上 下
973 / 1,397
70章 人族の大量落下事件

968. 擁護するわけがないでしょう

しおりを挟む
 お風呂を終えたお姫様の髪を乾かし、甲斐甲斐しく面倒を見る。最近はアデーレも承知しており、朝の準備やドレスアップ以外は手出ししなくなった。

 濡れるとうねる髪を、ブラシで真っ直ぐに直しながら温風を当てる。乾いた髪に、椿油を含んだ柘植の櫛で潤いを与えた。いつも通り、美しい輪が浮かぶ黒髪を後ろで軽く結ぶ。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 日課を終えて満足げなルシファーだが、純白の髪は魔法で一瞬だった。手をかける気がない主君が食事の席に着くと、呆れ顔のアスタロトが専用のブラシ片手に手早く結う。こちらも手慣れたもので、食事が並べられる時間内に終わらせた。

「食事をしながらお聞きください」

「いや……後にしてくれ」

 何とかして引き伸ばそうとするルシファーへ、アスタロトは笑顔で問うた。

「何か不都合でも?」

「えっと、その……食事中に難しい話すると消化が悪くなると聞いた」

 アベルに聞いた日本人の知識だが、この際使わせてもらおう。言い訳を頷きながら聞いたアスタロトの笑みが深くなる。これは悪い方へ足を踏み入れた気がした。

「消化……ですか。魔王であるあなたに、そんな心配が?」

 毒を盛られても瞬時に解毒する魔王は、状態異常からの回復が早い。そんな人が食事中に難しい話を聞いたくらいで、腹を壊すとでも? 尋ねる部下の強気な態度に、ルシファーは悟った。オレが風呂に入ってる間に、すべて把握されたのだ。これ以上の抵抗は、逆効果だった。

「わかった。聞こう」

 座れと示した向かいの席に腰掛けるアスタロトへ、ついでに食事に付き合えと合図する。そのつもりだったのか、ベリアルがアスタロトの前にカトラリーを並べて退室した。

「アシュタも一緒?」

「はい。ご一緒します」

 何ということだ、リリスを味方につけるとは。笑顔のリリスが「良かったわね」と口にすれば、ルシファーは「そうだな」以外の言葉が出てこない。これは厳しい案が出る予兆か。

「ルシファー、果物が欲しいわ」

「スープやパンを食べたらだ」

 膝の上に座らせ、魔力を使って引き寄せた食べ物を目の前に並べる。少しずつ全種類並べるのは、リリスがすぐにデザートの果物やケーキに目移りするからだ。フォークやスプーンを使って、一口ずつ含ませた。

 好き嫌いはないが、彼女は大好きな物から口をつける。そしてお腹がいっぱいになってしまうのだ。最低でもすべてを一口以上食べないとお菓子や果物は与えない。ルシファーのルールに、リリスは素直に口を開いた。

 少し大きめの肉を頬張ったリリスが、もぐもぐと口を動かして黙った。そのタイミングで、魚を解しながらアスタロトが口を開く。

「今回空から落ちた人族ですが、攻撃というより事故の可能性が高いですね」

「……っ、珍しいな。お前が人族を擁護するなんて」

「擁護はしません。事実を正確に把握して報告するのは、私の役職ですよ」

 ただし、報告内容を都合よく編集する可能性は口にしない。この辺がアスタロトの狡猾な一面だろう。今回の事件は、人族の攻撃と表現するにはおかしなことばかりだった。空から落ちた人族の大半は死亡しているし、集落から離れた森の中にも落下している。もし攻撃ならば、効果的に魔王城や大きな街を狙ったはずだ。

 見解を伝えて、ルシファーの表情を窺う。白身の川魚を一口含んだアスタロトの足元を、何かが駆け抜けた。眉を寄せて、口の中に残った骨を1本ナプキンの上に出しながら、テーブルクロスの下に目を凝らす。透視する能力はないが、魔力がある生き物なら感知できる。

「パパ、ママ!」

 見つかったと気づいた子供は、甘えるようにルシファーの足にしがみついた。

「レラジェ!?」

「……またお前か」

 リリスとルシファーの極端な反応に、アスタロトは苦笑した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔王の呪いを王子の身代わりになって受けた私、婚約破棄するならお返しします

NoBorder
恋愛
預言者は言った「生まれてくる王子には魔王の呪いがかけられ、二十歳の誕生日に命を失うであろう」 王子を救う方法はただ一つ、同じ日、同じ時に生まれた女児を身代わりにする事… そして、王子フィリップの呪いを、身代わりとなって受けた私、パテック・カラトヴァ。 運命で繋がれた二人は結婚し、愛の力で私の呪いは解けるはずだったのに… フィリップは「結婚の約束を無かった事にしたい」と言い残し、聖女候補の少女エベルと駆け落ちした。 私が魔王の呪いで命を失うまであと二年、助かる方法は、魔王を倒すか、私を愛する別の王子を見つけるか、フィリップに魔王の呪いを返却するか、の三つ。 私が選ぶのは当然、一番確実な三つ目の方法だ。 かくして私は、私の命を奪うために憑りついた悪魔のゾディアックを相棒に、フィリップ探しの旅に出た。 ※シリアスな状況を明るく強引に乗り越えていくヒロインのお話です。

夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。

MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。 記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。 旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。 屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。 旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。 記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ? それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…? 小説家になろう様に掲載済みです。

「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう

天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。 侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。 その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。 ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!

犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。 そして夢をみた。 日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。 その顔を見て目が覚めた。 なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。 数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。 幼少期、最初はツラい状況が続きます。 作者都合のゆるふわご都合設定です。 1日1話更新目指してます。 お気に入り登録、しおり、いいね、コメント励みになります。 (スマホ投稿じゃないのでエールがよくわからない。ただ、メガホン?マークがカウントされている。 増えたら嬉しい。これがエールを頂いたってことでいいのか…?) お楽しみ頂けたら幸いです。 *************** 2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます! 100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!! 2024年9月9日  お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます! 200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!!

【完結】後妻に入ったら、夫のむすめが……でした

仲村 嘉高
恋愛
「むすめの世話をして欲しい」  夫からの求婚の言葉は、愛の言葉では無かったけれど、幼い娘を大切にする誠実な人だと思い、受け入れる事にした。  結婚前の顔合わせを「疲れて出かけたくないと言われた」や「今日はベッドから起きられないようだ」と、何度も反故にされた。  それでも、本当に申し訳なさそうに謝るので、「体が弱いならしょうがないわよ」と許してしまった。  結婚式は、お互いの親戚のみ。  なぜならお互い再婚だから。  そして、結婚式が終わり、新居へ……?  一緒に馬車に乗ったその方は誰ですか?

処理中です...