま、何ておっしゃったの? よく聞こえませんでしたわ。
「ずいぶんと巫山戯たお言葉ですこと! ご自分の立場を弁えて発言なさった方がよろしくてよ」
すみません、本音と建て前を間違えましたわ。国王夫妻と我が家族が不在の夜会で、婚約者の第一王子は高らかに私を糾弾しました。両手に花ならぬ虫を這わせてご機嫌のようですが、下の緩い殿方は嫌われますわよ。
婚約破棄、爵位剥奪、国外追放。すべて揃いました。実家の公爵家の領地に戻った私を出迎えたのは、溺愛する家族が興す新しい国でした。領地改め国土を繁栄させながら、スローライフを楽しみますね。
最高のご褒美でしたわ、ありがとうございます。私、もふもふした聖獣達と幸せになります! ……余計な心配ですけれど、そちらの国は傾いていますね。しっかりなさいませ。
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
※2022/05/10 「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過
※2022/02/14 エブリスタ、ファンタジー 1位
※2022/02/13 小説家になろう ハイファンタジー日間59位
※2022/02/12 完結
※2021/10/18 エブリスタ、ファンタジー 1位
※2021/10/19 アルファポリス、HOT 4位
※2021/10/21 小説家になろう ハイファンタジー日間 17位
【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。
みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」
魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。
ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。
あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で運命的な出会いをする。
【2024年3月16日完結、全58話】
ReBirth 上位世界から下位世界へ
小林誉
ファンタジー
ある日帰宅途中にマンホールに落ちた男。気がつくと見知らぬ部屋に居て、世界間のシステムを名乗る声に死を告げられる。そして『あなたが落ちたのは下位世界に繋がる穴です』と説明された。この世に現れる天才奇才の一部は、今のあなたと同様に上位世界から落ちてきた者達だと。下位世界に転生できる機会を得た男に、どのような世界や環境を希望するのか質問される。男が出した答えとは――
※この小説の主人公は聖人君子ではありません。正義の味方のつもりもありません。勝つためならどんな手でも使い、売られた喧嘩は買う人物です。他人より仲間を最優先し、面倒な事が嫌いです。これはそんな、少しずるい男の物語。
1~4巻発売中です。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる