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69章 異世界からの落とし物

950.これはオレへの罰だ

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 結論から言うと、レラジェのカードは無事だった。魔王の髪がすこし焦げて茶色いが、それ以外の大きな被害はない。周囲に満ちた静電気で、ベルゼビュートの巻き毛が服に張り付いたり、ドレスの裾が肌にくっついた。

 イポスはポニーテールが首に張り付くと結い直し、ヤンが静電気で落ち着かない毛皮を必死に舐めるくらいの被害だ。強大な雷を相殺したルシファーの魔法がなければ、周囲は大惨事だっただろう。

 ルキフェルは早々に現場から逃げ出し、ルーサルカが愛用のブラシで、必死にヤンの毛皮を梳いてやった。静電気防止の魔法陣が刻まれたブラシのお陰で、多少落ち着いたヤンが礼を言う。

「申し訳ないですな」

「気にしないで。獣人系はお互い様よ」

 明るく答えるルーサルカだが、ヤンは獣人ではなく魔獣である。彼女の手が届くよう小型化したヤンは、フェンリルというより飼い犬だった。この場にアベルがいたら、ヤキモチで邪魔をしたかも知れない。

「リリス、雷魔法は禁止したはずだ」

「うん」

 反省して俯くリリスは、先ほどからずっと説教されていた。いつもならアスタロトの役だが、現在の彼は自領の城で休暇中だ。釘打ちされた棺桶はすでに地下牢へ運び込まれただろう。叱られる理由がわかるから、リリスも大人しく相槌を打った。

 今回は幸いにして大きな被害はなかった。相殺が間に合わなかった雷撃は周囲の森の木々を傷つけたが、魔力を注げば戻る範囲だ。だがこれ以上リリスの我が侭を放置する危険を、ルシファーはようやく理解した。今まで、アスタロトやベールが口を酸っぱくして注意した内容が、脳裏に蘇ってルシファーを責める。

 もっと幼い頃からきちんと教えてくれば、こんなことにならなかった。彼女が暴走するのは、無邪気で奔放な性格もある。しかし一番の原因は、何かあればルシファーが尻拭いし、周囲から庇ったからだ。一緒に説教されたことはあっても、泣くほど反省させた経験はなかった。

 思い返せば、リリスが他者の耳や毛を掴んで傷つけた頃から……痛みや苦しみを察する能力が足りないことに留意するべきだった。可愛いと甘やかせば、大きくなって苦労するのはリリス本人だ。そう告げたアスタロトの進言を、口先だけで返答した。彼の進言は宝石以上の価値があったのに、オレは見過ごしたのだ。

 ここで笑って許せばいつもと同じだった。彼女は謝ればいいと学習してしまう。脳裏に浮かぶのは、今まで自分が他の魔族に下してきた罰の一覧だった。厳しいものもある。だが感情だけで罰しなかった。それは側近たちの進言や諫める言葉が、ルシファーの方針を後押ししたり留めてきた証拠だ。

「ごめんなさい、どかんしたらびっくりして目が覚めると思ったの」

 短絡的に考えるのは若いからと許せる。しかし他者に危害を加える攻撃を、許可なく揮ったことは問題だった。可愛いから、愛しているから、今後の彼女の長い未来を考えてやらなくてはならない。

 疎まれ排斥の対象となる魔王妃など、リリスに相応しくない――ひとつ深呼吸して覚悟を決めた。

「……陛下?」

 魔力の動きに気づいたベルゼビュートが、怪訝そうな声を出す。その響きに釣られた少女や護衛の視線が集まった。黒髪の上に左手を置く。許されると思ったのか、リリスが手にすり寄る仕草を見せた。

「すべてオレの失態だ。リリスを甘やかしすぎた」

 優しさの滲む声なのに、まるで泣いているように聞こえた。顔をあげようとするリリスを、ルシファーの手が許さない。魔力の流れを見るリリスの瞳をキスで塞ぎ、額と頬にもキスを落とした。

「リリスを愛する、この気持ちは変わらない。民や森を傷つける者を罰するのは、魔王の役目――だから、これはオレへの罰だ」

 黒髪に乗せた手のひらに魔法陣を呼び出す。その上に複数の魔法陣が次々と乗せられた。手の甲に浮かび、薄い魔法陣がきらきらと光を弾きながら回り、数十枚が地層のように積み重なる。

 美しい光景に大公女達は釘付けだ。しかしベルゼビュートは顔を引きつらせた。先ほど帰ったルキフェルがいれば、止めただろうか。逆に、ルシファーの作る封印に魅入られたかも知れない。

「魔王ルシファーの名において、魔王妃リリスの全ての魔法を封印する」

 覚悟を秘めた厳しい声に、リリスがびくりと肩を揺らした。見上げる黄金の瞳が「どうして?」と問う。その真っ直ぐな眼差しを逸らさず受け止め、ルシファーは最後の魔法陣を発動させた。
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